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アルトロモンド 魔女と願いの扉  作者: 虹江とんぼ
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第一章 5

 ゼレベント発着場から荒野に走る国道を抜けると、半時ほどで農場地帯に入る。

 放し飼いにされた家畜の一団による妨害を受けながら、のんびりと目的地である旧王都ノズリを目指した。

「ランドール共和国は一六年前に国土が拡張され、首都機能が移転したらしいです。元々あった国土は痩せた土地ばかりで、作物を大量に生産することが難しく、鉱山開発や漁業に頼り、一次産品の輸出で生計を立てていたらしいですニャ」

 と、道中の暇を持て余したケメットは、どこからか出した『ランドール共和国の歩き方』なるパンフレットを読んで聞かせてくれている。

「何でそんなのあるの」と言う質問を彼女の大きな耳は受け付けない。

「山などを開発するに連れて自然環境が悪化し、土地は荒廃。極度の環境汚染に悩まされてきた歴史を持ちます。そこでラーハン大統領は一発逆転の賭に出ました。それは、ハザール半島の九割を占め、豊かな地下資源に恵まれた隣国、ハザール王国に対する宣戦布告でしたのニャ! スローガンは『独裁国家をぶっ飛ばせ』、だったそうです」

 ルイズが柳眉を歪める。

「前時代的な政治判断だと思います。近代国家とは思えませんね。乱暴ですよ」

「うちの国は年がら年中戦争してるけど?」

「よそはよそ、うちはうちです!」

 ンンッ――とケメットは横やりを咎めてくる。

「この乾坤一擲の判断には、とある密約が隠されていたのですニャ。それはアルビオンが戦争の資金援助をする代わりに、地下資源取引で便宜を図る、というものでした!」

「なんか悪い事したみたいで申し訳ないわね。あたしじゃないけど」

「そうです。悪いのは官僚と政治家です! 私たちは所詮、一個の鉛玉に過ぎません!」

 実際ルイズの言うとおりではあるのだが、ハザール人が聞けば助走をつけて殴りかかってくるだろう。そういう責任転嫁の能力だけは参謀本部向きだと思うが、後で貴族の『高貴なる者に伴う義務(ノブレス・オブリージユ)』について語り合うとしよう。

「そんなこんなでハザール王国は二〇〇〇年の歴史に幕を閉じ、ランドール共和国による民主主義の啓蒙を受けたのでしたニャ。ちなみに、ランドールのラーハン大統領は大統領歴三〇年の大ベテランで、侵略戦争の成功を機に、並み居る政敵を粛正しまくって全権を掌握したそうです。今の口癖は『民主主義なぞクソ喰らえ』ですニャ」

 ずいぶんすっ飛ばされたが、ミイラ取りがミイラになる面白い小咄だった。

 というか、パンフレットに何でそんな事が書かれているの。

 そもそも、その密約は公の情報だったの?

 謎が謎を呼ぶケメットのパンフレットは、彼女の懐に封印されてしまう。

 事によっては、出版社と編集者を問い詰めなければならない気がする。

「見えてきましたよ」と運転手の言葉に顔を上げれば、丘を超えた先に、丸い形をした町が広がっていた。

 

 ハザール半島の西海岸。元ハザール王国の王都ノズリは、ランドール共和国の第二都市、旧王都ノズリとして生まれ変わり繁栄していた。

 環状をした面白い都心部から、放射状に区画が増え続け、北の居住区と南の工業地帯に分かれて今なお発展の最中にある。円形都市を分断する大河のジャコブ川周辺には港が開かれ、今も多くの船が行き来する貿易の要となっている。

 他に目につく物と言えば、ノズリ北西に聳えるハザール王家の宮殿だろうか。

 真っ白な城壁が陽の光に照り輝く様から、『光の宮殿』と呼ばれる文化遺産となっており、今ではランドール議会もそこで開かれているようだ。

 そして他には、少し離れた東側の区画にあるスラム街らしき一帯だろう。どうやらそこが、ヤラコバの言うハザール自治区という見られたくない場所らしい。

 上から見ると面白い町並みだったが、踏み込んでしまうとわからない。

 見るべき物は別段なく、車窓から広がる光景は、馬のケツとやたら多い交差点、そして人と人と人と人と……。上から町を見下ろした時の景観を意識するあまりか、区画が異常に多く、交通規制をした方が良いと思う。

「大使館は旧都と呼ばれる場所にあるんです。ノズリの中心は丸い形をしていたでしょう? そこに行政や金融機関が集中しています。まあタウンハウスに囲まれて、ごった煮状態なんですけどね。昔の城下町なので、建物の再利用が多いですし、道路も前王朝のままの石畳だし、バザーなんかも常設されているものでいつも渋滞なんです。車は少ないですけど、馬車が多くって。すこし到着が遅れます」

 そう愚痴っぽくこぼしたのは運転席に座る大使館員の青年だ。

「妖精が見あたりませんニャ。ドワーフもホビットもゴブリンもケットシーも……」

「それはそうよ。フェアリランドと国交のある国はアルビオンだけだからね。妖精の大半はアルビオンに移住してくるわ。居なくは無いだろうけど、ずっと少ないでしょ」

 ケメットとルイズの二人は興味津々で外国の風景を眺め、母国アルビオンとの違いについてずっと語り合っていた。

 自分だけのけ者にされて寂しさを覚え、手慰みに床に押し込められているホロホロン鳥を抱き上げた。ちなみに残りの四羽は邪魔くさかった船内に残してきた。この一羽に関しては、ケメットが自分のトランクに押し込んで、強引に連れてきたのだ。

 ホロホロホロホロホロ……

 鶏のように甲高い鳴き声ではないが、こいつには静かな喧しさがある。例えるなら、眠れぬ夜の時計の音だろうか。自分の苛立ちを感じ取ったのか、ホロホロン鳥は緊張した面持ち(?)で小刻みに震え、殆ど胴体に埋まる顔を逸らした。

 その時だった――すぐそこのバザールが開かれている広場で喧噪が広がった。

 穏やかな賑やかさではなく、怒声を孕んだ声が聞こえてきたのだ。

「何かあったのかしら。ちょっと止めて」

「そもそも動いてませんニャ」

 揚げ足を取るな、とケメットの顔にホロホロン鳥を投げつけて外に出た。

 多くの出店が並ぶ広場で騒ぎあったようだが、人だかりが出来て背伸びをしてもよく見えない。注意して聴いてみると、何やら物騒な怒号が聞こえてくるではないか。

「このクソガキ、やりやがったな! 憲兵に突きだしてやる!」

「おい、こいつハザール人だぞ!」

「また巣穴から出てきやがったのか! 薄汚え手でうちの商品にさわりやがって!」

「どおりで酷い臭いだと思った。クソはクソらしく、肥だめにもどりやがれ!」

 状況を鑑みるに、盗みを働いた少年が大人達に囲まれ、罵声を浴びせられながら暴行を受けているようだ。それにしても大の大人達がよってたかって子供に手を上げている。周囲の人々もそれを止める所か、老若男女がそれを眺め、中には囃し立てる者もまでいた。

 この私刑とも言える容赦のない制裁に思わず渋面が広がってしまう。

 そこへ、人垣を掻き分けて小さな影が飛び込んできた――赤い髪をした女の子だった。

「止めて! 止めてよ! ここまでする必要なんて無いでしょ!」

 少女が大人達の間に割り込んで、少年を庇ったのである。

「なんだお前、盗みを働いたのはこのハザール人のクソガキだぞ!」

「その制服、聖イシュバル修道学校の生徒だな。良いところのお嬢ちゃんだろ。ハザール人なんかと連んで、どんな教育を受けたんだ。ここで縁を切れ。このガキは収容所送りだ」

「何よ、たかがリンゴ一つじゃない! そんなのわたしが代わりに払うわ!」

「ダメだね。ここで許したところで、明日は他所で盗みを働くんだ。だいたいハザール人は生来の犯罪者なんだよ。この町の九割の犯罪は連中のせいだ。盗人の血なんて、根こそぎ刈り取っちまえばいいのさ!」

「ハザールの人達が皆犯罪者ですって? 仕方ないじゃない! この町の人達は誰も彼らを受け入れてくれない。真っ当に働こうとしても、だれも雇ってくれない。そのくせハザールの人達がこの町で自立しようとしても、でっち上げた犯罪で収容所送りにするんだ! 土地だって自由にさせて貰えないのよ? この町だってハザールの人達の物だったのにッ、全部取り上げて自治区に押し込んだのは自分たちじゃない! 他にどうやって……生きる為に――どうしたらいいって言うのよッ!」

「つまり、ラーハン大統領の政策が気に入らないっていうんだな、お嬢ちゃんは。それならしょうがない――再教育をしてやる必要がある。おい、お前ら!」

 先ほどから店主と共に声を荒げていた男の一人が背後に目配せをした。すると労働者風の男たちがぞろぞろと現われる。どうも一般人とは思えない。活動家か何かのようで、彼らの目は据わっていた。少女はそのただならぬ気配を感じ取ったのか、顔に青アザを作って倒れ伏す少年に覆い被さり――男の一人が少女の髪を掴んだ。

 車の窓を開いてルイズが首を伸ばしてきた。

「大佐! 車の屋根が凹んでますから降りて下さい! あと、くれぐれも騒ぎを起こさないようにしてくださいね。ちゃんとした立場で入国してるんです。絶対禁止ですよ!」

 ダメだ! 絶対ダメ! 絶対だからな! と再三に渡って警告してくるルイズの言う事は、もちろん良くわかっているつもりだ。

 ところがどっこい――今の大佐は暇で暇でしょうがないんだ。


「うりゃあ――ッ!」

 ハッとして顔を上げると、スーツを着た女が体を宙に投げ出し、両足で男を蹴り飛ばしていた。男はそのまま吹っ飛び、顔面に靴の痕を作って昏倒してしまう。

「な、なんだてめぇは!」

 突然の乱入者に男達は明らかに狼狽していたが、敵意を剥き出しにして取り囲もうとする。スーツの女は悠然と立ち上がり、肩に掛かった金色の髪を背中に払う。

「なんだてめえはって? 淑女に対する口の利き方がなっちゃいないわね。あたしは見てのとおり、通りすがりの魔術師だ」

 直後に彼女の影が沸き立つように揺れ、視界が一瞬ブレるような錯覚を受けると、目の前に牛よりも大きな灰色狼の姿があった。それを見た野次馬たちは悲鳴を上げてバザールから逃げ出し、彼女を取り囲もうとしていた男達は腰を抜かしていた。

 その光景に唖然として目が点になっていると、わたしの前に彼女の背中が立ち塞がる。

 後ろに回された手が「早く行け」と言っていた――ような気がした。

「今のあたしは暇つぶしを見つけて機嫌が良いの。ハティを嗾けたりはしないから安心しなさい。お代もあたしが払ってあげる。その代わり、ちょっと遊んでいきなさいよ。こんな美人が誘ってるんだ、嬉しいでしょ?」

 この人が誰なのかはわからないけれど助けてくれるんだ。

「ゴメンよ、カレン。おれ……」

「良いから、早く行こう。憲兵が来ちゃうわ」

 ネイトに肩を貸して立たせると、急いで広場から逃げ出した。

 後ろではスーツの女が男達に殴りかり乱闘が始まっている。

 どこかで見た覚えがあるけれど、滅茶苦茶やってるあの人はいったい何なの。

 混乱に拍車がかかる一方、口元が緩んでいくのを感じた。嬉しかったんだ。

 あの人はランドール人じゃない。

 こんな風に自分に味方してくれるランドール人なんてこれまで一人もいなかったもの。

 学校の友達も、ハザール人に対する考えは大人達と変らない。みんな小さな頃から親にそういう偏見を植え付けられて育ってきたからだ。日曜学校の牧師様や修道女の人達も、公に自分の意見に賛成してはくれない。いつも曖昧に微笑んで、視線を落とすだけだ。

 当然、家に帰っても――あの父親ぶった醜い男には訊くだけ無駄だとわかっている。

 お母さんの樹は味方だけれど、声を上げてはくれない。

 だからあの人が、自分の考えを認めてくれたような気がして嬉しかった。

 逃げる途中、どこかの国の軍服を着た半獣人が野次馬に声を張り上げ、「張った張った! さっさと賭けるのニャ! 悪漢共と頭のイカレタ女のバーリトゥードマッチだニャ!」同じ軍服を着た眼鏡の女が「ああ……結局こうなるんだ……」と項垂れていた。

 そして間も無く、憲兵達が広場に集まってきてその騒ぎは収った。


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