19.桜の花弁
ギルドの新人講習を受けた昼過ぎ、まだ日は高く宿での食事までの数時間を、町の外に出ようと東門迄やってきた。
ここから少し行ったところにある岩場で今日も色々試す事がある。街中じゃ誰に見られるかわからない為、下手に能力を使った検証は出来ないし、みんな大体は迷宮に潜って都市の外には出ないから人目にもつかない。検証には最高の場所だ。
「さて。今日は……」
ここ何日か毎日ここへ来ては、検証を行なっている。
「血桜」
《どうぐ》から取り出した。和包丁を新たな形態に変化させる。10番目の変化形態 血桜【断ち斬り包丁】だ。
明日から迷宮に入る為に、ここ何日か自分の相棒である包丁の事、そしてスキルについて考察をしていた。
血桜と呼ばれた包丁は、刃渡り78cm反りは少なく鍔のない持ち手が任侠映画のドスのように木で出来ているが、紛れもなく日本刀だ。
この和包丁は元々はそれぞれの用途に応じて包丁を使い分ける10本セットの包丁である。
この世界にきた時に神からの加護がかかっていると言われ、取り出したのは1本の包丁だった。そして牛肉を切りたい。野菜を切りたいと思う事で次々に変化したが、10個目の形態変化だけは出来なかった。
村を出て冒険者になり、始めて教官相手に本物のロングソードで模擬戦をした日。僕はズタボロにされた。それはもう冒険者をやめろと言われる程に。自分のスキルでは武器に補正は全くかからず、ショートソードにしてもメイスにしても、手斧にしても同じだった。僕に残った戦う術は投擲だけだった。
このままじゃ深く迷宮を潜れない。そう包丁を握りしめ涙した日、包丁から真っ赤な桜の花弁が散るように1枚落ちた。
血桜【断ち斬り包丁】
生まれた刃は薄っすらと濡れたような刀身に、美しく波打つ刃紋が本物の刀を見たこともない僕の心を捕らえて離さなかった。
ーーー綺麗だ
その薄っすらと光る刀身を岩場の蔭で上段から下段へと振り下ろす。この刀は刀であると同時に包丁である。どうすれば肉が断ち切れるか、どうすれば骨までも断ち切れるのか、解体時に感じた“扱い”が自然と刀を振らせる。
「よし」
一通りスキルに体を任せる形で刀を振るい、息を整える。
そろそろこの辺りにはゴブリンが戻ってくる。
刀を振るう場所を探している時に、丁度いい岩場を見つけここに来たが、その時街とは逆方向の森の方角から、森うさぎを手にしたゴブリンが3体来るのが分かった。
どうやらここを寝床にしているらしく、それから数日同じような時間に戻ってきていた。
迷宮に潜る際、必ず通ることとなる殺生の経験。僕は、ここでゴブリンを見つけた日から、仕上げとしてのゴブリン討伐を決めていた。
気配察知が近付くゴブリンの存在を教えてくれる。いつもの様に1体のゴブリンの手には、森うさぎが掴まれている。毎回何かしらの獲物が獲れるのは、意外に優秀なのではなかろうか?そんな疑問もあり、無理せずにまずは拳大の石を右手に掴んだ。
岩場に無防備で近づいてきた3体のゴブリンの、先頭の1体の頭を目掛け思いっきり投擲する。
オーバースロー気味に投げられたその石は〈ゴウッ〉という鈍い音を立て、先頭のゴブリンの額の中心を正確に捉えた。そのまま絶命したゴブリンを尻目に、すぐさま2体目に投石し、その石は大袈裟に避けるゴブリンの左肩を砕いた。
「ギャー!!」
瞬間的に2体が戦闘不能になった事で、残ったゴブリンは大きな声で叫び、掴んだ森ウサギをこちらに投げつけ、腰にぶら下げた錆びたショートソードを振りかざした。先程の油断しきった顔とは違い、怒りの表情で距離を詰めてきた。
「うん。掴んだうさぎを攻撃の手段にするなんて、驚いたよ。ゴブリンは頭が悪いって聞いていたけど、戦闘思考能力は高いのかもしれないね」
【血桜】
怒りの形相で迫るゴブリンのダッシュに対し、少なからず恐怖を感じつつ大きく息を吐きだし、包丁を血桜に変化させる。
「ごめんよ。調理以外で君を使うよ」
血桜の峰の部分をひと撫でし、平静を保つ為に敢えてとても痛々しい言葉をキミに送ろう。
「これよりキミを“料理する“」
言葉とともに、カチリと何かが噛み合う。他でもない僕の持つ料理のスキルが発動している感覚。
食べ物の調理という意味の“料理”だけではない。物事をうまく処理するための行動に対する意味に対しての発動条件。
我武者羅に向かって来るゴブリンを、半歩斜めに踏み出す事でかわし、首に向け水平に刀の刃を滑らせる。
不思議なことに、解体時に感じたスキルの感覚がゴブリンのどの部分に刃を当てれば切れるのかを教えてくれる。僕はその通りに持っている刀を振るった。
「うっ……」
首から上と胴体で二つになったゴブリンを見て、吐き気が襲う。初めて自らの意思で生き物を斬り殺した事実。そして分かれた首の断面はあまりにもリアルで、あまりにもグロテスクだった。
向かってきた1体の首を刈り、肩を砕かれ悶え苦しむゴブリンの止めを刺す。
その瞬間気の抜けたその身体に猛烈な吐気を催し、その場で幾度となく吐き出し、何度も唾を飲み込む。
「はぁ〜。はぁ〜。最後だ。これで最後。吐くのはこれで最後だ。生き物の解体なんてしょっちゅう見てたじゃないか。食材以外だからってこんな事に一々気分を悪くしていたらこの世界では生きられないんだ。慣れるしかない。慣れるんだ」
この世界に生まれてからも幾度となく、生き物の解体も退治されたゴブリンも見てきた。ただそれはなんとなく他人事であり、投擲で倒したゴブリン同様に、少し離れた感覚で見ていた。だから平気だった。
心を落ち着かせ、右手の血桜を顔の正面に掲げる。
「玄亀」
血桜が瞬間的に【錦】に戻り、更に形態を変える。その姿は刃渡り14cm程、刃元の幅は3cmで刃先は鋭く、小さい刃物にしては厚い刃で出来ているために、握って解体する際に力が刃に伝わりやすく、非常に切れ味が鋭い。
そして皮、肉、骨等を解体する為、刃も丈夫な作りをしている為多少無茶な解体も出来る。
解体の負担や効率を考え抜いた結果生まれた包丁【解体包丁】
これが第3の包丁 玄亀【解体包丁】の姿だ。
依頼に従い、右耳を切り取り《どうぐ》にしまう。そして胸を切り裂き心臓付近から魔晶を取り出す。
右耳3つ、小さな赤ん坊の小指程の魔晶が3つ、森ウサギ1匹
失ったものオヤツに食べたゴロ揚げ…。
これが僕の初めてのソロでのゴブリン討伐の成果だった。
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