53.待ち望んでいたもの
「貴殿のこの度の働きに、迷宮都市ラビエーニ領主クリストフ=ミラーの名において、感謝の意を表明する。また此度の報酬として、我が所有地であった清浴の森エリア内全てを其方へ継承するものとする」
「有り難く」
恙無く執り行われた式典と、領主への謁見。
ラビエーニの領主クリストフ=ミラーは、前領主カインズ=ミラーから家督を継いだばかりの、今年で齢28となる若き領主だった。
しかし、その冒険者を守るという一貫した姿勢に都市からの人気も高く家臣からの信頼も厚い。
実際、式典後の領主謁見の場でも今回のゴブリンとの戦いにおいて、冒険者全体に対し労をねぎらう言葉をかけた後、僕個人へ活躍を讃える言葉を掛けていた。
そしてこの領主との謁見後の食事会で、大きな衝撃を受けることになった。
数々の料理の中に、僕の今の状況に必要不可欠な調味料が使われていたのだ。
【醤油】
この香りが部屋に届いた瞬間。僕は心からこの場に来た事を喜んだ。
「すみません!領主様!」
料理を全て食べ終わったタイミングで立ち上がり、興奮した様子の僕に領主を含め全員が注目した。
「なんだい?」
「はい!この料理の味付けに使われているタレについてです。このタレについて是非お教え願えませんでしょうか」
必死に頭を下げると、領主クリストフは驚いた顔をしながらも、視線を家臣の1人に向け目で合図をだした。
「君は冒険者なのに珍しいね。ユウ。これまで父さんと食事をした冒険者は、味には満足してたけど、興味は持ってなかったよ。君のその目と態度から察するに……。おっとこれはいけないね。おっ丁度来たみたいだ」
このクリストフさんは非常に勘がいいのだろう。おそらく僕が《料理》スキル持ちである事に気付いた。
そして、そのスキルを言う前に自制したのだろう。
全てを悟った領主クリストフが呼んだのは、この領主館の厨房を預かる総料理長だった。
小声で料理長に、何かを指示した後ギルド長を先に帰らせ、僕を厨房に呼んでくれた。
そこで待っていたのは、まさに僕の望んでいた【醤油】だった。
その黒光りするその液体と、鼻孔を刺激する醤油の香りに、僕の目と鼻。そして心を奪われた。
料理長の名はプーチルという、耳長族の壮年の男性だった。
耳長族はエルフではない。耳は長いが耳先は少し丸みを帯びており、穀物と芋類など保存の効きやすいものを先祖代々栽培加工し繁栄してきた一族という事だった。
そしてこの【醤油】こそ、【ソイルー】といいプーチルさんがここへの働きが決まった際に、村から持って来たものだった。
「麹」
「麹?」
この醤油を見たとき、一番気になったことだった。
「はい。このソイルーを作るのに、材料を変化させるのに粉みたいを入れるはずです!」
「あー。モヤシだなそれは。ん?ちょっと待ってこのソイルーの作り方は耳長族の秘伝だ。どうして君が?」
僕がこの都市を見て回り、一番困ったのは醤油も味噌も、豆はあるのに【麹】が手に入らず諦めていたからだ。
それが秘伝にしろ目の前に完成品がある。これは間違いなくこの世界に、麹と同様の働きをする菌類が存在している事を意味していた。
「僕の知識ではそれは【麹】と言います。僕が料理を作るキッカケになった。ある古書に書いてありました。ただどうしても【麹】いや【モヤシ】が手に入らずこのソイルーと同等の物を作るのを、諦めかけていました。」
転生者である事は、言えるはずもなく。全ては古書での知識という形にした。少し苦しい言い訳だが、醤油を手に入れるためならなんでもする覚悟だ。
「【こうじ】という物と、我が一族の【モヤシ】が同じものだと言うのだな。確かに我が一族に伝わる【モヤシ】は、昔ご先祖が迷宮で手に入れたふわふわとした物が受け継がれてきたと聞く、他に伝承が残っていても不思議ではない。ならば【ソイルー】を使った料理も知っているのだな。いいだろう古書云々は詮索してもしょうがないだろう。もし、キミがこの【ソイルー】を使って私を満足させる事が出来れば、これを分けよう。どうだい?」
願っても無い提案だ。それに、麹が迷宮で手に入ると云う情報も聞けた。
麹は、今回のゴブリン討伐で得た報奨金全てを差し出してでも手に入れたかったけど、最悪迷宮で手に入るだろう。
そしてこの条件ならば、僕が冒険者ではなく、料理人としてこの人に認めてもらえる。
ならば迷う事はない。受けて立とう。この人に美味しいと言ってもらえる料理を。
「よろしくお願いします」
前掛けを借り、自由に使って良いと言われたので調味料と食材庫から食材を取り出す。
そして、僕がこの醤油を使って作る料理は、この定番の料理にした。
〜ラビエ豚の肉じゃが〜
使用包丁:陽炎【薄刃包丁】
材料(2人前)
ラビエ豚のバラのスライス 150g
ゴロポイト 大1個
キャロ 1/2本
オニオル 1/2個
戻しドゥンコ 1/4本
だし汁
合わせ出汁(ウィクチとドゥンコの出汁) 300cc
ソイルー 30cc
ぶどう酒(白) 30cc+砂糖8g(味醂の代用)
砂糖 5g
①下準備として玉葱は、くし切りで約2cm程度の大きさに切る。
皮を剥いたゴロポイトは6等分にし、キャロと共にシャトー切りにしておく。
※こうする事で、形も崩れず味も染み込み易くなる。
ラビエ豚のバラも食べやすいよう3〜4cm間隔で切り分けておく。
②小さめ鍋に、だし汁とぶどう酒を入れ、火にかける前に肉をバラしながら入れ、カットした野菜を加え清潔な布で、落し蓋した後、火をつけて強火で短時間で煮立たせる。
③煮立ったら直ぐに火を弱め中火にし、約20分ほど混ぜずに煮る。
④だし汁が半分くらいに煮詰まったら、火を止める。
この時一度しっかり冷めるまで放置する。※味は冷める時に、具材に染み込んでいく。
⑤再度火にかけ、落し蓋にしていた布を外し、中火で煮汁を具材にかけながら、煮詰める。
煮汁がなくなるまで煮詰めたら火を止め完成。
そっと錦【十徳包丁】を陽炎に変化させ、野菜の仕込みをしていく。
肉じゃがの切り方として、乱切りが一般的ではあるがここは見た目、火の通りの早さ、味の染み込みや煮崩れなど総合的な判断から、シャトー切りを選択した。
ステーキの付け合わせの人参などで見られる。前にコンソメスープを作る時に使った。ラグビーボールのような形に切る面取り方法だ。
今回は《どうぐ》の機能が全く使えないこともあり、きちんと時間を掛けて調理した。
途中冷めるまで火を落としたところで、プーチルさんからの質問責めにあったが面取りのメリットや冷める際に食材に味が染み込むなど、料理について答え、こちらからも貴族などの食事事情など教えてもらい。プーチルさんと語らえる時間は非常に楽しかった。
完成品を器に盛り、プーチルさんの目の前にと差し出す。
「お待ちどうさまです。ソイルーを使った料理【肉じゃが】です。ご賞味ください」
いつの間にか、周囲には他の料理人達も僕ら2人は囲むように、この試験の行く末を見守っていた。
肉じゃがの香りが、辺りに漂い。食欲を刺激する。
ゴクリ
器に盛られた肉じゃがを見つめ、プーチルさんが固唾を呑む。
「では。食べさせてもらおう」
フォークで湯気が立ち上るゴロポイトを刺し、そのまま口へと放り込む。
ゆっくりと、その味付けの全てを味わうかのようにゴロポイトを噛み締め、ゆっくりと呑み込む。
次はキャロを、そして豚肉を口に運び、ゆっくりゆっくりと噛み締める。
「…」
「どう…でしょうか?」
「…」
目を閉じたままのプーチルさんの言葉を待つ。
周囲の料理人達も、その想像のつかない料理をプーチルさんがどう判断するのか微動だにせず。
次にプーチルさんが口を開くのを待っていた。
「…うまい」
一言だった。
その一言を告げ、プーチルさんは一気に残りの器を平らげると、上を向いて大きく息を吐き出した。
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有難うございます。
少しずつ要となる食材も出てきました。やっと料理の幅が広がります。
美味しい料理を皆さんの元へおとどけします!




