37.秘密の共有はもふもふの前に
ぽわっと光る奴隷紋。
シルネの腰あたりについたその紋に、僕の血を一滴垂らす。
きめ細かなシルクのような肌。今シルネは恥じらいながら服を脱ぎ、上半身をさらけ出し後ろを向いている。
前が見えぬよう胸の前で手を交差し、恥じているその姿に色々な感情が湧き、理性で抑えられていく。
そしてこの奴隷紋への血の登録。
これは従魔との契約同様、その者に主人のDNAを刻み込み、遺伝子レベルで主人に対し殺意を持って攻撃できないようにし、さらに『命令』のコマンドによる服従を強いるものらしい。
「さて!これで奴隷契約は終了だ。ちなみに今回、被害者であるユウ自身の希望により犯罪奴隷ではなく、解放出来ないがただの奴隷契約とした。これにより犯罪奴隷の報告義務は発生しない。ん。なんだお前達そんな顔を赤くして。今からそんなんじゃ夜は大変だな!」
高笑いしながら背中を叩かれるが、なんてこと言うんだこの人は……。
「!!!!」
ほら見てよ。シルネなんて真っ赤になってそのまま気絶しそうだよ。
「それとユウの疑問にも応えようか」
こちらの考えは関係なしかのように、そう言うとギルド長は龍眼の秘密を話してくれた。
あの時、全てを見透かされていると感じたのは間違えじゃなかったみたいだ。この能力を使い、シルネが去った後の顛末と、ケリーの殺意について確認したと言う事だった。
「うん。これでユウの疑問である私の秘密もシルネの秘密も全て白日の下に晒されたわけだ。でだ。そろそろそこで寝ているおチビ君の事を紹介してくれてもいいのではないか?」
足元で寝そべるキハクを指差し、さぁさぁ次はお前だ。と言わんばかりの顔でこちらに視線を向ける。
「あぁ。遅くなりました僕の従魔のキハクです。この通りまだまだ子狼ですがこれからも一緒に迷宮に潜るつもりです」
「ククク。そうじゃない。そうじゃないよユウ。私はお前さんの“秘密”を共有してくれと言っているんだよ」
額に汗が浮かぶ。
この人はおそらく全てを知った上で質問している。
横では、すっかり元どおりになったシルネさんがこの空気を嫌ったのか、ソワソワして落ち着かない表情で、僕とギルド長を交互に見ていた。
「はぁ〜。分かりましたよ。キハク 『キハク』」
『はい〜主様どうしました?』『悪いけど元の姿に戻ってくれるかい』
その瞬間グレーパックウルフの姿から、真っ白な元の姿に戻ったキハクを見て、2人は僕の足下から目が離せなくなっていた。
「なっ…。なんと。これは白狼種か。フェンリルの一族。神獣の家系なのか…?それにしても美しい毛並みだ」
「はぁ〜〜〜。キハクちゃん可愛い」
「んっうん。 ご覧の通りキハクは白狼種の子供です。ただギルド長が言ったフェンリルの一族では無いようです。ただお気付きかもしれませんが、目を見て頂ければ分かる通り、相当高位な種族かと思われます。迷宮近くの広場の野良闘魔場で、グレーパックウルフとして処分されそうな所を買い取りました」
あまりにもキハクを凝視し、ブツブツ言っている二人に咳払いをした後、事情を説明する。
ギルド長は納得の言った様子ではあるが、色々と疑問があるような表情をしていた。
「なるほど。先程ユウの過去を覗いた時、迷宮内での映像も確認した。シルネがやらかした原因とも言える討伐の様子を確認する為にだ。お主の力も、新人としては相当なものであったが、明らかにそこの子狼の能力がグレーパックウルフとして異質であったのでね。そしてその子は念話が使えるな?所々でお互い会話をしている雰囲気を出していたぞ。普段は気をつける事だね」
「じゃあ。あの討伐の数は本当に2人でこなしたんですね…。本当にごめんなさい」
過去を確認したギルド長の言葉に、シルネがまた薄暗い雰囲気になっているが、ここはもう気にしない。
それよりも声に出していなくても念話をしている事に気付くなんて
「はい。気をつけます。キハクの正体は隠していくつもりですから」
「そうだな。その方がいいだろうな。それにしても驚いた。そういえばこの姿を変えるのはグレーパックウルフの姿だけなのかい?」
「いえ。過去に一部分でも食したことがあれば変化できるそうです」
ニヤリと何か含むような笑みを浮かべるギルド長に、不穏な空気を感じながら質問に答える。
「ちょっと待っててくれ」
そう言ってギルド長室から出て行く、ギルド長を見送りシルネと顔を合わせ首を傾ける。
「ごめんない。ユウ様。お義母さんがああいう顔をする時は何か企んでる時の顔なの…。でも悪いことにはならないと思うのよ。あの顔はいい事思いついた!って顔だから。ね?」
シルネはあれから、ユウ様と呼ぶようになった。最初はご主人様と呼んでいたが、どうしてもこそばゆい感じが背中を走りやめてもらった。それにしても奴隷になったから?いやその少し前からのシルネの好感度が急上昇してるんだけど、何があったんだろう?
二人で、キハクの毛を撫でていると、しばらくしてギルド長が部屋に駆け込んできた。
「はーはーはー。よし。待たせた。 なっ!私も撫でたいぞ。そうだユウこの耳をキハクに食べさせてくれないか」
そう差し出されたのは、真っ赤なウルフ族だと思われる耳と、硬い毛で覆われた同じくウルフ族の耳だった。
「これをキハクですか?」
「あぁそうだ。これは25階層の溶岩を食べるイグニスウルフと、33階層の全身が鉄よりも硬い毛で覆われたアーマードウルフの解体の残りだ。アーマードウルフは魔力が通ってない今なら歯が通るだろう。肉はいつもながら即処分してしまってないんだがね。今回は頭部は不要という事で一部を拝借してきた!」
どうだっ!と聞こえんばかりに胸を張っているが、拝借してきて本当に大丈夫だったんだろうか。
まぁありがたく使わせてもらおう。
ただちょっと手は加えるけどね。
さすがに子狼であるキハクに、いきなり耳を食え。というのも、なかなかきつい。
ギルド長に許可を貰い、ギルドの厨房を借りる。2人にはスキルを使うという理由で部屋で待ってもらえることになった。
普段とは違い、絶対にこれを調理してまで自分で食べようとは思えない見た目であった。
作るのは、ウルフ耳で作るのミミガー風ジャーキーだ。
正直、犬も狼も調理で使った試しがない。
しかし、基本は同じはず。まずは耳に付いた毛をガスコンロで焼き、毛を取り除こうと考えたが、流石はイグニスウルフ。
魔力が通っていなくとも、火耐性は異常に高く、ガスバーナーのような魔道具でやっとチリチリと時間をかけ取り除くことができた。
ここからはいつもと違い、決して真似して欲しくないレシピだ…。レシピとして残すのはやめよう。
〜ウルフ耳のミミガー風〜
材料
イグニスウルフの耳 1つ
アーマードウルフの耳 1つ
塩 適量
①毛を取り除いたイグニスウルフの耳はほんのりピンク色をし、アーマードウルフは濃いグレーであった。その2つの耳を細長く切り、塩で揉み込む。
②揉み込んだあと30分程放置し、塩を洗い流す。
③たっぷりとはったお湯にいれ、2気圧程の圧力をかけ30分程茹でる。
④しっかり柔らかくなったところで完成!
見た目はなんだか、ピンクやらグレーやらのミミガーなんだが、これを調味料なしに食べると言うのはなんとも厳しい。
それに魔物は、人には食べられないって言うしな。
うん。魔物を食べるならちゃんと自分で見極めて、その場で調理してみよう。
《どうぐ》の熟練度が上がった事で、温度や時間だけでなく、気圧も2気圧。圧力鍋と同じような環境までは設定する事が可能になった。ちなみに時間は5倍まで可能になった。
今回はその機能をフルに活用し、しっかりと柔らかく茹でる事ができた。
キハクの待つギルド長室の扉をノックし、開けると。そこには……。
「「ハッ!」」
抱き上げたキハクを中心に、お互いの顔を埋め、悦に浸る2人…。
「何やってるんですかあなた達は……。」
ギルド長とシルネのだらしない姿が、そこにはあった。
10万字まであと1話となりました。
前作より少し遅いペースかもしれません。
ただみなさんのおかげで、確実にPVもブックマークも増えています。
これを原動力に物語を進めていきたいと思います。
これからも楽しみにして下さい。