追憶
夜中、人目も憚らず庭で素振りをする。
月明かりに汗が照らされている。
土を踏む音が耳に届く。
「帰って来たのか先生」
振り返ると師が立っていた。
すこし老けたな。
少年は呟いた。
デネブは鼻を鳴らした。
「歳もとるさ」
彼の頰には、以前なかった切り傷が走っていた。
「今回はキツかったのか?」
少年が問うと、彼は芝生に腰を下ろした。
目配せされ、少年も隣に座った。
「ああ。先が見えないのは辛いよ」
デネブは空の星を眺めていた。
ぼそりと言った。
「私は世界を平和にしたかった」
皺の増えた顔で懐かしんでいた。
つぶさに少年は反応した。
「先生は世界を守ってるだろ」
師は口を閉ざした。
教え子は横目で見つめる。
「先生……入団試験を受けるよ」
「そうか」
「それで、俺も平和を探すよ」
しばしの無言が続いた。
されどそれは居心地の悪いものではなかった。
「……ヴェガは」
またぽつりぽつりと言った。
「あの娘は世界に夢を抱いている」
その夢は、きっとあの空の綺羅星よりも尊く、穢れないものだ。
「だからこそ、私は恐ろしくなる」
「恐ろしく?」
「ああ。あの娘の夢が、現実を知り壊れてしまわないか」
少年は断言する。
「その心配はない」
「なぜ?」
まるで出会った頃の問答だった。
「だってヴェガは先生が一から育てたんだ。俺よりも、同い年の誰よりも大丈夫なんだよ」
デネブは片方の口元を釣り上げた。
「そうだな、私は騎士団長。あの娘はその愛娘だ」
「ああ、自信をもっていい」
翌日、少年は庭で剣術の練習を行っていた。
屋敷の窓から、父と娘の姿が覗く。
談笑して、紅茶を飲んでいる。
一瞬、娘がこちらを見た気がした。
肩がびくりとした。
先生にはあれほど大口を叩いた。
でもジレンマに陥っているのは自分自身だった。
暗がりの世界に生まれ育ち、どこか失望が胸に宿る自分では、高潔な彼女を汚してしまうのだ。
雑念を振り払おうと少年はひたすらに剣を振り続けた。