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デスマッチ  作者:
10/18

◇10

 スミレさんが朝から機嫌が悪い原因は、自分だ。分かっているからこそ、恭平は何も言えずにいた。

 言葉が見つからない状態で食べる朝ごはんは、とても不味く、食べても食べても満腹感は得られない。

「あの、スミレさん…」

「恭平君」 

 同時だった。

「な、何ですか?」

 即引いたのは、恭平だ。

「恭平君、楓ちゃんがね、あの仕事をし出した理由は…死神たちに、家族を殺されたんですって」

 重たい空気が漂い出す。

「楓ちゃん言ってたわ、だから絶対に死神が支配する世界なんて作らせないって。自分のように深い哀しみを味わう人間を、作っちゃいけないってね」

 薄らと笑うスミレさん。

「あんなに華奢な身体で、年齢だってまだまだ子ども…なのに、背負ってるものは膨大なもの…あたしはね、楓ちゃんを見るたんびに心が痛いの。ねぇ、恭平君」

「はい」

「後戻りできないのよ?」

 真剣なその眼差しに、身震いがした。

「それを分かってる?」

「スミレさん…」声が震えた。

「死神使いは厄介な連中。一度楯突けば、永遠に貴方の命を狙ってくるわ。楓ちゃんがそうなように…」

 永遠に自分の命を狙われる運命。それがどれ程過酷なものなのか、想像すらできない。

「でも、矢藤御さんは取り戻さないと」

 震えていたが、力強さを感じる声だった。

「スミレさん、俺は…雑草みたいな人間だったんだ。いつもそこにいるのに、誰にも気づいてもらえない。家族にも、友達にも、必要とされてない…」

 存在意義を見出せない日々だった。

「だから、嬉しいんですよ。俺みたいな人間でも、一緒に何かをしてくれって言われるの」

 笑えた。

 ぎこちなさはあったかもしれないが、ちゃんと笑顔で言えた。

「俺、絶対、矢藤御さんを救ってきます」

「恭平君」

「って言っても、まだ何も分からない状態のくせに言い切っちゃったんだけど…」

 苦笑いの恭平。

「…ありがとう」

 スミレさんの目に、涙が溜まっていた。



「おう!ビビってこんかと思った」

 小さい公園のベンチに座っていると、笹目が背後から飛びついてきた。

「どっから来たんですか!」

「お?飛んできたで!何せ、時間がないからな。おい、ちょっとこっち来て」

 笹目は恭平の腕をぐいっと引っ張ると、公園のど真ん中に彼を立たせた。

「何ですか?」

「そこに立っててな」

 そう言うと、笹目は手を合わせて何かを唱えだす。

「さ、笹目さん?」

「俺の目に狂いが無ければ、お前はここで目覚める」

 恭平の周りを、風が囲む。あまりの突風に、目を伏せる。

 声が出ない。

 息も、できない。

「神が与えしこの力、小倉恭平に分け与えることを…」

 笹目の目が、赤みを増す。

「ここに契約する」

 風は立ち上り、恭平の姿は完全に見えなくなった。


 目の前が、真っ暗になる。

 息苦しさの中で、恭平は無意識に助けを求め、手を伸ばす。その手を、誰かが握り返した。

「覚悟があるか、審議しに参った」

 薄らと明けた目に映ったのは、髪の長い女性だ。

「貴方は…」掠れた声を出す恭平。

「私は、そなたの心に住む闇。闇に勝てれば、そなたに死神を罰する権利を与えよう」

 死神を、罰する権利。

 恭平の頭に、激痛が走る。

「ぐわぁ!!!」

「闇を見つめる覚悟が、そなたにあるか?」

 激痛の中で、恭平の頭の中に色んな声がなだれ込んでくる。


 あんたなんて、いらない。

 弟はできがいいのに、どうして兄は?

 産まなきゃよかった。

 いたの? 

 迷惑なんだよ。

 お荷物が増えちゃったわ。

 早く出て行ってくれないかしら…。


 みんな、自分が嫌いなんだ。

 誰も愛してなんてくれない。

 世界中で、たった一人…。


「孤独、それがこの世で一番恐ろしい、闇」

 女の言葉に、恭平は呼吸の仕方を忘れた。

 苦しい。

 恐ろしい。


 恭平君…


 スミレさん?


 恭平君…


 スミレさんの声。


 ありがとう…


 スミレさんの声だ。

「ありがとう」一番、もらいたかった言葉。

 ここで、諦めるわけにはいかないんだ。


「俺は、矢藤御さんを救わなきゃいけない!!」

 叫び声に、女の表情が変わった。

「末恐ろしい人間だ。憎しみを、希望で消した…」

 恭平の意識が飛ぶ。


 風が止んだ。



「どやった?」

 意識を失った恭平を抱きかかえた女を見た笹目は、不安そうな目を向ける。

「安心しなさい。彼に、死神を罰する権利を与えた」

「…じゃ、力を?」

「えぇ」

 女はゆっくりと恭平を地面に置く。

「けれど、どんな力なのかは私にも分からない。全ては神が決めること…私は、神が力を与えるまでの審判する天使にすぎない」

「あぁ。ありがとうな」

「少年は、死神使いにとって天敵となるでしょう」

「え?」

 女は薄らと笑みを浮かべた。

「憎しみに溺れるのは簡単です。けれど、彼は憎しみに逆らい希望を見出した…末恐ろしい」

 そう言うと女は姿を消した。


「やっぱり、岸本の言っとった通りや…」

 笹目が、小さな声で呟いた瞬間、空から雨が降ってきた。       

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