32.ギルド長の沙汰
「いてぇ いてぇーよー」
赤髪の男が、仲間に手首を縛られ止血されながら泣き叫んでいる。
仲間たちも警戒はしているようだが、明らかな正当防衛による反撃を喰らっただけの赤髪を、擁護する事も出来ずにこちらを注視している。
まぁこちらからすれば、この男を止めなかった時点で同罪なんだけどね。
「ねぇ。聴いてる?あんたも冒険者なら多数の同業者に、スキルをバラされるリスク分かってるんだよね。しかもハズレハズレと連呼しやがって。なんなら今すぐその馬鹿な頭に僕の戦闘スキルを使おうか?」
「ヒィーーー。やめ やめろ!俺は 俺は悪くない!おいっお前たちも聴いていただろ!シルネちゃんがこいつに戦闘スキルも補助スキルもないって言ったのを!」
ーーーバカだなこいつは
周りの人間の中にも、気付いているのもちらほらといるな。
「なぁ。あんた。そもそもシルネさんが好きなんだよな?」
こいつは分かっているのだろうか。
「そうだ!シルネちゃんを困らせる奴は俺が許さねぇ」
「なぁ。お前は自分のスキルを全部この場で言えるのか?」
なぁ気付けよ。
「はぁ⁈ 馬鹿かテメェ。言えるわきゃねぇだろ」
「じゃあお前の大好きなシルネさんに聞いたら教えてくれるのか?」
ほらヒントだ。
「お前素人だろ!G級が!ギルドの人間が他人のスキルを教える事は最大の禁……き だ… 」
おっ やっと気付いたか本当におめでたい頭だ。
「お前が騒いだせいで、シルネさんが冒険者のスキルを教えたって広まったな。どうするんだこれ?」
そもそもお前が騒がなきゃ、穏便に終わったかもしれない話だ。理解したか?
「俺?俺は違う…… 俺はシルネちゃんが青い顔をして奥に…」
「まぁ周囲の人に聞こえるかもしれない状態で、俺のスキル構成を口に出したからな。現にお前ら聴こえてたんだし」
そりゃあまずいだろう。
「お・ま・えが、シルネさんに留めを刺したんだ。赤髪」
「あ あ あーーーーーーーシルネちゃん シルネちゃん シルネちゃん シルネちゃん シルネちゃん シルネちゃん……………」
気が狂ったかのように、名を叫び出した赤髪に周りを囲っていた仲間たちも引いていく。さすがにこれ以上付き合いきれないんだろう。
「すまん。どうか許してほしい。こいつ…。ケリーはパーティから外す。元メンバーが欠けた迷惑は追って何か別のことで返す。何かあればいつでも“春海の剣”に依頼して欲しい。私はリーダーのステーグだ」
深々と頭を下げるのは、赤髪の加入していたパーティのリーダーらしい。短髪のサイドを刈り上げた偉丈夫で、しっかりと鍛え上げられた肉体をしている。
「あぁ そ」 「うるさいぞ!」
言いかけた言葉を止めたのは、青い髪をなびかせた美しくメリハリのある締まった体つきに、関節や首などに所々鱗のある190cm程はある大柄な女性だった。
「どういう事だこれは?」
一瞬でケリーに近付き、みぞおちを強打し気絶させたその女性が周囲を見渡し、静かに問いかけた。
「僕が説明します」
当事者として僕が説明するべきだろう。周囲は顔を伏せ威圧を振りまくその女性を、見る事も出来ないでいる。
「ん?G級の冒険者?あぁキミかシルネから報告があったのは。ちょっと待ってそのまま動くなよ」
スゥと威圧感が引き、落ち着いた声でこちらを見つめる。見つめるその目から目をそらす事も出来ずに女性の瞳の奥に引きづり込まれそうになる。
でも敢えて抵抗はしない。たぶんそれが一番良い選択だと僕はなぜか迷いは無かった。
「うんうん。なるほどな。ユウよ。今回は我らがギルド員が大変な迷惑をかけた。シルネの処分はこちらに任せて欲しい。さすがにここまで大きくなると、処罰を先延ばしする事も出来んだろうな……。」
なにかのスキルか、固有能力か。僕の瞳を見る事で、この人には正確に状況がわかったらしい。
「聞け!この場にいる冒険者達よ!迷宮都市が冒険者ギルド。そのギルドの長たる龍人族がミネリア=アルバンズが沙汰を下す。冒険者ギルド職員のシルネが、冒険者のスキルを他人に教えるというギルド職員の禁を犯した!よってシルネはギルドを解雇。そして犯罪奴隷落ちとする!」
「そして、この場に倒れているC級冒険者ケリーは、この場で左手の傷口のみを回復。それを罰とする」
ドサっ
ギルド受付の中から音が響く、見れば真っ白な顔のシルネさんが倒れていた。
それはそうだろう、相談し戻ってきて見れば、事はこれ以上ないほどに大きくなり、その場で沙汰が下されたのだから。
ーーーこの馬鹿のせいで
気絶し、泡を吐く赤髪に目をやる。
元を正せば勿論シルネが悪い。だがあの場では、数人にこちらのスキル構成をシルネが勘違いしていたと言えば良い事だ。
元々、僕の正確なスキル構成なんて知らないのだから。
全てはこの馬鹿が後戻りできない状況にした。まぁこの男はこれから2度とパーティを組んでもらえないだろう。
利き腕は元に戻るだろうが、傷口を治療された左手は戻る事は無い。
片手の冒険者として、シルネさんを奴隷落ちにさせた張本人として、広まっていくだろう。
「さて、C級冒険者ケリーの両手を切断した今回の当事者ユウだが、しっかりと正当防衛及び反撃許可を取っていることから不問とする。今後この件でユウに何かしでかした者は2段階の降級、半年間の迷宮探索禁止とする。そして、今回の件の発端となったユウ本人がハズレ冒険者と呼ばれる戦闘スキル及び補助スキルなしの冒険者か否かについてだが、冒険者ギルドからは“否”この一言のみだ。しかしシルネはそれを知らずに広めてしまった。十分禁忌に該当し、処分は変わらない。以上だ!」
そう。今回の一件は、スキル構成を知らないはずの一介のギルド職員であるシルネさんが、何故僕をハズレと判断したかが重要になる。
シルネさんは、僕の戦闘訓練の様子からどの武器にも補正が掛からない=スキルなし。と判断したようだ。
戦闘訓練では投擲スキルは見せていないため、その様子を聞いたり、見たりしたシルネさんが勘違いし今回の騒動となってしまった。
つまり、冒険者のスキルを探る行為も該当してしまったのだ。
ギルド長が散れ!というかのように、手を振ると何事も無かったかのように騒ぎの前のギルドに戻り、赤髪は両脇を抱えられ治療院に連れていかれ、シルネさんも奥へと運ばれていった。
「さて。ユウよ。何度も言うが今回の一件は完全にギルド側の落ち度だ。すまなかった」
「いえ。最後にギルド長自ら訂正してもらいましたからね。こちらとしては目的が達成できました」
はにかむように答えると、そのミステリアスな美貌の口元がニヤリと微笑んだ。
「ふむふむ。あの感じでは中々の気性の持ち主かと思ったが存外に優男よな。どっちが素なのか興味深い。ふむ。そうだあとで、3階のギルド長室にきてくれ。中途半端になっている報酬と詫びの品もそこで渡そう」
そう言って、大きく1歩を踏み出し、受付の奥へと戻って言った。
「ユウさん……。この度はシルネが…。ギルド長室へご案内致します」
当たり前だが、いつもと違った様子のミリネさんが申し訳なさそうに頭を下げる。
そのままミリネさんに先導してもらい、僕は3階のギルド長室へと足を運んだ。
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