◇3
「死神使いです」
來亜という少女はそう言うと、右手の指を鳴らした。その瞬間、恭平が周りを見る間もなく、それは起きた。
黒い無数の影が、じわりじわりと彼の周りを取り囲む。その影たちは、ゆっくりと恭平の足に絡みつき、徐々に上に上っていく。
「な…何だよ!これ!!」
そう叫ぶのがやっとだった。
冷たい影は、どんどん彼を取り込んでいく。
「死神ってね、人間が好きなの。特に、若い男は栄養価が高い」
その目つきは、もはや少女ではない。
悪魔だ。
「安心して。死なんてみんな通る道。それが人より遅いか速いかの違いよ☆」
笑顔でなんてことを言うんだ。
「俺は、死ぬのか?」
「イエス☆」
無邪気に笑う來亜。
けれど、このありえない状況において、恭平の脳は冷静さを取り戻す。我慢ばかりの人生、この先も楽しいことなんてないに等しいだろう。赤の他人のような親戚、何となく付き合っている友達、担任、誰も自分が死んだって悲しまない。
だったら、いっそのこと死んだ方がましだろう?
恭平の中で、誰かがそう言った。
それに、同意する自分がいる。そうだよ、やり残したことなんて何一つない。やりたいことだって、ない。
こんな人生、早めに切り上げてしまった方が楽…。
本当に?
本当にそれでいいのか?
恭平の脳裏に浮かんだのは、菜緒子だ。
菜緒子ちゃん…そうだ、唯一やり残したことがあるとするなら、せめて一度くらい、恥じも外聞も捨てて、彼女に好きだって言いたかった。
うん、それももうできない…。
「七の札、解除を命ずる」
意識が遠のいていく中で、恭平の耳にはっきりと聞こえた声。
その声に、我に返った。
「現れたわね…おせっかい女!」
來亜の眉間に皺が寄る。
「君は…」
矢藤御さん…。
「彼にはまだやりたいことがあるみたいだから、悪いけど貴方の餌にはさせないわ」
「あんたって本当、いい時に現れるわよねぇ。正義のヒーロー気取り?」
かすれる恭平の視界には、巨大な鎌を持った楓がはっきりと映った。
「まぢムカつく。いい加減、あの世に還りなさいよね!」
來亜の手にも刀のように、先が鋭く尖った武器が姿を現す。
「何とでも言いなさいよ。彼が死にたくないって思ったから来ただけよ」
恭平の身体から、黒い影が消えていく。
よく見ると、楓が持っていた鎌が黒影を刺している。
「恭平君、死にたくない?」
その涼しげな目。この状況でも変わらず。
「死にたく…ないです!」
それを聞いた楓が、微笑んだ。
「高いわよ?」
え?
聞き返す間もなく、恭平の前に風が巻き起こる。
鎌を持った楓は地面を蹴り、悠々と座っていた來亜の前まで飛ぶ。
「ちっ!!」
後ろに飛び退く來亜。そのあまりの速さに、目で追うことさえできない。
「デスマッチは久々です。でもその前に、答えてくれます?死神使いは、あと何人下界にいます?」
來亜は笑った。
「さぁ?何人でしょうか?!当ててごらいなさいよ!!」持っていた凶器を、楓目がけて投げる。
反応が一瞬遅れていたら、串刺しだ。
「答えてくれないのなら、言わせるまでです」
楓が鎌を振り上げる。
「七の札、電光石火っ」
投げた札目がけて鎌を振り落とすと、物凄い光りの閃光が來亜を襲う。
「クソッ!」
閃光が來亜を身体に巻きつく。
「さぁ、吐きなさい」
その痛みは、來亜の叫び声を聞けば分かる。
恭平は、思わず目を背けた。
「わた…しは…あんたが苦しむ姿を…見るまで…絶対に…死なないわ!!!」
空が光る。
世界が、終わったと思った。
「気がつかれましたか?」
視界に飛び込んできたのは、楓だ。
「わ!!」
驚くのも無理はない。人間かどうかも怪しい彼女を前にして、冷静にいられるわけがない。
「ち、近寄るな!!」
「新鮮な反応ですね」
笑顔を絶やさない楓。
動揺する恭平。
「けど、支払いはちゃんとしていただかないと」
「…し、支払い?」
恭平の手の中に楓が入れた紙切れ。
退治料金、三十万。
「へ?」
「死ぬかもしれなかったんです。安いもんでしょ?」
この人もまた、笑顔でなんてことを…。
「…っていうか!君何者?!さっきのは、何なの?」
「死神退治屋です」