◇5
レンガ造りの家に、何だかわけの分からない植物のつるが、すがるように張り巡らされている。その不気味な雰囲気に、通り過ぎるのも躊躇してしまう。特に恭平は、小さい頃からお化け屋敷が大の苦手だったりする。
願わくば、視線を逸らして早足でこの場を去りたいものだ。
「小倉と申します…あの、矢藤御さんと同じクラスなんですが…」
けれど、ここで素通りすれば、あの冷たい視線で殺されかねない。
「どちら様ぁ?」
開いたドアから顔を出したのは、どう見ても男性の顔をしているが、化粧ばっちりの人間だ。
「あ、は、初めまして…俺、その…矢藤御さんのクラスメイトで…小倉と…」
最後まで言う前に、恭平は腕を思い切り引っ張られ、部屋に引き込まれた。
こ、殺される?!
「どうぞどうぞ!上がって頂戴なぁ!!狭い家で申し訳ないけどぉ!!」
どこが。吹き抜けの広い家だ。
「嬉しいわぁ!!楓ちゃんのお友達がこの家に来てくれるなんてぇ!!それも、男の子!」
男女は、恭平の身体に思い切り抱きつく。その力強さに、脳に酸素が送られなくなった。
「あ…あの…離して…」
「スミレさん」
階段の上から聞こえた声が、救いの声に聞こえた。
「あら、楓ちゃん!お友達よ!」
やっと解放された。
スミレさんと呼ばれたその人は、恭平の頬に熱いキスをすると、鼻歌を歌いながらキッチンに消えていった。
鳥肌もんだ。
「いらっしゃい」
「ど…どうも」
それにしても、改めて見るとやっぱり広い家だ。もっとも、シャンデリアがある家なんか、初めて見た。
「どうかされましたか?」
「どうかって…ちゃんと説明してもらうために来たんだろう!勝手に帰ろうとするから、後つけるので必死だったんだ!!」
「まぁ!ストーカー君なの?!」
キッチンからスミレが顔を出す。
「違います!!」
思わず怒鳴ってしまった。
「説明って?退治屋については、一通り説明したと思うけど…」
落ち着いている楓は、平然とソファーに腰掛ける。
「じゃ、俺、三十万なんて払えません!そんな金ねぇし!!」
「はぁ?」
恭平のその言葉を聞いた瞬間、楓の目つきがガラリと変わった。
「払えない?何をほざいたことを…貴方」
壁に恭平を追い詰めた楓が、低い声で言う。
「それが通ると思ってるの?これはビジネス。どうやってでも、払ってもらいます」
こ、殺される。
「まぁ!いくら日が暮れたからって楓ちゃん!!そういうことは、私のいないところでやってちょうだい!!」
キッチンから出てきたスミレが、持っていた紅茶を床に落とした。
「そんなことがねぇ…でも楓ちゃん、高校生に三十万は無理じゃない?」
「これでも譲歩したつもりです。金額を変えるつもりはないわ」
スミレも、呆れ顔で楓を見る。
「ごめんなさいねぇ…楓ちゃんって、本当に頑固なの」
こういうことに頑固になるなんて、たちが悪いとしか言いようが無い。
「こういう仕事って、いつからやってるの?」
これを仕事と言うのか定かではないが…。
「中三」
中三で、あんな変な連中と戦ってるのかと思うと、目の前にいる彼女を同い年と思うことはできなかった。
「でも仲良くしてあげてちょうだいね。私本当に嬉しいんだから、楓ちゃんにお友達ができて」
お友達というか、取立てやと哀れな高校生という関係だ。
「仲良くできるかは、彼がちゃんと支払いをしてくれるかどうかにかかってるの、スミレさん」
助けてくれ…。
「親にでも頼んでくださる?息子が死ぬかもしれなかったなんて聞いたら、それくらい払ってくださるでしょ?」
「それは、無理」
真剣な顔をした恭平に、楓も冷たい目を変える。
「俺、両親いないから」
静寂する。
「どっちも死んだ。俺が小六ん時…今は、親戚の家に居候の身」
鼻で笑う恭平が付け加える。
「親戚っつっても、赤の他人みたいな連中だけど」
あんな連中と、血のつながりがあるだなんて思ったことはない。両親の残した財産を使うだけ使って、自分は邪魔者扱い。
あんな家、高校を卒業したら即出て行くつもりだ。
「そうだ!!」
突然、体格のいいスミレが勢いよく立ち上がる。
紅茶が零れてしまった。
「じゃ、こうしたら?うちで働いてもらうの!!それと…楓ちゃんのお仕事の手伝いとかも!!」
「はぁ?!」楓と恭平が、ハモる。
「うちでは、主に私の手伝いとかしてもらってぇ…住み込みでも構わないわよ!ねぇ?楓ちゃん。部屋なんか腐るほど余ってるんだから」
スミレがにっこりと微笑む。
「…私の仕事の手伝いって言われても」
この家に、住み込みで働く。その言葉が、恭平の頭にこだまする。
それはつまり…
あの家を出られるということか?
「そ、それ!!それ、ダメっすか!!」
恭平も立ち上がった。
「え?」
「俺、何でもします!!払えないんだから、働きます!!」
突如敬語を使う恭平を、横目で見る楓。
「ね!決まり!!いいでしょ?!」
「…スミレさん…」
ため息交じりの楓をよそに、恭平は笑顔で言った。
「よろしく、お願いします!!!」