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足の震えが止まらない。凪津にとって、こんな戦場は初めてだ。今までの戦いは、江利意の後を追いながら、江利意の素早い戦闘を見て憧れているだけだった。
なのに、この状況…。
「本当、つまらないなぁ…もっと面白くしてよ、江利意殿!」
まるで玩具のように扱われ、殴り飛ばされている江利意。
面白がっている晒之。
何もできない凪津。
「凪…津…」
「え、江利意!!」
倒れそうな江利意を支える手さえも、震えが止まらずにいた。
「僕の戦いはどうだい?お嬢ちゃん」
自分の存在なんて、晒之の眼中にも入れていない。
「凪津、俺を置いて逃げろ。お前じゃ、歯が立たない」
そんなことは分かっている。退治屋の中でも上位クラスの力を持っている江利意が、こんなにもぼろぼろになっているのだ。自分なんか、この男にとってみれば子ども同然。戦う価値もないだろう。
「江利意、どうしたんだい?いつものお前だったら、こんな攻撃じゃ倒れないだろう?どうした?年か?」
高笑いする晒之を、睨みつける凪津。
「江利意、応援を呼ぶから!」
凪津が投げた小さな玉は、夜空で小さく爆発した。
退治屋の必需品、救弾だ。
「応援?そんなもの必要ないさ。彼等が到着するころには、江利意とお嬢ちゃんは…」
晒之が手を広げる。
「死んでるんだから」
稲光が、二人に襲い掛かる。
地面が割れた。
「凪津、俺を棄てて逃げろ!」
「嫌!」
凪津が飛び上がるのが一瞬でも遅かったら、今頃丸焦げだ。
「これは命令だ!俺を棄てろ!」
「嫌だっ!!」
駄目だ。また、涙が溢れてきた。
「江利意、初めて貴方の命令に背く!!」
江利意の顔に、彼女の大粒の涙が降ってくる。
「私は、江利意を棄てない。だって…」
だって…
「江利意は、何があっても私を棄てなかったじゃない!」
今度は私の番だ。
今まで、どんなことがあっても護ってもらっていた、今度は私の番。
私が、江利意を護る。
「おやおや?エネルギーが変わったねぇ、お嬢ちゃん」
晒之の目に映る凪津の目に、涙はもうない。
「応援が来るまで、江利意には指一本触れさせない…いや…」
さぁ、力を解放しよう凪津。
「私がお前を倒す!!」
泣き虫は、もうやめだ。
江利意翠。退治屋本部に彼が入って来た時、彼が放つエネルギーに、誰もが目つきを変えた。
こいつは、強い。
彼は立っているだけで、周りに自分の強さを知らしめたのだ。凪津にとって彼の登場は、自分の世界を一変させた。
「どうか、どうか私を、部下にしてください」
弱虫で、笑い者の凪津が、本気で頭を下げたのは、後にも先にもこの時だけ。
彼について行けば、何かが変わる。そう思った。
「俺は部下などいらない。ついて来たいのなら、勝手にしろ」
とても冷たい言葉だった。けれど、来るなとは言わなかったことが、凪津にとって救いだった。
江利意はとてつもなく強い。死神使いを倒した数も、群を抜いて多い。ただしその冷徹さも、本部一。彼の戦いは、華麗さまでも感じさせた。そんな彼について行くだけで、凪津は息が上がってしまった。
近づきたい。一歩でも、一センチでも、一ミリでも、彼に近づきたい。
いつしかそれが凪津の目標になり、生きる糧になっていった。