◇11
「起きろ!」
目を開けた瞬間、笹目の眠たそうな顔が飛び込んできた。
「うわぁ!」
飛び上がった恭平の顔面と笹目の顔面が、正面衝突する。
「…いったぁ」
二人とも、再び倒れこんだ。
「す、すみません」
「ええよ。それから、敬語も使わんといて。俺とあんたは運命共同体やから」
「運命共同体?」
恭平の目が点になる。
「そうや。あんたの身体には俺が与えた力が流れこんどる。どや?身体、軽ないか?」
そう言われると、今まで朝起きたときの身体のだるい感じがなくなっている。
恭平が頷いた。
「せやろ?あんたの通常エネルギーに俺からの力がプラスされたからな、しいて言うなら…レベルアップしたってとこか?」
笹目が笑ったから、恭平もつられて笑った。
「ま、そういうわけやから。よろしくな、兄弟!」
差し出された手。
一瞬、心臓が飛び上がった。
「ん!」
笹目が握手を催促する。
「よ、よろしく」
目を見れなかったのは、恥ずかしさと、嬉しさのせいだった。
「飯にするぞ!」
笹目もだろうか、少しだけ顔を赤らめていた。
広い屋敷は、笹目の後をついていけないと迷子になりそうだった。それを分かっているのかいないのか、笹目はどんどん前へ進む。恭平は、息さえ上がっていた。
「ここや、食堂」
笹目の背中に顔を突っ込む恭平。
「へ?」
恭平が言葉を発する暇さえ与えず、笹目は扉を開いた。
飛び込んできたのは、灰色の学生服を着た集団だ。
「何だ、笹目か…」
眼鏡をかけた、いかにも優等生の姿をした男がため息交じりに言葉を発する。
「何や、文句あるか?江利意」
「いや。うるさい奴が来たと思っただけだ」
笹目も恭平も、彼を睨みつけた。
「隣の可愛い男子は、どなた?」
奥に座っていた女性が恭平を見つめる。そのナイスボディーに、鼻血が出そうになる恭平。
「おぉ、紹介するわ。小倉恭平。今日から俺と一緒に動く退治屋や」
周りがざわめきだす。
「もしかして、矢藤御と一緒にいたっていう男か?」
眼鏡男も、恭平を見つめる。
「せや。楓を一緒に奪還しに行くんや」
笹目がそう言った瞬間、食堂にいた全員が腹を抱えて笑い出した。
恭平は、何が起こったのか理解できなかった。
「まぁだそんなこと言ってるの?笹目の坊やは…」
ナイスボディーが嘲笑う。
「な、何がおかしいんや!仲間救うのは当然やろ!!」
「分かってないなぁ!」
ほんの、一瞬だった。
恭平が一瞬瞬きした瞬間に、目の前に座っていたはずの眼鏡男が、二人の背後に移動していた。
息を呑んだ。
「反逆者を救うなんて、言語道断だ。そんなつまらねぇことしてねぇで、その蟻んこみてぇな力を少しでも磨け。餓鬼が…」
動けなかった。眼鏡男から流れ出すエネルギーに、二人は完全に飲み込まれていた。
「やめないか。江利意」
食堂の奥から、また一人、姿を現した。
「き、岸本!」
笹目の表情が、救われた、と言うように笑顔になる。
「お帰りなさい笹目。それから…」
恭平を見つめるその男の目の色の深さを見て、動揺していた心臓がゆっくりと落ち着きを取り戻すのが分かった。
「いらっしゃい、小倉恭平君」
岸本英瞬。笹目の師匠らしい。天然パーマの短い髪は、目の色と一緒の深緑に染まっていて、変な色だと突っ込まれそうだが、やけにその色が似合っていた。
「そう固くなることはない。…と言っても、無理かな?」
その通り。何故だろう、ただこうして向き合って座っているだけなのに、岸本から漂うオーラが、恭平の緊張を高めていた。
「岸本、こいつちゃんと力を取得したで!まだ、どないな力かは分かんけど…」
「それは良かった。気分はどうだい?」
「は…問題、ありません」
言葉が、詰まりそうになった。
「楽しみだねぇ皆。我々の新しい力だよ…歓迎しようじゃないか」
食堂にいる皆に、そう喜びながら言う岸本。けれど、誰一人として自分を歓迎してはいないと、恭平は一瞬で理解する。
こういう空気には、もう慣れた。
「果たして彼が戦力になるのですか?」眼鏡男。
「あたしも同じだねぇ…可愛いけど、か弱そうでもある」ナイスボディー。
「使えない人間はいらない。ここに必要なのは、今すぐにでも戦力になる人間…」一番でかい大男も、恭平を横目で睨みつける。
「戦力になるんや!天使も言うとったや!恭平は、死神使いにとって脅威になるて!」
「あいつは大雑把だからなぁ」
髭面の痩せ男が、煙草の煙と一緒に呟く。
「皆さん…本人がいる前で言いたい放題ですが、皆さんはそれほどまでに強いのですか?」
岸本の言葉が、食堂の空気を変える。
「部下の無礼を許してくれ、恭平君」
「いえ…」
認められてない存在なのは分かる。恭平自身も、そんなに自分が凄い人間だとは思っていない。
「説明が大分遅れてしまったが、ここが死神退治屋本部“新命宿”だ」
「新…命宿…」
「退治屋たちはここを本部とし、ここから発信される情報を元に戦うんだ。矢藤御さんも、ここに所属していた」
していた…過去形?
「辞めたんや。って言うより、突然いなくなってしもうた」
笹目の目が、冷たくなる。
「彼女はここを出て行って、独断で退治を始めた。故に、それを快く思っていない連中は、彼女を反逆者と呼んでるんだよ」
恭平の視界に入る連中全員が、そう呼んでいるのだろう。
「恭平君…君に問う」
岸本のオーラが、恭平の身体にビリビリと電気を走らせる。
「君は本当に、矢藤御さんを救いに行くかい?」