28.迷宮
辺りが真っ暗になり、一瞬だけ浮遊感を味う。
すぐに明るくなり周りを見渡す。やはり話に聞いていた通り1〜5層は完全に洞窟型迷宮のようだ。
ゴツゴツとした土壁だけで形成された階層は、試しに壁を掘ってみればぼろぼろと土塊が剥がれ落ちるが、掘り進めても何か発掘できるわけではないらしい。時間が経てば掘り進んだ場所も元に戻り、地図通りの姿に戻る不思議な空間となっている。
そして、等間隔に並ぶ洞窟を照らす灯りは、階層によって様々な形をしているそうで、この1層は松明型となっている。
不思議なことにこの灯りは、どの層も外す事は出来ず、魔道具型の灯りを採ろうとしたパーティはいくつもあったが、外す事は出来なかったという話だった。
試しに松明の棒の部分を掴み、上に持ち上げようとしてみたがピクリともしなかった。
「まぁ手に灯りを持つリスクを負わないでいいって、相当なメリットだよね。キハクは手に持つ事ができないし」
『そうです。主様。でも夜目が効くのでなくても大丈夫ですよ」
「あー。そうなの?スキル外の種族特性?』
『はい。夜になると目がキランって光ります』
足元でこちらを見上げながらドヤ顔のキハクがメチャクチャ可愛いんですけど。何この小動物。
「じゃあ。次パーティが来る前に先に進もうか。地図は3層迄はあるし、迷う事はないかな。どうせ宝箱とかは出ないし」
「まずは1回戦ってみようか。キハク?魔物の匂いってわかる?出来れば左の通路の先で」
僕の気配察知だと左右の通路の範囲内に魔物の他、誰の気配も感じない。
キハクが鼻をヒクつかせ、大気中の匂いを集めるように大きく鼻で空気を吸い込む。
地図ではスタートから左右に分かれ1層はほぼ左右対称の部屋の形をしている。2層に続いている階段は右の通路を進んだ先にある。そのため、あまり左に行くパーティはいない。
『主様〜。左の通路の先に臭いのいます!臭い魔物!』
少し嫌な顔をして、魔物の匂いを報告する。
どうやら僕の気配察知の範囲外に魔物がいるらしく、この階層で臭い魔物は1種類しか思い浮かばない。
ただそうすると凄いどうでもいい疑問が頭を過る……。
「キハク?キハクってどうやって産まれたの?親から?魔晶から?」
『?キハクはお母様から産まれましたよ?あっ迷宮の壁からうねうね〜って出てきたの見たことあるです!』
うねうね〜っか。やっぱり迷宮は必ずしも繁殖で増えるわけじゃないんだな。そうすると何でゴブリンは臭いんだろう。元々の体臭?外のゴブリンは碌に体も洗わないから臭いんだと思ってたけど、この辺りの階層のゴブリンは短期的に殲滅してるはずだから、長期間身体洗わないから臭いって訳じゃないはずだし。
「たぶん。臭いのゴブリンだね。あいつの腰布すげー臭いから気をつけるんだよ」
先に進むと2部屋目に、確かにゴブリンの気配がする。迷宮の通路は比較的広く、大人が3人位は並んで歩ける。
ただ、通路部分からは魔物は出てこないようで、新たな気配は感じない。
気配の感じるゴブリンも部屋の中で待機しているようで、何事もなく2個目の部屋の手前からその姿を確認できた。
《そうび》
意識下で固有スキルの《そうび》を発動する。
村人Aの様な見た目が一瞬にして中級の冒険者のような出で立ちに変化する。
装備2
頭
胴体 魔芋虫の肌着
武器 短剣
右手 チタニウム鋼の手甲 右
左手 チタニウム鋼の手甲 左
帯 腰帯
脚 チタニウム鋼の脚甲
足 布の靴
その他1 黒鋼のブレストプレート
その他2 石袋
グランファさんから貰い、フォルスさんからお披露目を控えるように言われていた装備も、人気のないここではしっかりと装備出来る。
同時に腰に差した包丁を構えその名を呼ぶ。
【血桜】
包丁の刃が瞬時にして伸び、刃紋を浮かべた断ち切り包丁へと変化する。合わせて変化していた鞘《包丁ケース》に差し、右手に腰の布袋より取り出した。大きめの石を構える。
「さすがに初戦から近接戦闘はないからね。キハクもゴブリンに隙が出来るようなら戦ってみてごらん」
キハクに簡単な指示をだし、石を構える。
リトルグレーウルフへと投擲したように、後ろを向いているゴブリンの後頭部に狙いを定め、クイックモーションで石を投げた。所謂野球のレーザービームのように真っ直ぐ勢い良く飛ぶその石は、手甲の補正も加わり以前よりも早い弾道でゴブリンを襲う。
同時に、低い体勢から消えるように飛び出すキハクに一切の足音もなく、ゴブリンはまったく気付くことは出来ない。
「グゲェッ!」
不意打ちの一撃を後頭部に与えられたゴブリンは、前方に大きく飛び倒れ伏した。
「ガァ」
「おぉ凄い。ぱっくりだ。」
倒れ込んだゴブリンの首は大きくはないが鋭く引き裂かれ、勢い良く血飛沫を飛ばしていた。
その傍らには、血飛沫を避けるようにキハクが立ち尻尾を大きく振ってこちらにアピールをしていた。
『ふふ〜ん。主様のお陰で簡単なお仕事でした〜』
「うんうん。良くできました。やっぱりあまり外のゴブリンと変わらないね。複数で行動していない分だけ楽かな。まぁ1匹目だし油断はせずに行こうね」
『はい』
うつ伏せに倒れているゴブリンを仰向けにし、今回使わなかった《血桜》を解体包丁である《玄亀》に変え胸を裂く。
迷宮内のゴブリン討伐数はタグとは別に貰った名刺サイズのカードに記載される。
確認すれば、ゴブリン 1 となっていた。
その為、態々討伐証明である耳を切る必要はなく、少額で売れる魔晶だけ回収する。勿論腰布は全く価値がないため放置だ。
「ゴブリン肉もさすがにまだ試す気になれないな……。」
魔晶を布袋に入れ、同時に《どうぐ》から革水筒を取り出し手を洗う。
この革水筒は魔道具屋に売っていた水筒の一つで、大きさは1Lタイプ。水筒のそこの部分に魔晶を入れると、ゴブリンのような最低ランクの魔晶で2L程の水を生み出せる。魔晶を切らさないようにするのがコツだ。
「さて、次は複数のゴブリンを相手にしたいな。キハク。複数の匂いを感じる所ある?」
『はい。この奥から3匹の臭い…ゴブリンの臭いがします』
今いる部屋は西と北に通路があり、キハクが感じた臭いは西の通路の先にある。この先は行き止まりの部屋だ。
「じゃあ行こうかキハク」
『はい。主様!』




