22.狼の仔
迷宮都市の中央部に位置し、ストーンサークルのように中央の盛り上がった丘を囲むようにそびえ立つ石造の建造物。
丘を囲む建造物には魔術言語が彫り込まれ、丘を結界で囲っている。
この結界は2つの役割を持っており、一つは資格者以外の侵入禁止、もう一つはモンスターウェーブ時の防壁を兼ねている。
基本的には、迷宮に人が潜って入れば迷宮から魔物が溢れ外の生物を襲い続けるモンスターウェーブは起きないとされているが、過去放置されていた迷宮と、故意に出入り口を塞いだ迷宮から魔物が溢れ近隣の都市が壊滅した事例もあり、結界が張られている。
迷宮の入り口は、遺跡のような建造物でもなく、塔のようなものでもなく本当に丘の中腹に洞窟の入口のような穴がぽっかりと、開いている。ただそれだけだ。
迷宮の周囲は広場のようになっており、それぞれの大通りで東西南北の地区に繋がっている。
そしてこの広場は、冒険者のために毎日遅くまで市が開いており、様々な物が取引されている。
「薬草に、明かりの魔道具、それと携帯食料か。やっぱり割高だな〜。ここまできて忘れ物を仕入れる感じなのかな?」
ここで何度か、食材を仕入れたが居住区の食材店に比べると珍しい物はあるけどかなり高いんだよね。ちなみにここでセロリとレモン、かぼちゃとして使える食材をゲットした。レモンはレモネね。この前コンソメスープに使った。セロリも使いたかったけど、ちょっとクセがあるし、もう少し調味料が揃ってからのお楽しみかな。
迷宮近くの開いた空間に人だかりが出来、人々の興奮した声が響き渡る。
「さぁさぁ賭けて行ってくれよ!迷宮探索前の運試しだ!今日のは難しい一戦だ!まずは5階層に出現するロックスパイダーだ。岩場に生息し、長く強靭な足で一気に加速。体躯は中型犬程だが、その瞬発力と大きな牙で獲物を捕らえる。高速のハンターだ!対するはこれだ!」
闘犬や闘牛ならぬ闘魔、モンスターバトルは、この迷宮都市でも人気の娯楽の一つとなっているが、この広場で行われているのは野良バトルと言われる非公式の対戦だ。その日までに仕入れた魔物を調教する事なく、餌を与えない状態で興奮させ、箱から解放し戦わせる。そして相手を死に至らしめた者が勝者となる。
「ギャンギャン!ウー!!!」
箱の中からずっと聞こえてくる鳴き声で、大体は予想していたが、目の前には完全に予想外の光景が映し出されていた。
「さぁこちらは13階層に生息するグレーパックウルフだ!名前の通り常に群れで行動する魔物として有名だが、こいつらは実は1匹1匹でも十分強い。ソロ同士なら中堅なりたての奴が油断すれば、逆にやられる事だってありえちまう!それじゃあ賭けにならねぇ!そこで今回はグレーパックウルフの子供が相手だ!さぁどうだ!」
威勢良く、対戦相手を紹介する男の前に出されたのは、小型犬程の小さな子狼だった。必死で甲高い声をあげ威嚇し、まるで自らの恐怖を払いのけるように吠え続ける子狼。
ただ、その見開き威嚇する眼は赤くなかった。
「誰も気づかないのか?このおかしな状態に……」
魔物の眼が赤くない。それは動物もしくは、高位の魔物だ。迷宮には動物種の狼はいない。この子が迷宮から連れてこられたってことは間違いなくこの状況はおかしいはずなのに。
白狼(幼体)
あー。そうかそうですか。《しらべる》の熟練度不足を久し振りに感じた。
でもこれで分かった。この子は僕の《しらべる》を弾くほど高位の種族だ。
試合前の盛り上がりはピークを迎え、皆蜘蛛対子狼の行方を見守っている。白狼の子が無事生き残るよう願掛けに上限の銀貨10枚を賭ける。
ガタンと両者のゲージの扉が開いた瞬間、お互いゲージから飛び出し広くなったスペースにおどり出る。
元来身を隠しての待ち伏せ型であるロックスパイダーは、身を隠す場所もなく元々存在が明らかになっている状態では、あえて前に出て一瞬の隙を狙う戦略に切り替えたようだ。
相手は自分より格上の白狼。だがその個体は、幼く弱っている。
好機!
白狼がふらついた瞬間。その隙を見逃さずに、ロックスパイダーが一気に差を詰める。大きさはロックスパイダーに分がある今回の戦いは、かろうじて白狼が横に交わしたが長い足の1本を避けきれず、地面に転がる。
ふらつきながらも体制を整え、唸り声をあげる子狼に再度狙いを定め、牙をその胴体に食い込ませるべく口を開ける。
勝負が決まったと誰もが思った瞬間。子狼の体勢を低くし、突き出した前脚がロックスパイダーの腹の下に潜り込む形となる。子狼も必死にそのまま前脚を突き上げ、胴体と腹の部分の付け根を切り離す。
「よしっ!」
勝負が決まった瞬間、多くの見学者より落胆の声が聞こえ、興味を無くしたかのようにこの場を離れていく。
この場に残ったのは、配当を受け取る権利のある勝者。1人1人報酬を受け取り、列から離れていく。最後尾に並び様子を伺いながら順番を待つ。どうやら白狼の子は衰弱のしきっており、ロックスパイダーを食すこともできそうにない。
そもそも、幼体である白狼の子はロックスパイダーなんて食べるのか?
「おら。受けとんな」
無愛想な男から銀貨40枚入った小袋を受け取る。ちなみにオッズ的には、ロックスパイダーが勝っていれば2倍、相打ちならば6倍の配当で、少し子狼の部が悪いと見られていた。
元締めだと思われる無愛想な男は、金を計算し片付けを始める。こちらに一切興味もないのか、全く視線を向けず只々銅貨を纏め、銀貨の数を数えている。
「すみません。そのグレーパックウルフの子。譲って貰えないですか?」
男はこちらを良いカモだと思ったのだろう。金を数えていたその手は止まり、初めてこちらに顔を向ける。
「坊主あんなのが欲しいのか?でもなぁありゃ今回の勝者だ。だからまだまだ稼ぐ予定なんだよ。残念ながら譲れねぇな」
白々しい。そもそもどう見ても始末しようとしてるじゃないか。
すでにロックスパイダーの死体は乱雑に麻袋に投げ入れられ、部下の男の一人がそれと同じ麻袋に入れようとしていた。
元締めが今にも袋に放り投げそうな手下に目配せし、元の箱に押し込める。
「そうですか…」
さぁどちらが、交渉が上手か勝負しようか。
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