72.戸惑い
「…………」「…………」「…………」「…………」
湯気が立ち上るスープ。
肉厚の豚カツが顔を出す2つの味のカツサンド。
そしてデザートにと前回作ったオレの実ゼリーも並べる。
目の前に並べられた食事に、ラビを含め計4人となった女性陣の視線が集中する。
「玉子と鳥肉の入った親子スープと、カツサンドだ。パンに挟んであるのが豚カツと言う豚肉を揚げたもので、この前食べた牛カツの豚バージョンだ。それを濃い目に味付けしてキャベルと共にサンドした。いきなり食べると体がビックリするからラビはスープから食べてね。それじゃあ！」
「「「いただきます！」」」
いただきますの挨拶と共に、カツサンドに手を伸ばす3人と1匹。ずっしりと重いボリューム満点のカツサンドを豪快に口に運んだ。
「ん？ラビどうしたの？」
ラビは自分の目の前に置かれた食事を無言で見つめるだけで、全く手を出そうとしない。キョロキョロとサラムさん達に視線を移している。
「あ……あの。これを私が食べてもいいのでしょうか……？」
この街での奴隷の食事の扱いは、よくある小説程酷くはない。戦闘奴隷として動いてもらう必要から、食事は主人と同じテーブルで食べるし、食べ残しを与えられるわけでもない。主人と同じもの、もしくはそれに近いものを食べる。
そもそもこの迷宮都市では、一部の冒険者を除き、食事は単なる栄養補給で、そこに特別優劣をつけるような考え方自体がない。
だからこそ、ラビの反応は奴隷だからではなくラビと前の主人の関係を如実に表していた。
「あぁ。ラビの今の主は僕だからね。僕は食事を作る。そしてそれを食べる人間を区別するような真似はしない。目の前に食事を出されればそれは君のものだ。遠慮なく全部食べていい。なんならお代わりだってある。お腹いっぱい食べていいよ」
そういって、大目に作ったカツサンドをテーブルの中心へと並べる。
僕の言葉を聞いたラビはゆっくりと、僕を確認しながらスープへと手を伸ばし、スープを口へと運んだ。
「………！」
スープを口にしたと同時に、ラビの目尻からは一筋の涙が流れた。
何も言われないことを確認したラビは、その後一気にスープの器を空にしカツサンドに手を伸ばし一心不乱に口へと運び続けた。
「寝ちゃいましたね」
お代わりのスープとカツサンドを食べ終え、2個目のゼリーに手を出しながら幼児のように睡魔に襲われ、うつらうつらとしながらゼリーを口へと運び、限界を超えテーブルでそのまま寝てしまったラビの顔を、レムが覗き込む。
「たぶん。相当空腹だったんだろうね。それに緊張しっぱなしで、精神的に相当疲労が溜まってておかしくはないかな」
「でも、ユウさんが新しいご主人様で安心したんじゃないですか。凄くいい顔で寝てますよ」
「そうだね。途中何度かテーブルに頭ぶつけそうになってたけど、なんとかゼリーも全部食べれたし、やり切ったんだろうね。ラビ的には。」
テーブルで寝てしまったラビを奴隷だからと言って、怒るような事はしない。むしろこうなるだろうと、食事前から分かっていた。顔は痩せこけ、立っているだけでふらふらな状態。これでよく迷宮に入ったものだ。
ここまで食べさせないとなると、前の主人は奴隷の扱いを知らなすぎる。
それとも何か別の意図があったのだろうか……。
ラビの公表されているスキルは脚力強化と槌術。完全に戦闘向きのスキルだ。
槌術は両手で扱う大槌や片手で扱う小槌まで全てに補正がかかる。大きな身長程もある大槌を軽々扱う筋力補正に脚力強化が加われば、あっという間に間合いを詰めて圧倒的重量の乗った破壊力をそのまま敵に打ち込める。
槌の武器としての定義は広く、先端が叩ける構造になっていれば片方が尖っていようが、斧状になっていようが補正がかかる。斬・打・刺を武器の構造によっては全てをこなす武器となる。
だけどラビは、武器を持たずどうみてもポーター的な役割を担っていた……。
前の主人が何を考え、ラビをポーターにしたかはわからないが、まずは彼女を寝かせよう。
テーブルですっかり寝てしまったラビをお姫様抱っこで部屋へと運ぶ。その小さくて軽い体をベッドへと運び布団をかぶせる。銀色の美しい髪を撫でながら、朝からの疲れが一気に睡魔となって襲ってくる。
「ごめん。シルネ、キハク。ちょっと僕も疲れたかな。このまま眠らせてもらうよ」
落ちてくる瞼をこすりながら、シルネとキハクに寝ることを伝える。
シルネとキハクは、今日みたいに不安になるのが嫌だと、もう少しスキルの熟練度を上げる為に起きてるみたいだ。
2人とも早速魔力を循環し始めた。
顔に当たるもふもふが気持ちが良い。
極上の肌触りのいい毛布に顔を埋めてるみたいだ。
（あ〜。このまま埋めていたい）
そんな感触を味わいながら起きてみれば、キハクのお腹の辺りを枕にしていた。薄っすらと発動している聖術が身体を癒してくれる。
そんななか、左右に挟まれている感触に気付き確認してみると、右腕には昨晩魔力を殆ど使い果してから寝たであろうシルネが、身を寄せ幸せそうな顔で寝ていた。
そして、起こさぬように頭を一撫でし身体をずらした後、左腕の感触の正体を確認する。
そこには光沢のある銀色の髪の毛、そして兎耳がふにゃりと横たわっていた。
しかし、それ以上の衝撃が僕の目の前にはあった……。
12・3歳の幼い少女の姿であって、美しいと思わせたその顔は、どう見ても15・6歳の少女の表情へと成長し身体付きも一回り以上成長していた。
それはすなわち、ローブを脱ぎ薄汚れたワンピース姿であった少女の全く主張しない絶壁のような胸板に、しっかりと膨らみが主張し、膝下まであったはずのワンピースの丈がミニスカート並みの長さへとになり、煽情的な寝姿となったラビの訳で…。
一晩でこの変化…どうしてこうなった……？
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