◇2
「あなた、近いうちに死ぬわ」
へぇ…俺って近いうちに死ぬんだ…。
「ってえぇ?!!!何情報それ!」
恭平の声が、教室中に響く。
「おい小倉、外出るか?授業の邪魔すんな」
数学の鮫島が、殺気を帯びた目で恭平を睨みつける。
「す、すみません」
鮫島の舌打ちが聞こえた。教師のくせに舌打ちする方が、どうかと思う。
恭平にとって、数学で必要なのはたち算引き算、掛け算割り算。つまり、小学生にしてそれを取得した彼にとって、この授業は無意味以外のなにものでもない。この時間をいかに有効に使うか、毎回考えているだけだ。
「何、もしかして矢藤御さんって…占いとかやってる人?」
その容姿を見ると、そう言われても不思議ではない。
「いいえ」
黒板を見つめたまま、楓は静かに否定する。
「じゃ…ブラックジョーク?最近の流行?」
「そうじゃなくて…」
動かしていたシャーペンを、机に立てる。それからゆっくりと指を離すと、彼女のシャーペンは恭平の方へ倒れた。
「…は?」
思わず言ってしまった言葉。
「このシャーペンが倒れる方には、必ずいるの」
楓の鋭い視線が、恭平を見つめる。
「死神」
小さい頃から、恭平の人生は我慢の連続だった。
弟が熱を出したから、遊園地は延期。
お兄ちゃんだから、あまったおやつはいつも弟に譲る。
母親に迎えに来てほしかったピアノ教室も、弟のスイミングの方に行ってしまい、雨の中一人で家に帰った。
見て欲しかった運動会、仕事人間の父親は一度も来てくれなかった。
それでも、恭平は文句一つ言わない。争いごとや喧嘩を、無意識に避けているのだ。自分さえ何も言わなければ、この人生は何となく平和に過ぎていく。そう信じていた。
それなのに…
小六の秋、両親と弟が乗った車が事故に遭った。
平和な人生が、がらりと変わった。
「死神って、どういうこと?!何?悪い冗談ならやめてよ!俺、そういうホラー的話し弱いんだから!!」
休み時間になって、恭平の不安が爆発した。
「ねぇ、どういうこと!!」
「どういうことと言われても、そういうこととしか言いようがなくて」
平然とした表情のままの楓が、憎たらしくなってくる。
「だから、何なの?!」
「死神が憑くのはそう珍しいことじゃありません。それに神が決めたことだから、運命に逆らおうと思わず、受け入れれば楽になります」
どんなセラピーだ!
「意味わかんね。頭おかしいんじゃねぇの?!」
不思議だ。今の今まで胸をときめかせていたのに、そんなことを言われてからは恐ろしいとしか思えない。
「あの、次の化学ってどの教室に行けばいいんですか?」
「知らねぇ。死神とやらに聞いてみれば?」
何でも聞いてね。と言っておきながら、勝手な人間だと思った。
化学の授業をサボったのは、楓と向かい合って座りたくなかったからだ。
編入してきて半日も過ぎていないのに、喧嘩したカップルかよ。屋上にいる烏たちに、そう笑われている気がした。
ただ、本当に向き合いたくなかったんだ。何だかあの神秘的な目に見られると、自分の弱さや汚い部分全てを、見透かされているように思えてきて、恐ろしくなる。
何でも知ってますよ。
彼女がそう言っているように思えて仕方なかった。
「あぁ…不気味な女」
「私もそう思うわぁ!!」
呟いた独り言に返事が返ってきたので、恭介は飛び起きた。
「あの女の不気味さって言ったら、もう悪魔たちが尻尾巻いて逃げるくらいよ」
現れたのは、小学生くらいの少女だ。長い金色の髪の毛を、二本の三つ編みにしている。
それにしても、どこから現れたのだ?
「だからこそ…あの女が苦しむ顔が見てみたってもの…」
薄らと笑みを浮かべた少女の口元から、吸血鬼のような鋭い歯が光った。
「君…誰?」
目を点にしたままの恭平が、やっと喋った。
「初めまして。私、來亜と申します」
跪いた少女がにっこりと恭平を見上げた。
「死神使いです」