憧憬
デネブが白髪を人差し指で掻く。
「ちがう、そうじゃない」
邸宅の庭で馬鹿真面目に剣の素振りを続ける黒髪の少年アルタイル。
無愛想で口数も少なく、可愛げがない。
「ぜんぜん伝わらないよ」
「どれ、少し貸してみなさい」
半ば強引に剣を奪い取り、ぶんと垂直に振る。風切り音よりも早く、風が舞う。
「さすがだな。先生」
デネブが片方の口元を釣り上げる。
「あたりまえだろう。なにせ私は騎士団長だ」
「先生、あれ」
屋敷の内部からメイドが早足に歩いてくる。手をデネブの耳に当てごにょごにょと喋っていた。
「そうか、わかった。ありがとう」
メイドが一礼し去る。
デネブは言った。
「紹介したい相手がいる」
少年は客室に連れられて来た。
木造の豪華なテーブルをソファで挟んでいる。
向かい席に師と初めてみる少女がいた。金髪で、幼くも凛とした娘だった。
「この子は私の娘だ」
少年は困惑した。
そう言う彼の顔とその娘とでは似ても似つかない。
「ヴェガ・ルクスハルトと申します」
丁寧なお辞儀が教養を感じさせる。
随分と大人びた印象を受けた。
自分とは対照的だなと思った。
デネブが説明口調で言う。
「もともとは養子に引き取ったんだ。赤ん坊のとき戦場で発見された」
つまり両親は亡くなっている。
戦場での出会いという点も相似していた。
だがしかし、娘がいるなど今初めて聞かされた。
「この方がサプライズだろう?」
悪びれもしない少年の師。
こういう人なんだと受け止めるしかない。一種の諦めである。
デネブはぽんぽんと隣の少女の頭を撫でた。
「ヴェガはアトランティスの騎士学校に通っていてな、丁度休暇で帰ってきたんだ」
再び丁寧に腰を折る少女。
「アルタイルさん、どうかよろしくお願いします」
彼女の青い瞳から誇りが垣間見得た。
未来への期待、希望が滲んでいる。
少年はふと考えてみて、眼前の少女──ヴェガが兄弟らしき関係であることを知る。
ただ、馴れ合いをする気は無かった。
簡単に見て取れる、二人の良好な家族関係にチャチャを入れたくない。
それになにより光溢れるこの娘に、近付けないものを感じた。
自分は一歩引いて入ればいい。
「ああ、よろしく」とだけ返事をして部屋を出た。
少女は淋しげな顔をした。