◇12
「あります」
即答できた。正直不安だったんだ、あんな連中たちと一緒に、果たして自分が肩を並べて戦えるのかと…。
でも、即答できた。
できたよ、矢藤御さん。
「あんな苦い空気の中に入れてもうて、悪かったな」
笹目が、ばつの悪そうな顔をする。
「どうってことない。俺、ああいう空気には慣れてるから」
慣れているって言うのも、何だかおかしな話だ。
「随分、苦労して育ったんやな」
その言葉に、ただ黙って頷く恭平。笹目も、それ以上は聞かなかった。
「じゃ、行くで!」
「え?どこに?!」
「決まっとるやないか!」
頭をど突かれた。
「恭平の力を、開花させるんや!」
“永久部屋”=ここに入る者は、心を無にし、全てを受け入れるべし。
「ここは…」
「まぁ、修業部屋ってとこや」
笹目に背中を押され、半ば無理矢理部屋に押し込まれる。
「おぉ!ちびっ子共、やって来たなぁ」
広い畳の部屋に座っていたのは、百歳はゆうに超えてそうな、よぼよぼの老人だった。髭が長すぎて、畳についてしまっている。
「岸本から話しは聞いておる。そこに座れ」
言われるがままに、二人は正座する。
「さぁて…何から始めようかのう…そうだ、自己紹介じゃな。そっちの坊主、名前は?」
「お、小倉恭平です」
間髪入れず答えた。
「そうか…わしは民。ここにいる中では最年長じゃ」
言われなくても分かる。
「民じい、こいつの力を開花させてやって!」
「黙ってろ、笹目の坊主。お前に発言権はやっとらん」
口を閉ざす笹目。
民の目つきが変わった。
「次はルール説明といこう…ルールは至って簡単じゃ。戦闘中以外、わしが指を指した時以外の発言は厳禁。それと…」
この部屋の空気の冷たさに、背筋が凍りついた。
「ここでの修業には、命を賭けること…」
言葉を失った。
冗談だと思えなかったのは、民の目つきの鋭さを見てしまったからだ。
「さて、修業を始めよう。これもルールは簡単じゃよ」
ニッコリと微笑む民。
「わしに殺されんことじゃ」
何時間、経っただろう…。
そして、いつまで続くのだろう…。
それから…
一体自分は、いつまでこうして立っていられるのだろう…。
「ぐわぁ!!」
血まみれで倒れる笹目。もはや、立ち上がっているのが奇跡だ。
「笹目の坊主、ちとは成長しとるのう…わしゃ、嬉しい限りじゃ」
「ど…どう…も…」
笑顔が引きつっている。
彼がこんなにぼろぼろなのに、民はどうだ?
傷一つなければ、汗一滴かいていない。
「だ、大丈夫、笹目!」
「心配いらん…お前は、見とけ。まずは俺からや」
「でも…」
無力な自分が、こんなにも情けないとは思わなかった。
「民じいの身体に傷をつけられて、初めて…一人前の退治屋として認められるんや」
滴り落ちる血にも臆することなく、彼の目は鋭さを失わない。
楓と同じ瞳だ。
「行くで、じじぃ!!」
再び民の元に飛び込む笹目。それはあまりにも無防備で、気性が荒い。けれども、彼の気迫に圧倒される自分がいた。
「まだまだ…」
しかし、民は笹目の身体を、まるで蠅を手で払うかのように片手で飛ばした。
「気性が荒いことはいいことじゃ。じゃが、戦場ではそれが命取り。笹目…そなたにはここが足りん」
民が、人差し指で頭を指す。
ここに入る者は
心を無にして
全てを受け入れるべし
「舐めんな…俺かて、考えとらんわけやない…」
笹目が薄らと笑う。
「何…?!」
民の頭上から、無数の針が降ってきた。それは余りにも突然で、恭平には何が起こったのか理解できなかった。
「俺の考え出した技…百十の札、針千雨や!」
あんな針が降ってきたら、ひとたまりも無いだろう。
傷の一つや二つ…。
「面白い技やのう…。さすが、柔軟性を帯びておる」
やっぱり、無傷だった。何かに守られていたかのように、服の乱れすらない。
恭平が、腰を抜かした。
「さて、反撃といこう。技を出してくれたんだ、わしも見せないといけんのう…」
地面が揺れだす。いや、これは軋んでいるのだろうか…。民から流れ出す力に、この部屋が耐え切れていない。
「四の札…毒多美、解禁っ」
畳の間間から出てきたのは、無数の蔓。蔓は笹目を捉え、彼の身体を軽々と持ち上げた。
「わぁ!!」
「苦しいか?どうにかして脱してみろぉ…早くせんと…」
民がにんまりと微笑んだ。
「死ぬ」