45.凶行
真っ白な狼に戻ったキハクは、小さめの中型犬程の大きさとなり、既に子狼と呼ぶには相応しくない成長を見せていた。
その姿は、少し幼さが残る表情もマズルの部分が少し伸び、若き聡明な顔付きになっていた。
「うん。少し大きくなったね。このリーダーウルフを食べたから?」
より滑らかになった毛並みを撫でると、その成長を感じる。
『違うです。もっと前から力が溢れてきてたです。たぶんこのウルフを倒した事がきっかけです』
たしかに体が軽いと言ってたっけ。従魔の変化も見抜けていない。
その事実に、まだまだだと感じながら、先程から硬直しているギルド長の戦いへ目を移す。
4体の【ゴブリンテイマー】に囲まれたギルド長は一度こちらに視線を飛ばすと、ニヤリと口元を歪め【ゴブリンテイマー】達に視線を戻した。
「【円刃】!」
ギルド長がこちらにも聞こえる声で、技の名を叫ぶ。
そして、その刹那ギルド長の周りに風が吹き、円形に土と草原の草が舞う。
「「「「ギャー」」」」
まさに瞬殺だった。
瞬き程の時間もなく、囲ったブラックウルフの首と【ゴブリンテイマー】の胴体は真っ二つに切り落とされた。
「キハク〜。あの人、絶対僕らが終わるの待ってたよ。なんだろうこの虚しさ?空虚感?」
僕の嘆きに、足下ではキハクが慰めるように、膝をポンポンと柔らかな肉球で叩く。
絶対的な実力差を見せつけるように、偃月刀を担ぐギルド長。
僕の目には、恐ろしくも美しい、女武人の姿が焼き付いていた。
【ゴブリンネクロマンサー 】に操られないように、手を合わせながら、シャドウウルフの頭に一刺しし、ギルド長の元へと向かう。
既に最初に足を負傷させた2体のブラックウルフは、足を引きづり後方へと引き返していた……。
ゴォ!
同時に2つの火の玉が、引き返していた2体を襲う。
「どうやら臆病者には容赦ないって事だね」
微かに息のある。焼け落ちたブラックウルフ達に、ナイフを投擲し完全に息を引き取った事を確認し、ギルド長と合流する。
すでに後方では、ゴブリン達が掃討され冒険者達がアンデットの復活を警戒していた。
「さて。殺るか息子よ!親子初めての共同作業の仕上げと行こうか!」
なんなんだろう。
なぜにこの人は、こんなにも楽しそうなのだろうか?今日育てた娘が奴隷になったというのに……。
「はいはい。それに結婚式みたいな事言わないで下さいよ。」
「?」
あれ?こっちでは夫婦初めての共同作業です!みたいな事はないのだろうか。
そもそも結婚式のケーキ入刀が、初めての共同作業の時点で祝う前に心配するレベルだが……。
まぁそんなのはただの伝統行事として。
「いえ。何でもないです。何か楽しそうですね。ギルド長」
「ん?そうか?まぁ大切な娘を預けた男が、予想以上の強さだったからな。ついつい力が入ってしまったのだよ」
上級の冒険者たちであろうか。
続々とギルド長の周りに集まり、【ゴブリンジェネラル】の集団と対峙する。
「さて、諸君。事前に話していた通り、A級及びB級冒険者の諸君には前方に控える【ゴブリンナイト】達の梅雨払いをしてもらおう。そしてジェネラルは私が全力を持って屠る事を約束しようか」
「「「「おぉー!」」」」
冒険者達が、各々の武器を掲げ気合を入れる。
こちらも中級以下60名程の命が奪われた。決して許せるものではなく、武器を持つその手に自然と力が入る。
しかし、その気合も今回ばかりは空振りに終わる。
【ゴブリンジェネラル】の凶行によって……。
冒険者達が雄叫びを上げたと同時に、【ゴブリンジェネラル】が3体の【ホブゴブリン】に持たせていた巨大な斧を掴み、大きく振り上げた。
ゴゥ
一振り。
その一振りで、状況が一変した。
【ゴブリンジェネラル】の前で、盾を構え突撃に備えていた【ゴブリンナイト】。
その後方で魔法、弓矢の準備をしていた【ゴブリンメイジ】と【ゴブリンアーチャー】。
斧を持っていた【ホブゴブリン】。
彼らが一瞬にして、肉塊へと成り果てた。
「経験値……」
その行動を疑うような眼差しで、ギルド長が呟いた。
ーーSide ゴブリンジェネラルーー
【ゴブリンジェネラル】は、このままだと一方的にやられる未来を見た。
冒険者達に切り倒される【ゴブリンナイト】。
遠距離戦となったらまず勝てないであろう。【ゴブリンメイジ】と【ゴブリンアーチャー】。
そして盾にもならない【ホブゴブリン】。
自らの部下が、目の前で倒されていく未来。その未来を【ゴブリンジェネラル】は否定した。
どうせやられるならば。
憎き敵の経験値となって、“我”に刃を向けるのならば。
殺してしまえ……。
我が経験値となり、我を守れ!
そう思った瞬間だった。
持たせていた斧を手にとっていた。 そして、ただ一度。ただ一度だけ斧を振り抜いた。
肉塊となり、弾け飛ぶ部下達《弱者達》。
いくらここで倒されても、また増やせばいい。他種族の雌を捕獲し強引に種付けし子孫を増やす。
《繁殖》
我ら上位ゴブリンの種族スキル。
いかなる種族の雌にでも、短期間で子を産ませる事が出来る能力。
生き残る。
我はこの場で死んではならぬ選ばれたゴブリンなのだから。
足りない。
あの前方にいる雌は、我よりも強き者。
足りない。
もっと我は強くなれる。
なら殺そう。
我の側に控える。
幹部だったこの雄《ゴブリンネクロマンサー 》を。
足りない。
大量の力が入ってきた。これでも足りない。
殺そう。
我の繁殖用に、我への癒しのために側に置いた。
この雌を。
殺した。全てを殺した。
“ここに蠱毒完成せり”
大量のゴブリンが、自らの同士討ちで散らした命。我が殺した最後の同士。
その力全てが増幅し、凝縮し我の元に。
真っ黒な魔力が我が身を包む。湧き上がる力。
体躯は更に大きくなり、青黒い体は真っ黒に染まった。
そう我は【ゴブリンジェネラル】ではない。
我 【ゴブリンキング】 也
マズル=動物の鼻面・口吻を指す鼻口部のこと。
動物の鼻先から奥歯のあたりまでの口元全体を指します。




