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デスマッチ  作者:
7/18

◇7

「ちょっと話、聞かせてくれないかい?」


 男の言われるがままについて行くと、古びれた喫茶店に案内された。床は軋み、今にも崩れそうな建物だったが、入った瞬間にしたコーヒーの香りが、恭平を落ち着かせた。

 白い口ひげを生やしたダンディーな店長が、男を見るとにっこりと微笑んだ。

「やぁ、いらっしゃい」

 低音で、いい声をしている。

「僕の行き着け。穴場なんだよね、ここは」

 男は恭平に笑いかけると、ゆっくりと席に着いた。

「座ったら?」

 そう言われた恭平も、恐る恐る席に着く。警戒心が、表情に出ていた。

「コーヒー、平気?」

「…はい」

 本当は苦いのはこの世で一番苦手だが、断る余裕すらなかった。

「ここのコーヒーは格別だよ。他は飲めなくなる」

 男がどれだけ笑っても、恭平は表情を変えることができない。

「…警戒されても当然だよね。しかも、突然こんなところに連れてきちゃって…君、よく僕について来たね」

 自分でも分からない。でも、あそこで断っていたら、何か起きていたに違いないと、自分の中で思ったのは確かだ。

「自己紹介が遅れたね、僕は浪岡烈なみおか れつ。君は?」

「…小倉、恭平です」

 恭平君か…と、浪岡は呟く。

「矢藤御楓さんとは、同級生かな?」

「はい。そちらは?」

 すぐに質問を返したのは、沈黙になりたくなかったからだ。

「僕…僕は…何て言ったらいいのかな…」

 浪岡が迷っていると、コーヒーが運ばれてきた。

「お、いい香り」微笑む浪岡。

 話しを逸らされては困ると思った恭平は、コーヒーには目もくれず、じっと浪岡を見つめる。

「あぁ…楓さんとの関係だったね…えっと…しいて言うなら…」

 コーヒーカップを置く、浪岡。

「師弟関係ってところかな」

 師弟関係?

「僕、楓さんにあることを教えていた、師匠なんだよ」

「もしかして、退治屋?!」

 身を乗り出す。

「あ…はは…君、そのこと知っているの?」

 恭平の勢いに、浪岡は思わず言葉を詰まらせる。

「あ…いや、そんなに詳しくは知らないんですが、俺、矢藤御さんに助けられたんで」

「そうか…楓さんにね…じゃ、死神使いについても知っているのかな?」

 頷く。

「なら、話が早いね。その通りだよ。僕が楓さんに、退治屋としての技術を教えたんだ」

 今度は、さっきよりも深く頷く。

「じゃ、矢藤御さんと一緒に退治屋として働いていたんですね」

「そうだね…でも、ほんの数ヶ月の話しだよ。彼女はすぐに僕の元を離れて、独り立ちしちゃったからね」

 何でですか。と聞こうとしたが、浪岡にコーヒーを勧められて、質問を忘れてしまった。

「美味しいでしょ?」

「はい」

 確かに、上手い。苦さの中に、かすかに甘みも混じっている。

「楓さん、元気?」

「はい…と言っても、俺、彼女と出会ってからまだ数日程度なんで、よく分からないんすけど」

 恭平が苦笑いした。

「そう、元気ならいんだ。全然、連絡が取れない状態だったからさ」

 浪岡は薄らと笑った。

「じゃ、引き止めて悪かったね。ここは僕が払うから、ゆっくりして行って」

 伝票を持った浪岡が、立ち上がる。

「え、それだけですか?!会ったりしなくていいんですか?」

 恭平の声に、足を止める。

「…いんだ。彼女が元気なら、それでいんだ」

 会計を済ませた浪岡が、外へ出る。その間ずっと、恭平は彼から目を逸らすことができなかった。

 彼が、雨の中に消えていくまで…。





 浪岡が外に出ると、それまでシトシトと降っていた雨が、急に強まった。傘を持っていない人たちは走り出し、どんどん彼を追い抜いていく。肩がぶつかっても、お構いなしだ。

 浪岡は、雨が好きだ。だから彼は、あえて走らず、雨音に耳を傾けながらゆっくりと歩く。身体に雨を冷たさが伝わるほど、何だか落ち着けるのだ。

「傘も差さずに、どちらへお出かけ?」

 背後からした声に、浪岡は微笑んだ。

「ちょっと散歩してたんだ。もしかして迎えに来てくれた?來亜…」

 そこに立っていたのは、ピンクの水玉模様の傘を差した來亜だった。

「まさか。あたし、人のことなんか考えないもん。遊んでたら、れっちゃんが見えたから追いかけただけ」

「何だ、期待しちゃったじゃん」

 残念でしたぁ!と、來亜が舌を出す。

「遊んでたって、誰と?近所の子ども?」

「ちょっと!そこら辺のガキと一緒にしないでよね!姿はこんなでも、あたし一人前のレディーなんだから!!」

「これは失礼」

 浪岡が、深々と頭を下げた。

「死神たちと、魂探し☆五六人いたよぉ!美味しそうな魂持っている人間が」

 不敵に笑う來亜。

「それは良かったね。僕も大収穫」

「何々?」

 無邪気に浪岡に近づく來亜は、やっぱり子どもだ。

「楓さんの居場所が、分かりそうだよ」

 それを聞いた瞬間、ふて腐れる姿も、やっぱり子どもだ。

「何だ、そんなこと?楓なら、ついこの間戦ったわよ」

 浪岡の目つきが変わる。

「そ、そんな怒らないでよ!だってこのこと話したら、れっちゃん絶対、楓のことで頭いっぱいになるじゃん!それが嫌だったの!!」

 涙目になる。

「…怒らないよ」浪岡は、優しく來亜の頭を撫でた。

「ごめんなさい」

 やっぱり、子どもだ。

「でも來亜、今度また楓さんと戦うことがあったら、僕に連絡して」

「…ん」

 しぶしぶ頷く。

「それから、殺しちゃ駄目だよ」

「…ん」

 それにも、しぶしぶ頷く。



「楓さんを殺すのは、この僕だから…」

   

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