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52.魂に刻まれた味

僕は今、宿ナザーレの厨房に立っている。


あの後、領主への謁見を断固拒否した僕は、龍の目になったギルド長に、がっつりと割れる程の力で頭を鷲掴みにされ、涙目になりながら、目を付けられたくないから行きたくないと懇願した。


その時の事を考えながら、少し心を落ち着かせるため料理を作っている。

いやこれは料理ではないのかもしれない、ただ今はとにかく何か落ち着く味を感じたかった。


〜ウィクチとドゥンコのお出汁〜

材料

ウィクチの煮干し ザル1杯

干しドゥンコ ザル1杯


ウィクチの煮干し

①小さめのウィクチを選び、軽く洗い、頭と内臓を取る。(頭と内臓を取り除くことで、独特のえぐみ・苦味がなくなる)

②たっぷりのお湯(2L)に塩を50〜60g程投入し、沸騰させる。

③火を弱め、ウィクチを投入し灰汁アクを取りつつ3〜4分 茹でる。

④水を切ったウィクチをタオルに並べ、風通しの良いところへ置く。

⑤自分でも扇ぎつつ、ひっくり返しながらウィクチ表面の水気を乾かし干しカゴへと入れる。

⑥ある程度乾くまで風通し、日当たりの良い場所に設置し、その後日陰干しにする。(3〜5日)


ウィクチのお出汁

①フライパンにて煮干しをから炒りし、風味を強めると共に臭みを減らす。

② 煮干しは4Lにつき60本程のウィクチを大きめの鍋に張った水4Lに最低1時間以上浸す。できれば半日以上。

③火を調整し強すぎない程度の中火にかけ、沸騰直前まで火にかける(沸騰させると苦味が強くなり、風味も飛んでしまう)

④こまめ灰汁アクを取りつつ、弱火にして煮だし、灰汁が出なくなってきたら。火を止める。

⑤できた出汁を細い目の布地で濾し、別容器に入れ完成。

※残って茹でられたウィクチは別で取り分けておく。(ほかの料理の材料として)


干しドゥンコのお出汁

①3〜4日、天日干ししたドゥンコをたっぷりの冷たい清水に入れる。

②水の冷たさを保つため、《どうぐ》にて水温を保ちつつ、計24時間以上かけ戻す。

③布で濾し別容器に入れたら完成。

※残った水戻ししたドゥンコも別で取り置く。


ウィクチは、迷宮で捕獲され、大量に運び込まれた所謂【鰯】だ。

こちらでも肉以外の食べ物として人気で、主に焼。以上。という感じで食べられている。


それと同時に、森で採れるキノコの一つにドゥンコがあり、これは肉厚の大シイタケだった。

1週間程前に市場で発見し、興奮覚めぬまま、煮干しと干しドゥンコの作成をした。


そして今回、そのだし汁をどうしても、味わいたくなりこうして出汁を取っている。

ウィクチは前世の通りでよかったが、こちらのドゥンコは肉厚で大きいので、《どうぐ》内で計3日以上かけ水戻しした。

シイタケと同じであれば、冷たく綺麗な水で戻さないとシイタケ本来の旨味の効いた出汁を取ることができない。


その出来た二つの出汁を、軽く温め直し口に含む。


ウィクチの出汁を口に含むと、舌全体に広がるイノシン酸のうま味。丁寧に下処理をした煮干しからとった出汁は、臭みも苦味もなく懐かしい味を、そして鼻孔を通り抜ける香りを感じさせてくれた。


しばらく続く出汁のうま味の余韻を感じつつ、一度口をゆすぐ。


そして同じように、干しドゥンコの出汁を口に含む。

温めた事で作られたうま味成分グアニル酸の芳醇な味わいが舌全体を包み込むように広がる。こちらも鼻に抜ける香りがなんとも言えない。


そして最後は、この2つの出汁を合わせる。そう合わせ出汁のだし汁だ。


「ほぉわ〜〜」


旨い。


あの時の事を思い出しながらも、口に含んだ合わせ出汁がさらなる旨味となって、憂鬱となった心を落ち着かせる。


これでグルタミン酸(トマトソース)イノシン酸(煮干し出汁)グアニル酸(ドゥンコ出汁)の3大うま味成分が揃った。


「贅沢言えば、海藻から出汁《グルタミン酸》をとって和食を作りたいけど。しかたないよなぁ」


この世界の環境を考え、まだ先かと思いつつ、思考はまた先程のギルド長室でのやり取りに戻っていった。




「あ・り・え・ん!」


僕の頭を鷲掴みにし、ギルド長が放った一言だ。


常識的に考えて、領主から土地と家を拝領したものが、『来い』と言われているのに、礼も言わずに断るなど確かにありえないだろう。


だがしかし!


「いや!ほんとに目を付けられた…くないんですってば……。僕は目的の為に生きていき…たいん…ですよ…」


それでも、ギシギシと軋む頭をなんとか耐えながら、ギルド長に懇願してみせる。


「あっ……あっ…ユウ様… お義母様もうやめてください…」

「くぅ〜ん。くぅ〜ん」


横では、涙目のシルネがギルド長の腕にしがみつき、そして、キハクもギルド長の足下で訴えかけるように、前脚で足を叩いていた。



「ふんっ!」


「あだっ」


頭を掴まれたまま。元のソファーに投げつけられる。軋む頭を両手で抑え見上げると、やれやれという表情のギルド長がいた。


「なんだそんな事を心配していたのか。お前さん。ここをどこだと思ってるんだ?」


「えっ?え〜迷宮都市?」


ギルド長室という答えも浮かんだが、なんだかとってもがっかりされそうな気がした。

一応無難な答えだと思う。


「そう!そうだユウよ。ここは迷宮都市。迷宮都市ラビエーニなんだ。迷宮の攻略。それが最も何よりも、誰よりも優先させれる場所。それが迷宮都市ラビエーニなんだ。わかるか?」


「え〜と。冒険者である限りそれの邪魔になる事はしてこない?部下になれ!とか……」


そう。これが僕の一番心配している事だ。褒美を貰ったって自分に仕えろなんて言われたら意味がない。

それに、今はそうじゃなくても顔と名前が覚えられたら注目されてしまうのではないか。それが心配だった。


「やはりそんな事を心配していたのか。まったく……」


やれやれだと言わんばかりの仕草で、自分のソファーに座りなおし、ギルド長は再度口を開いた。


「あのな。何度も言うがここは迷宮都市だ。冒険者の迷宮攻略が滞る事を一番忌避される。ゴブリンキングも倒せる冒険者の足枷になるような真似はしないさ。あぁちなみに領主はユウの名前も顔も知らんよ。今はな」


「えっでもさっきユウ殿って」


「あぁあれは形式上、私がつけただけだ。館に住めば誰だかわかるが、わざわざあそこまで調べにくるやつもいないだろう。転移装置はユウが許可した者以外使えないしな。ちなみに領主の前でも、誓約するまでは認識阻害かけるからな。まぁばれんよ」


なんて世界だ。領主より迷宮攻略が優先。しかも領主の前で認識阻害可なんて……。


「あ〜。それは何というか助かると言うか、行く必要性を感じないと言うか……」


いや。ほんといらなくない?何だったら違う人でも代行できちゃうじゃん。


「うむ。そんなわけにはいかんのだ。家の引き渡しに互いの同意と契約書の魔道具での契約が必要だからな。それにあやつにはきっちり誓約を結ばせる。まぁそんなわけだから、明日9時にギルドだ。わかったな。それとキハクとシルネは宿で留守番だ」


ニヤリと口元に含み笑いを浮かべ、ペラペラと持っている契約書を見せる。ギルド長。どうやら冒険者保護の契約書らしい。これに契約させると、本人の意思以外での勧誘や情報の拡散ができなくなるらしい。


ちなみにこれも創造神ネル(・・)作との事。

まったく無駄なところが高性能だなあの残念美神は……。


「えっ!そんなぁ〜」


「くぅ〜ん」


シルネとキハク。2人の、もの凄く付いて行きたいです。と訴える目を見ながらキハクの頭を撫で、待っててくれるようにお願いする


その傍には、頭を出してアピールするシルネの姿があった。


「はいはい。シルネも待っててね。なんでそんなに行きたいんだか」


キハクに続き、シルネを頭を優しく撫でる。

そしてその時のシルネは、ふるふると小ギザミに震え蕩けるように顔をニヤつかせていた。


そして、思考は出汁の余韻と共に、厨房へと戻る。

「はぁ〜」

ため息を吐きながら、もうしょうがないか……。と一人覚悟を決めた。


皿に注いだ残りを一気に飲み干す。

温かな合わせ出汁のだし汁が、食道、そして胃へとその余韻を残しながら流れ込んでいった。




読んで頂き有難うございます。

感想などいただけると嬉しいです。


ブックマークや評価有難うございます。

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