31.俺の人生はそんなに甘くはなかった。
「おっ新人。おかえりかい?」
朝のピークが過ぎ、列がなくなった道の対面に控える。入場時に受付をした兵士に声を掛けられる。
「あっさっきの。はい。2階層の登録だけして帰ってきました」
「おう。びっくりしただろ。こうフワッとな。まぁ迷宮から出てくれば常に兵士の前、まぁ今立っている場所に帰ってくる。何かあればすぐ声を掛けてくれよな」
「はい。一瞬フワッとしました。これからよろしくお願いします。先日冒険者になりましたユウと言います」
「おっおう。随分丁寧な奴だな。俺はジルサだ。まぁだいたいこの迷宮入口で受付兼魔物の出現を見張ってるからな。たまぁ〜〜〜にゴブのやつが出てくんだよ。ギャッギャてな。」
いつでも声を掛けろよ。と言うジルサさんと別れ広場に戻ると、見慣れた3人組が広場内の市場を物色していた。見れば3人他に身長180cm程の男が大きなリュックを背負い、疲労困憊と言った顔で体を引き摺りながら3人の背中を追っていた。
獣人じゃなく僕らと同じ人族だ。明らかに前の男とは違う……
その首には奴隷を示す首輪と、その先に付けられた長い鎖が伸びており主人である男に乱暴に引っ張りまわされていた。
ーーーー奴隷か
ボロボロの服装、痩せ細り傷だらけの体。そしてただ歩くのではなく犬の散歩のように連れ回される屈辱。でもこの扱いをどうする事も今の僕には出来ない。この世界のルールを破ることができない。
願わくは、この奴隷がこれ以上酷い扱いを受けませんように。
偽善者だと思われたとしても、これ以上は僕には出来なかった。
『主様〜。大丈夫ですか?』
「うん。大丈夫だよ。ごめんね』
僕はそっとキハクの頭を撫でた。柔らかな毛並みが締め付ける心を優しくほぐしてくれる。
時間は丁度お昼を過ぎたあたり、冒険者ギルドの扉を開けると午前中の探索で切り上げてきた冒険者達でごった返していた。
通常、ギルドのピークは3回ある。朝の依頼受注ラッシュ、昼の午後から迷宮入り受注&午前迄で終わりの報酬待ちラッシュ、そして夕方過ぎの報酬待ちラッシュだ。今回はちょうど2番目にあたったらしい。
なんとか大柄な冒険者達の間を通り抜け、依頼の報告窓口の列へと並ぶ。
「あっユウ。私の所に並ぶなんて珍しいじゃない」
適当に並んだ列ではあったが、どうやらショートカットが似合う貧…スレンダーボディのシルネさんの列だったらしいです。
最近殺気が飛んでくるから少し避けてました。はい。
そしてもちろん胸は見ません。あえて見ません。
えっ?て言うか呼び捨て⁉︎前までユウさんとかだったのに?
「あっシルネさんお疲れ様です。珍しいって言うかたまたまですよ。シルネさんの所はいつも長い列が出来てますからね。並びづらいんですよ」
「へー。同じくらい並んでるミリネの所には並ぶのに私の所には並ばないんだー。へー」
ぐっ。この人は…。
「まぁいいわ。それより今日の成果報告ね。ギルドカードを見せて頂戴」
鞄から名刺サイズのギルドカードを取り出し、シルネに渡す。カードが手元の機械に触れた瞬間。一瞬だけ光り魔道具から転写された内容が記載された紙が出てきた。
「はいっ?ゴブッ!2じゅう…5っ!大牙鼠18っ!」
討伐内容が転写された紙を握りしめ、小声でぶつぶつと呟き始めたシルネさん。この感じは前にもあったような気がする。
この人は基本、人の事を過小評価しているらしい。うん。僕もこの人を心の中でシルネ《貧乳》と呼ぼう。
無理か…。
「ちょっとユウ。あなた今日がはじめての迷宮よね⁈あなたには戦闘スキルも補助スキルもないって聞いたんだけど、どういう事よこれ。」
あくまでも小声だが、そのよく通る声は後ろや周囲の人にはハッキリと聞こえている。只でさえ人気の受付嬢の“声”を聞き逃さんとしている冒険者は意外と多い。
周囲の人がざわめき出したのが分かり、すぐに自分のしでかした事を理解したシルネはすぐに立ち上がり、頭を下げ奥へと消えて行った。
「おい!お前!我らがシルネさんに何をしたーーーっ!!!」
後ろで並んでいた赤髪のロン毛イケメンに、強引に振り向かせられ、胸ぐらを掴まれカウンターに押し付けられる。
「いや。なに…も…」
強引にカウンターに押し付けられ、肺から息が漏れる。
「嘘付くんじゃねー。青い顔して奥へ行っちまったじゃねえか!お前が何かしんだろ!このハズレ冒険者が!」
それでも、何もしていないと言い切ることもできず、更に胸ぐらを強く捕まれ首を絞められる。
息が出来ず呼吸困難に陥る。意識が遠のく。
ハズレ冒険者。戦闘スキルも伐採のような斧に補正がかかる補助スキルもないとされる冒険者の蔑称。
通常スキルは伏せられ秘匿するのが当たり前な世界で、唯一スキルを全て知っている可能性のあるギルド職員からの、スキルなし宣言。
この事を分かったからこそ、シルネは顔を青くし奥へと消えた。
そして更に事態を悪くした。
このラッシュ時間の中で、冒険者にハズレ冒険者と罵られた瞬間。ギルド内にいる全ての冒険者に役立たずの烙印を押され、今後パーティはおろか協力を取り付けることも難しくなるだろう。
このスキル至上主義の国ではそれが当たり前なのだ。
「くっ苦……しい。や…め……ろ」
「ウゥー!ガウぁ!」
「やめろじゃねぇだろ!このハズレが!うるせぇぞこの雑魚使い魔が!シルネちゃんに何をした!謝れ今すぐに床に頭を擦り付けてシルネちゃんに謝れおらぁ!」
目を血走らせながら、足下で吠えるキハクは蹴りつけられる。
「キ…ハク。 何もしてない!こ…れ以上は…我慢でき…な…いぞ」
ーーーこれ以上は死ぬ。
締まりが強くなる両手を掴み、僕は念話で一言足下で唸る子狼の名を呼んだ。
『キハク』
一瞬にして、僕と赤髪の間に閃光が走る。数秒程遅れ赤髪の手首に赤い線が入りそのまま腕から離れた。
「えっ…。あっあっあ あーーーーーーーーーーーー手が手がー俺のてーーーーー!」
消えるようにして手首を切り離したキハクが、足下へ戻ってくる。そして、心配したと言うように鼻先を足に擦り付けてくる。
「ごほっ ゴホっ 自業…自得だ……。何もしていないと言っているのに、こんな所でハズレハズレ叫んで殺しかけやがって。綺麗にカットした。治療院に持ってきゃくっつくだろ。その前に訂正しろよ。人の事をハズレと呼んだこと!」
投擲は戦闘スキルの一つで、ギリギリハズレじゃない。何よりもここで何もすることなく、ヤラレっぱなしでハズレ認定されたら、この迷宮都市ではやっていけない。ったくあの残念美神め、なんでも迷宮攻略最優先か。こっちは大人しく料理に没頭したいってのに。
15歳の柔和で甘くて弱い新人冒険者?料理人は優しいだなんて思うなよ!それなりの修羅場を経験してんだよ。通算50歳以上で人生経験豊富なんだよ。キレ場所はわきまえてるんだ!
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