65.料理スキルの示したものは?
黒い靄があっと言う間に収束していく。
徐々に形作らていくその形は人型のものではなく、体の中を拳大の石のようなものが泳ぎ回る不定形のゼリー状の流動物だった。
「スライム?」
完全にその姿を現したアメーバ状の大きな塊は、その姿を固定する事なく、這いずるように近づいてくる。
《しらべる》
【ビッグスライム】
慌ててその魔物を調べると、やはりこの魔物はスライムであった。
ただある種のゲームに出てくるような可愛らしいスライムではなく、魔物っぽいスライム……。
残念だが仕方がない……。
「キハク。気をつけて!この魔物は【ビッグスライム】。体当たりとかは、なしね取り込まれる可能性がある」
『はい』
近寄るビッグスライムに、握り込んだ石ではなく有機物であるリンガの実を投げつける。
ジュッ
やはりと言うべきか、中に埋もれたリンガは徐々に溶かされ最後には溶けてしまった。
「直接触らない方がいいね」
そう言うと,キハクも一度首を縦に頷く。
「じゃあ次は定番中の定番。核狙いで行こう。キハクは待機ね」
おそらくあの忙しなく動いているのは、ビッグスライムの核なのだろう。よくある倒し方その1。核を破壊せよ。だ
腰につけている包丁を、【血桜】へと変換する。
万が一、スライムによって刀身が傷付いたとしても、この相棒ならば元に戻せる。料理人にとって包丁は命の次に大切なもの。だからこそ大事にするべきだ。
ただ、この【血桜】は違う。相対する敵を斬る。その為に存在する。
道具を使うものにとって、その道具に役割を与えないと言うのは、最も避けるべきだと僕は思う。
彼らは観賞用ではなく、其々にしっかりと役割を持っているのだから。
「はっ!」
スライムの頂上付近にある核を狙い、水平に刀を振るう。
紫色した少し毒々しい体に、刃が入り一直線に核へ向かうがその刃が届く前に核が移動した。
剣術も何もないその一閃は、きれいに水平にとはいかず、少し歪んで切り落とされた断面は、波打つ流動物へと戻ってしまう。
すぐさま反撃を避ける為に、一歩後ろへと下がると、横から球状の炎の塊がスライムを襲った。
イグニスウルフとなったキハクの吐いた炎だ。
しかし、ビッグスライムの体の表面でジュと短い音を立て消えてしまう。
どうやら、よくある倒し方その2、属性魔法を使って駆逐せよ!はダメなようだ。
一瞬シュンとするキハクは、すぐに切り替えたのかシャドウウルフの姿となる。
「おっと。危ないな。こっちは定番なのか」
4本のあまり速くはない、鞭のようにしなる触手を躱し、その触手を斬り落としながら核を狙う。
斬れば斬る程、その体積を減らすビッグスライムの核は移動できる範囲を減らしていく。
「ガァ」
キハクが吠えた瞬間、地面に伸びる影が刃となって、スライムを切り刻む。
【シャドウエッジ】
キハクの影術の攻撃魔法の一つで、自分の影から刃を撃ち込む事が出来る。
そして、更に小さくなったスライムの体を移動する核を狙い【血桜】を振り下ろした。
「よしっ!」
振り下ろした刃は、行き場をなくした核の中心部にあたり、抵抗なく核を2つに分けた。
真っ二つになった核が消滅したところで、残りの体部分が崩れていき、その崩れ去った場所には、また黒い靄が出現した。
そして首から下げたギルドタグが薄っすらと発光し、その靄が晴れると目の前に小さな木箱が現れた。
「おぉ。やったよキハク!これ宝箱だよね。ボス初討伐だ!」
駆け寄るキハクのを受け止め、真っ白なもふもふした全身を撫で回す。
『やりましたです。主様』
キハクもこの一戦で、レベルアップしたらしく体が少し力強さを増したらしい。力強く尻尾を左右に振っている。
やっぱりボスは、吸収できる経験値《神力》が高めみたいだ。
核を切った事で、崩れ去ったスライムの場所に現れた宝箱。これもビッグスライムから溢れた神力から作られたとすれば、いかに神力が万能なものかが、よく分かる。
基本この階層の宝箱には、罠などは仕掛けられていないらしい。
それでも……。
《しらべる》
【宝箱:木】
罠:なし
鍵:なし
うん。どうやら鍵も罠もないらしい。あったらあったで困るけどそれは今後の課題だね。
色々気になるけど、まぁ木が最低ランクなんだろうな。
「じゃあ開けるよ」
「ウォン」
カチャリと抵抗なく開いた宝箱は完全に開くと、今度は白い靄となって消えてしまった。
そして残されたのは、数枚の金貨と青いポーション瓶だった。
どうやら宝箱は回収できないみたいだ。
「金貨9枚と……おっ中級のMPポーションか。まぁこの階層なら当たりだね」
通常宝箱には、何が入っているかは決まっていない。それこそ武器や防具があるときもあれば、薬草類など素材系が出ることもある。金貨などは比較的入っている確率が高く低級の冒険者にとっては有難いが……。
「うん。見事に刃こぼれしてるね。この階層で武器破壊系の魔物は完全にマイナスだろ……」
今回のように、武器や防具に補修が必要になったら普通は利益が減ってしまう。
特に今回のスライムの類なら、攻撃したパーティ全員分の補修が必要となると考えると、下手すればマイナスだ。
一通り僕らとは違うパーティの事を考えていると、地面に落ちているスライムの体の一部が目に入る。
「これって斬り取ったスライムの切れ端?だよな」
よく見てみれば、あの毒々しい紫色の破片ではなく、少し濁ってはいるが綺麗な透明な塊だった。
これは?
【スライムゼラチン】:ゼラチン MP回復(小)
手に取った瞬間、働いた《料理》スキルが示したのは、驚きの事実だった。
あぁ長かった。ここまでが長かった。
料理スキルの示す可能性とは……。
これからも是非お楽しみ下さい。




