55.ここ掘れウォンウォン
「ギャーーーーー!」
迷宮内にゴブリンの悲鳴が響く。
シルネに仲間が増える事を伝え、落ち着いたのを確認した後キハクと共に、迷宮の2階層へと向かった。
さすがに、百鬼狂宴を乗り越えた僕らには2階層のゴブリンもビッグアントも手こずることは無く、順調すぎるペースで3階層まで進んでいた。
入口付近にいたゴブリンを倒し、3階層の魔道具に冒険者カードを近付け認証させる。これで次回から3階層からのスタートが可能になった。
ギルドのミリネさん曰く、ここまでが迷宮に慣れる為の階層らしく、3階層までは素材も非常に少なく少量の薬草や屑鉄くらいしか取れないとのことだった。
勿論念のため、植物や鉱石があれば《しらべる》で鑑定して見たが、間違いはなかった。
キハクの真っ白な体は、魔法の影響で魔力のある状態では汚れることなく、その美しい毛並みをキープしている。
「さてここからは3階層だね。魔物は2階層と変わらずゴブリンとビッグアントみたいだ」
『はい。主様。頑張りますです』
気合いを入れるキハクは、既に持ち前の嗅覚を活かし3階層の索敵を開始している。
こちらも《気配察知》で索敵を行なうが、まだまだ熟練度が足りず、2個以上先の部屋や通路の索敵は出来なかった。
相変わらず僕とは比較にならないほどの索敵能力で、魔物の気配を探るキハクのお陰で、奇襲の危険性を心配せずに数回の戦闘行為だけで地図通りに進み、4階層へと繋がる階段までたどり着いた。
階段中腹で、ギルドで購入した4階層の地図を確認する。
所々で、罠マークや魔物のマークが記載されているがどちらも階層の魔素濃度に応じて出現個数も、出現場所も変わってしまう。なので場所などは参考にはならないが、どこに何があるかではなく、この階層にどんな罠があるか、どんな魔物が出るかが非常に参考になる物だった。
4階層はゴブリンではなく、青黒い毛並みのそのまま犬が2足歩行した感じの獣人型の魔物、コボルトが主体であり、ゴブリン同様手足が人と同じになっているのでしっかり武器を持ち、素早さが高く、手足は人と同じで武器を自ら作成するなど器用さもあり、注意が必要となる。
「長い槍持ちのコボルトが2体。初見の敵だけど、あの槍さえ避けられればあとは問題無いと思う」
『はい。主様』「グルルルゥ」
軽く吠えたキハクの姿は真っ白の毛並みののまま、コボルトへと走り出す。どうやら他のウルフの能力は使わずに行くようだ。
僕とコボルトの丁度中間あたりで、スゥっと姿が見えなくなる。
目の前で警戒していたキハクが消えた事で、慌てた様子で左右に槍を構えを取るコボルト達。
その姿を確認し、右手にもっていた石を握りしめた。
「【スナイプ】」
ゴブリン戦で使った【ショットガン】とは違い、遠距離からピンポイントを狙い撃ちできる投擲技を発動する。
【スナイプ】
熟練度に応じ、遠距離からの狙撃が可能。制限距離内であればその距離が遠い程威力が増す。また技を発動した瞬間を視認されていなければ更に威力が上昇する。
限界距離の半分程の距離からの投擲ではあったが、鋭い軌跡を描きピンポイントで右側のコボルトの頭へと向かい、ヘッドショットを成功させる。
「ゲェ!」
隣にいた仲間の短い断末魔を聞き、逸れた意識の一瞬の隙をつきその喉輪をキハクが襲う。
初めての4階層での戦闘は、キハクがそのままコボルトの喉を噛み切ったところで終了した。
「どうだった?キハク」
2体のコボルトの元で待機するキハクの頭をひと撫でし、今回の戦闘について聞いてみる。
『はい。問題ないです。臭いのと一緒です。はい。』
確かにそうだろう。多少器用になったところでゴブリン上位種との戦闘経験のある僕らなら、まず問題ないレベルだった。
ただやっぱり迷宮初心者にとっては、あの長槍は厄介なのだろう。昔から一兵卒程度が扱うのであれば、槍は長ければ長いほど有利だと言われているしね。
「うん。じゃあまだ時間もあるし、5階層の認証まで進んじゃおうか。途中素材の捜索もしながらね」
コボルトの魔晶石を取り出し、それをしまいながらキハクに今後の予定を伝える。
『はい主様』
尻尾を大きく左右に振るキハクの顔は、やる気に満ちていた。
現在キハクは5種類のウルフとそのスキルをその身に吸収している。
【グレーパックウルフ】《爪術》 《連携》
【アーマードウルフ】《硬質化》
【イグニスウルフ】《火耐性》《炎術》
【ブラックウルフ】《暗闇強化》《闇耐性》
【シャドウウルフ】《影術》《指揮》《咆哮》 《影移動》
そして自らのスキルである。
《狼化》《超嗅覚》《聖術》
姿を変える必要はあるが、これらの特徴を駆使できる。
勿論レベルが上がり、熟練度も上昇すれば姿を変える事なく駆使できるようになるだろう。
だからこそ、まだまだキハクには余裕があると考えている。
そして8階層まで行けば、体のサイズを大きくするビッグウルフが出てくる。
僕は、少しだけこいつの能力の可能性を楽しみにしていた。
「ウォン!」
キハクの事を考えながら進んでいると、キハクが小さく吠えた。
キハクの視線の先には透明な結晶が壁に埋まっており、それに向かって吠えたようだった。
【塩】
《しらべる》で確認したその透明な結晶は、その周囲の岩のように見えていた部分も含め岩塩だった。
その塩の部分を触れてみた結果も、《料理》スキルは確かに食べられる塩であることを示していた。
『主様が使ってるやつの匂いするです』
キハクがその優れた嗅覚で感じ取ったのは、まさに塩の香りだった。
「まさか4階層で塩が取れるなんて……。ここって昔海だったの?いやいやいや。迷宮産?これって凄いんじゃない?」
ギルドでも迷宮で塩が取れるのは、ウィクチの取れる第9階層の海だと言われている。
しかし、9階層の海での塩の精製は難しく、態々9階層で塩を精製して持ち帰るくらいならその分ウィクチを持って帰る方が効率的だ。
だからこそ、迷宮都市の塩は9階層から運ばれるのではなく、周囲の山で採ってくる岩塩を加工して使っている。
4階層なら、お金のない低級冒険者でも採掘出来るし、迷宮の壁は掘っても数時間後には元通りになる。
つまりはそれら低級冒険者が定期的に塩を供給するようになれば、安定供給できる可能性があるって事だ。
塩が供給出来るようになれば、店以外での料理にも使う機会が増える。
つまりは料理への興味が増すんじゃないか?
様々な期待を胸に、僕は《どうぐ》に入れていた鶴嘴を振り下ろした。
ストックがー……。
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ガラスの精神ですが、ありがたく読ませていただいております。




