73.堰き止められていたもの
目の前に横たわり、スースーと小さな寝息を立て優しい表情で眠る少女。
僕よりも歳上の18にして、幼女にしか見えなかったその幼い顔と身体付きは、一晩で大きく様変わりしていた。
「あー。やっぱり成長してますね」
ラビを観察していた背中でもぞりと動き、顔をだすシルネ。どうやら僕が動いた事で起きたようだ。背中越しに残念そうにラビの姿を見つめていた。
「おはようございます。ユウ様」
「うん。おはようシルネ。やっぱりってどう言う事?」
この状況をすでに、予想していたかのようなシルネの口調に疑問を感じ、聞いてみる。
「はい。それは、昨日のラビさんの行動によるものなんです」
シルネが言うには、昨日の食事の終盤、急に睡魔に襲われほぼ眠りながら食事を摂るラビは、すでにこの成長期と呼ばれる状態に入っていたとの事だった。
通常、周囲への警戒心の強く、動物の因子を色濃く受け継いでいる獣人族は、確かに成人と同じような容姿になるまでが早く、一気に成長を迎えるが、あまり睡魔に負けて深い眠りにつくような成長はないのだと言う。
しかし、今回の場合。過度に減らされていた食事で、獣人であるラビは成長する事が出来ずにその成長を止めていた。いや堰き止められていた。
そして、本来は十分な食事と栄養で短期間だが徐々にで成人の姿に成長する獣人系の種族において、長く続く飢餓状態は非常に危険であり、昨日のラビは相当危険な状態だったらしい。
そんな中、僕の作った十分過ぎる量の食事と栄養を摂取した事でラビは、堰き止められていた成長が一気に解放され、成長期の準備段階に入った。そして、トドメとなったのが、デザートに用意したオレの実のゼリー……の材料である魔物素材【スライムゼラチン】だったらしい。
「おそらくですが、成長期準備段階に入った体にMPつまり魔力の回復するゼリーを食べた事で、スイッチが入ったのだと思います。1個目を食べ終えたところで、強烈な睡魔に襲われたようですし……。なので予想はしてました。変化が出るかと思い、魔力操作をしながら昨晩は遅くまで様子を見ていましたが、どうやら私が寝た後に一気に変化したみたいですね。せっかく獣人の成長期変化が見れると思いましたが残念です」
あー
だから昨日は一緒に寝なかったのか。実際いつもなら一緒に布団に入りたがるのにおかしいと思ったんだよね。
そして、ラビの変化を見ようとしたけど見れなかったと……。それで残念な顔してるのね。
それにやっと、ラビに対する前の奴隷主の、食事に対する扱いの理由がわかった。
つまるところ、前の奴隷主は幼女博愛主義なのだろう。だから獣人であるラビの成長を止めるために食事を制限していた。成長に使える栄養を取らせず、最低限の生活のみ出来るように。おそらくは迷宮に潜ったのも成長を止めるためにエネルギーを消費させたのだろう。
同意がないと性行為の出来ないラビは、その変態主人に戦闘に参加し傷つくのを恐れられ、戦闘には参加せず観賞用奴隷としての生活を強制された。
それが分かったからサラムさんは、大変な目にと言ったのか。
「クソが……」
すでに死んだ変態《前奴隷主》に滅多に吐くことのなくなった悪態を吐きながら、無事成長期を迎えられたラビを改めて見つめる。
たしかに幼くも整ったトップアイドルのような顔立ちに、美しい銀色の髪、庇護欲を掻き立てるような潤んだ瞳は独占欲を掻き立てるのだろう。
それでもこんな事、許容できるものではない。
「シルネ。教えてくれてありがとう。僕の料理でラビを救えてよかったと思う事にするよ。事前に教えてくれなかったのは……まぁ許すよ」
まぁシルネも僕が、黙っていても最善の処置をしていたから何も言わなかったんだろうしね。あとは獣人の成長期の事を知らない僕への悪戯心かな。
「うぅ…ごめんなさいユウ様。兎族の女の子は凄いスタイルが良くて有名なんです。私達エルフと違って……。だからちょっと今日以降に起こる変化を想像して、嫉妬心《殺意》が出てきてしまって……」
ん?なんか想像していた答えと違う?それにおかしなルビのような気がするけどそこは触れないでおこう。
これこそいつものシルネだ。うん。
《主様。おはようございます。んっ?また殺気が? あっ主様!兎の子が大きくなってます》
同じく獣人の成長期の事を知らないキハクがもぞりと起きて、シルネの殺気を感じつつ、ラビに対し早々に僕と同じ反応を見せる。
そんな主人に良く似た反応を見せるキハクのお腹を寝ながら強めに撫で、獣人族の成長期にについて説明すると、自分達とは違う成長の仕方だと驚いていた。
「んっ……」
キハクと念話で話していると、ラビが起きたようで目をこすりゆっくりと目を開いた。
「あ〜おはよ…」
ばっちり至近距離で目が合い、背中越しにラビを見るシルネと共に挨拶をかわそうとした瞬間だった。
「もっ!」
「も?」
「申し訳ございません。ご主人様!」
ダンっとベッドが軋むほどの勢いで、ベッドを蹴り込み後方へと跳ぶラビは、起きた瞬間に状況を整理したらしく、壁際まで飛んだところで床に伏せ土下座の状態となった。
なんか最近土下座シーンが多いな……。それにしても流石は脚力上昇だ。ノーモーションであれだけの距離を取るなんて。
うんうん。
って!感心している場合じゃなかった。
「あーシルネ。これは……。」
「はい。ユウ様まぁ奴隷ならば当然の反応かと。どう考えても主人より早く寝て、主人より遅くしかも主人のベッドで寝てるわけですから。まぁ手を出されていればわかるので、それは勘違いはないと思いますよ」
困惑する僕に、丁寧にシルネが解説をしてくれる。
確かにこの都市の奴隷は、迷宮内では盾として、都市内では馬車や荷車として連れ回され、食事以外のところではいつでも替のきく便利な道具という立場だ。
ただでさえ低い立場に加え、前の主人の扱いは相当厳しかったか?
カロリー消費の為に、武器も持たずに迷宮連れ回されるくらいだしな。それがこの怯えって事か。
ん?シルネは最初から僕と同じベッドだったような……。まぁシルネは奴隷って言ってもなんの教育も受けていない似非奴隷だし、奴隷歴も違うしな。心構えの問題って事か。
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