27.従魔登録
「はぅ〜 美味しいです〜。なんですかこれは!もっちりとしたパン?えっ?でもこんな柔らかいもっちりとしたパンなんて……。それにこのトメットのソースですか?ただのトメットを食べるよりも酸味の中に凄い甘みと複雑な味わいを感じます。それにこのフルティーな香りもトメットのソースからですよね。それが上の具と合わさってなんて芳潤な味わいと、この黒い粉のピリリとした刺激。はぁ〜」
リムがうっとりとした表情で、食レポ並みのコメントを続ける。トメットが、トマトの旨味成分《グルタミン酸》を含んでいるのは助かった。たしかに《料理》スキルで、トメットに触れるとトマトと表示されるが特性まで同じかは分からなかった。
まぁなんにせよ旨味がこちらでも旨味として通用することはわかった。そうなるといつかは、和食を作りたいよね。
ちなみに大好評のもっちり生地についてはいずれ語ろう。あの苦労はちょっとやそっとでは語れない。元種を手に入れる為のパン屋の親父とのあの戦いを……。
あっという間に食べ終わり、キハクを抱いて冒険者ギルドへと足を運ぶ。すぐにでも迷宮に入りたいところだけどどうしても必要な手続きがあるのだ。
ギルドに入ると、相変わらずの活気をみせていた。クエスト掲示板の前には既に人だかりが出来ているし、臨時のパーティ募集の声がけをしている人もいる。荷運び屋と呼ばれる荷物運び専門のサポーターもここぞとばかりに声をあげ、自分の能力と雇用条件をアピールしていた。
僕たちは、迷宮の浅い層にチャレンジする為、常時依頼のゴブリンや迷宮蝙蝠を倒すつもりでいる。常時依頼は申し込みが必要ないからあの人混みを掻き分け掲示板に突入するという事をしなくてもいい。
正直あそこには突っ込みたくない……。割と本気で。
3つある受付にはどこも長い列ができているため、手続きに必要な書類を書きながら列に並ぶ。もちろん我らが女神ミリネさんの列だ。
「はい。従魔の登録ですね。こちらで承っております」
キハクを抱いたまま、ミリネさんへ従魔の登録申し込み書を提出する。
「はい。お願いします。昨日市場で買い取りました。従魔の首輪も付けて既に登録済みです」
ここでいう登録とは、所有者登録のことで今後従魔として迷宮に連れて行くには、パーティ同様に従魔登録をしてからでないと迷宮に共に入ることができない。パーティとして入れば経験値も分配されるらしく、2人で強くなることができるため、絶対必要な手続きだ。
「たしかに所有者登録は完了していますね。えっと…。名前はキハクちゃん。ウルフ種…ですか?見た目はリトルグレーウルフかグレーパックウルフの幼体の様な気がするのですが」
この登録において故意に虚偽を書くことは出来ない。かと言って本当の種族も分からず白狼種とは書けない。迷った末に一番大きな枠のウルフ種と記載することにした。
「はい。ウルフ種でお願いします。この子は正規に取引された子じゃなく、傷ついたていたところを買い取ったので正式な種族がまだ分からないので」
「そうなんですね。見たところ今は傷もなく元気な様子で良かったですね」
にこりと微笑むミリネさんはやっぱり綺麗で、ついつい見惚れてしまう。
『主様〜 なんだか心臓ドキドキです。それと向こうから怪しい視線と、弱いですが殺気を感じます』
うん。知ってた。犯人もわかってる。さっきからキハクを危ない目で見つめて、ミリネさんに惚ける僕に軽い殺気を飛ばしてくるし……。
「大丈夫だよ。 あれは無視していいやつだよ」
とりあえずはキハクの頭を撫でて落ち着こう。絶対に見ないぞ。見ないったら見ないぞ。
「はい。登録完了です」
そんな事をしているうちに、登録は完了した様だ。
「これでキハクちゃんと一緒に迷宮へ入っても大丈夫です。でもちゃんと躾けて下さいね。従魔の責任は主人であるユウさんに掛かってきます。十分お気をつけて下さい」
「はい。分かりました。」
犯人の視線を感じながら、足早にギルドを出る。これでやっと迷宮に入れる。
「よろしくなキハク」
『はい主様』
迷宮入口のある広場へ向かい、改めてストーンヘンジのようなの結界を見上げる。
相変わらず迷宮の入り口は、ラノベのような天高くそびえる塔でもなく、遺跡のような歴史的建造物のような姿でもなく本当に小高い丘にポコっと開いた穴に、ぞろぞろと冒険者達が吸い込まれて行く。そして同時にたまにだが冒険者パーティが受付の兵士の後ろへ現れては、結界の外へと出て行っていた。
列に並んだ冒険者を見れば、中には同じような格好のいかにも初心者な冒険者もいるが、多くは5〜6人のパーティを組みマジックバッグを持っていないパーティはサポーターを雇い自分達の荷物負担を減らしているようだった。
このサポーターの役割は、採取物を運ぶ仕事がメインとなるが、様々な迷宮探索の知識を持ち食料はもとより、冒険に必要な寝具や調理器具などの運搬。マッパーとしての役割を持つ文字通りのサポート専任のメンバーで、優秀なサポーターはそれだけで一財産を稼ぎ豪邸に住んでいるという話も聞いた。
僕らは知識がないからサポーターを雇うのも手なんだよね。でも慎重に探さないと法外な雇用費を請求されるっていうし……。ん〜。
「まぁ相談してからかな。まずはキハクと2人で潜ってみて厳しくなったら考えようか」
足元のキハクをひと撫でし、迷宮の入口へと向かう。
結界の出入り口には、兵士が2人立っている。迷宮に挑戦する冒険者はここで魔道具にタグをかざし、迷宮の出入りを管理される。ただしこの結界は中から外へと魔物を出さないようにする事と勝手に人が迷宮に入らないようにするのが目的で、外から魔物が入る事を防ぐことはしない。色々性能をあげると維持が出来ないとミリネさんから聞いた。
姿を変えていたと言っても、キハクとその仲間が入れたのは、そういう事情があったからのようだ。
「次!」
受付の兵士に、首から下げた冒険者タグをかざす。もちろんG級から変わっていない。魔道具の色がグレーから青に変わり、それを兵士が確認する。
「よし。確認した。その格好じゃ5層以上は厳しいぞ。無理せず進むようにな。無駄に命を散らすなよ。」
「はい!」
意外に優しい兵士さんに見送られ、穴に向かって足を進める。
穴に足をかけた瞬間、周囲は闇に包まれた。