◆−1
暗い闇が続く廊下。
なんて懐かしいんだろう。
ここに来た頃、この廊下を馬鹿みたいに走り回っていた。終わり無き道、そんな風にさえ思ったが、何だかここが好きだった。
必ず、あの人が迎えにきてくれるから。
「気分はどうですか?楓」
浪岡烈。彼は昔から、全然変わっていない。
「とてもいいです。ここに来た頃を思い出す」
「それはよかった」
浪岡は、優しく楓を抱きしめる。
「戻ってきてくれて嬉しいよ、楓」
この人は、いつもそうだった。いつだって自分を抱きしめて、受け止めてくれる。自分の闇に一番最初に気づき、自分の闇さえも受け入れてくれた。
私を、一番理解してくれる人。
彼がいるなら、他に何もいらなかった。
「どうか、しましたか?」
他に何もいらない。今でもそう思っている…。だから、みんなを裏切ってここへ戻ってきた。
なのに、何故だろう。
脳裏にちらつく、奴の顔。
小倉恭平。
「楓?」
「いえ、何でもありません」
動揺するな。平然を保つなんて、容易いこと。
人間を憎んでいた。すれ違う人を全て嫌い、自分を蔑む人を睨みつけた。何故、自分だけはこんな目に遭うのだろう。何故あいつらは、あんなに幸せそうに笑っていられるのだろう。
嫌いだ。
死んでしまえ。
私は、あの時から心に闇を抱えていた。そしてその闇は心を侵食していき、いつの間にか、鏡に映る自分の表情さえも変えていった。
けれど、こんな自分に気づいてくれる人間なんていない。みんな自分のことばかり、自分さえ幸せであれば、それでいい。そして、自分が幸せであると実感するには、自分より不幸な人間が必要なのだ。
私は、その不幸な人間の役目だった。
ふざけやがって。
「お久しぶり。出戻り娘さん」
闇から姿を現したのは、真っ白なマントに身を包んだ男だった。
「氷李。随分、大きくなりましたね」
「身長だけじゃない。力だって、とっくに君を抜かした」
確かに、彼が放つエネルギーの強さは、昔とは比べ物にならない。
「私がいない間に、随分、天狗にもなってますね」
鼻で笑う矢藤御に、氷李は目つきを変えた。
「相変わらず、ムカつく女だね。來亜がすぐに頭に血が上っちゃうのが分かるよ」
そう言って笑う氷李も、殺気を抑えきれていない。
「まぁ、僕は君を歓迎するよ。だから、いいこと教えてあげる」
「いいこと?」
氷李が、矢藤御の耳元で囁く。
「僕の玩具が言ってたんだけど、何でも矢藤御楓を取り戻そうと頑張っている愚か者がいるらしいよ…」
取り戻す…。
「なんて言ったかなぁ…あぁっと…恭介?いや、恭二郎?なんだっけなぁ」
恭平…。
「まぁ愚か者だよねぇ。わざわざ裏切り者を助けようとしてるなんてさぁ…まぢ、笑える」
恭平。
あの馬鹿者。
何故、こちらの世界に来た。
恭平…。
頼む、忘れてくれ。
私は悪魔。いい者じゃないんだ。