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夢の終わりの物語 ~Story of end of dream~  作者: 深水 浅火
外章・黄昏の騎士編
7/11

離別

ベッドに横たわる男性の横に座る女子。

彼の手をただぎゅっと握りしめる。

青年はそのシーンをただ眺めていた。


眠そうな白髪頭の男は少女の金髪を撫で、胸に抱き寄せた。

「ヴェガ、愛しているよ」

耳元で囁く。

かつてあれほど大きかった背中は見る影もない。

ただかつてそうであった事実のみが残る。

「お父さん……」

少女は鼻の詰まった声をだした。

父親は幼子を宥めるように言う。

「案じなくていい、私は幸せだった。それに、すこし遠くに行くだけだろう」

「はい」

彼のセリフを聞いても、萎れている彼女は萎びたままだ。


男は視線を部屋の角に送る。

慣れたアイコンタクトだ。

しかし、彼は名を呼んだ。

「アルタイル、近くに来なさい」

こくりと頷く。

「ああ、先生」

命令され初めて側による。習慣のようなものだ。

窓から差す光が師の顔を照らす。

ああ、なんて青白い。

「この子のことを頼めるか」

死する間際も他の心配か。

頑とした意思を見せる。

「俺には無理だ。俺には資格がない」

片方の頰を釣って微笑む。

「ふふふ、お前は変わらないな」

「先生もな」

師は青年をはっきりと見つめた。しばし逡巡してからその言葉を口にした。

「お前は、諦めないんだろうな」

彼にはその言葉の意味が痛いほどにわかる。否わかってしまった。


ふとデネブは天井を仰いだ。

それまで埋まっていた娘が顔を上げる。

彼はすっと目を閉じた。

静謐な声だった。決別の時を肌で感じさせられる。

「二人とも、強く生きなさい」

「ああ」

「はい」


「夢を、追い続けなさい」

この人の瞼の裏にはなにが映っているのだろうか。青年はふと考え、霧散した。

「……ああ」

「はい」

二人の確かな返事を聞き、満足そうな顔をする。

その父親は、口の両端を釣って笑みを浮かべた。二人だけに向けられた、誰よりも優しい顔だ。

「お別れだ。私の自慢の子供達……愛して、ぃ……」

アルタイルの瞳には、するりと生気が抜けたのが視えた。

「お父さん」と哀しく叫ぶ少女。涙がとめどなく溢れていた。

既にそこには人の抜け殻しかなかった。

ああ、そうか、この人は死んだのか。

俺の運命を変え、新たな人生を与えた人。どこか不死めいたものすら感じていた。でもこうやって、あっさり病にやられて逝ってしまった。

彼の魂は部屋の窓から抜け出て、空に帰ったのだ。

彼はもう、『人』でなく『思い出』になったのだ。

戦場に無残に転がっていた誰よりも、デネブの死は明らかな実感を伴っていた。

ただ、ぼぉっと安らかな師の顔を見つめていた。


そして、唐突に切り出される。ついに破られる二人の沈黙。

「──あなたは」

なおも父の手に縋る少女は、くぐもった声を吐き出した。

「泣きもしないのね」

無表情で青年は言う。

「そうかもな」

呪詛みたいな声音だった。

「……許せない」

それが己に向けられた憤りであることも、本心であろうことも理解できた。

事実上家族であるのに、一方的に距離を置く兄弟への不満。その兄弟が父の愛を受けていたこと。そして、尊敬し愛した父が死んだこと。

きっと全てが折り重なっていた。全てが相乗して混沌としていた。

「そうか」

青年のその淡白な反応に、少女は何も言わなかった。震わせた肩だけで言わんとすることは伝わって来た。

青年は瞬きすらしない。

「俺は、この家を出る」

間髪なしのセリフに、「そう」とだけ返事が返って来る。


青年は寝室を出る。

その扉に背中を預けた。

そうしなければ立っていられそうになかった。

アルタイルは掠れた声で呟いた。

「おやすみ、父さん」









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