◇13
「死ぬ」
そう言われて、圧倒的な強さを見せられて、今にも死にそうな笹目を前にして…
自分に何ができる?
何もできないんだ。
「ん?どうした?恐ろしくて、息の仕方も忘れたか?」
平然としている民。彼が言うように、恭平は呼吸困難な状態に陥っていた。
「お前さんには何もせんよ」
民が座る。
「こうしているだけで、お前さんも死ぬからのう…」
「う…くぅ…」倒れ込む恭平。
「理解したか?毒多美から放出される毒煙。常人が気づくのは不可能じゃ」
笹目…
恭平…
互いに目を合わせても、何もできない二人。
無力だ。
「残念じゃのう…もうちと、楽しませてくれる若人だと思ったのに」
死ぬんだ。こうして、何もできないまま。
助けるだって?
自分は、なんて愚かなことを口にしていたんだろう…。助けるもなにも、今ここで死にそうだ。
矢藤御さん…俺は…
ここで死ぬんだ。
力が欲しいか、小僧。
誰だ?
お前の中にある力は、未知数。再び問う…小僧。
何だよ。
力が欲しいか?
あぁ、欲しいよ!!
「ん?」
民の長い髭が、風に吹かれた。
「きょ、恭平…」
苦しみの中、笹目の目に映ったのは、立ち上がった恭平。
「俺の、力…」
そうだ、恭平。お前の力だ。笹目によって目覚め、天使によって審判され、そして…
神によって定められた。
お前の力だ。
解放せよ。
頭に思い浮かぶ言葉はそのまま口にすればいい。
「…俺の力、八の札!!」
恭平がそう叫んだ瞬間、部屋の中に竜巻のような物凄い風が吹き荒れだした。
恭平の手に現れたのは、長刀だ。
「八の札…じゃと…」民の額から、初めて汗が流れた。
「俺は、笹目と一緒に…矢藤御さんを助けに行かなくちゃいけないんだ!!」
ここで、立ち止まってる暇も、死んでる暇もない!
目の前に現れた札に、長刀を振り下ろした。
「森羅万象!!」
吹き荒れる風が、笹目に巻きついた蔓を風化させ、部屋の空気を浄化させる。民の目に映るのは、光りに包まれた恭平だ。
「な、なんと…」
「貴方は、俺たちを殺すと言った。だったら、俺も貴方を殺す。目には目を…」
「歯には歯をか?小僧!」
民が初めて、着物の懐から武器を取り出した。
扇子。
「まさか、お前のような餓鬼にこれを使うとはなぁ…」
扇子が開くと、恭平の風に対して別の風がぶつかり合う。
「その歳で八の札を解禁できるとは、末恐ろしい。未来が楽しみではあるが、不安要素でもある。わしが見定めてやろう!」
民が吹き起こした風は、まるで生きているように彼が振る扇子の通りに動く。
「五の札。風竜!」
捕らえられたら、相当ヤバい。
「逃げてみろ。そんな余裕があればのう…」
逃げる。そうだ、自分は逃げてばっかだった。どうにもできない環境から、背を向けて、逃げるしかなかった。
今も、恐くて逃げ出したい。
でも、変わらなければ。
先へは進めない。
「逃げる余裕はない。でも、立ち向かう勇気ならある!」
向かってる風に、恭平が長刀を振り落とした。
「唸れ、壱飛車!!」
風を切り、闇を引き裂き、そして光りを…。
「おはようさん」
朝日の眩しさに起こされると、そこには包帯で身体をぐるぐる巻きにされた笹目が笑っていた。
「おはよう…だ、大丈夫?」
「平気や。あのじいさん、まぢで殺す気やったみたいやけど…」
二人して苦笑した。
「これ、笹目が巻いてくれたの?」
腕に巻かれた包帯を見せると、笹目は首を振る。
「いや、俺やない。多分、民じいや。これも…」
あの恐そうな老人に、介抱されたと思うと…失礼ではあるが、ゾッとする。
「俺ら生きとる」
「うん」
朝日が眩しい。今日は雲一つない、快晴の空だ。
「恭平、もっと強なろな。はよ強なって、矢藤御を取り戻す」
「うん」
二人の胸に刻まれた覚悟は、揺るがないであろう。
二人でいる限り。
「おーおー、青春しとるのう」
何の気配もさせず、二人の背後に民が現れる。
「ひゃあ!!」
怪我人にはよくない。
「飯にするぞ。今日からお前等はわしの孫じゃ。たっぷり修業してやるからのう」
鳥肌もんだ。
「よ、よろしくお願いします!!」
それでも、二人は進む。
目的がある限り。
一部完