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小倉恭平の最近の悩みと言えば、校内一人気のある早坂菜緒子さんに告白しようかしまいか。
菜緒子はモデル体系にプラスし、誰にでも親切な優しい心の持ち主。完璧な女子を絵に描くとすれば、菜緒子の姿だろう。一緒の委員会になったのを皮切りに、彼女と話す機会が俄然増えたのは、これはもう神様が「おい、恭平、この勢いで告白しちまいな」と自分に命を下したのであろう。と、彼は勝手に思っているのだが…
実際はそう簡単にはいかない。
ライバルが多すぎるのだ。
校内一人気のある間山幸助は、去年の後夜祭で菜緒子とベストカップルに選ばれた兵。どうやら付き合ってはいないようだが、噂は耐えない。それから、校内一秀才の兼山孝とも噂があった。菜緒子がタイプの男子生徒を聞かれた時、口に出したのが彼の名前だとか何とか…。それからスポーツ万能の霧島圭吾に、生徒会長の榛原幹夫。とにかく、身長も学力も体力も精神力も平凡過ぎる恭平が、勝てる相手ではなかった。
それでも、菜緒子が優しくしてくれるのは嬉しい。
「小倉くん、今日も委員会頑張ろうね」
そう笑顔で言ってくれた日には、その日一日は彼の周りに花が咲くこと間違いなし。
委員会なんてサボって、俺と一緒に二人だけの楽園に行かないか?!
なんて、しょうもない妄想ばかりしている。
6月11日は生憎の雨だった。梅雨の時期は、恭平にとって生き地獄。何せ、天然パーマの髪型が、武道館ライブで騒ぐ観客のように跳ねまくるのだから。
いっそのこと雨に濡れて、萎びたわかめのようになっていてくれた方が、ずっとましだ。
「席に着けぇ」
蒸し暑い教室に、むさ苦しい担任が入ってくる。
「今日は編入生を紹介するぞ」
むさ苦しい担任は、滴り落ちる汗を拭きながら黒板に名前を書き出す。
前の席になった生徒は災難だろう。あんな汗かきの中年親父が前に立っていたら、誰だって「やってられっかぁ!!」と教室を飛び出したくなる。
矢藤御 楓
難しい漢字を並べた名前。覚える気にもならない。
「おーい、入って来い」
教室のドアが開く。
騒がしかった教室が一瞬にして静まった。
「矢藤御、楓です。よろしくお願いします」
長い黒髪、少し細めの瞳、真っ白な肌。
東洋美人が登場した瞬間、恭平を含めた男子生徒の心から、菜緒子の存在は一瞬にして消えた。
「じゃ、矢藤御は…小倉の隣で」
自分の隣が空いていたことを、神と仏に感謝する恭平。
今日は絶対ツイている!!
「小倉、教科書とか見せてやってくれな」
言われなくても分かっとるわ!それよりお前は、自分の体系を気にしろ!!
「お、小倉恭平って言うんだ…よろしく」
男子生徒諸君!この美女に初めて自己紹介したのは、この俺だ!!よーく、見とけ!
「よろしく、恭平君」
恭平君…。
花が咲くどころか、鼻血が出そうになった。
「わ、分からないこととかあったら何でも聞いて!俺でよかったら、教えるからさ」
いつもよりも強気になれたのは、この美女が自分だけを呼んでくれたからだ。
「ありがとう。とりあえず、数学の教科書見せてもらっていいかな?」
楓が、机をくっつけてくる。
いい香りがした。
「あら…大変」
鼻の下が完全に伸びていた恭平を、楓は涼しげな目で見つめる。まるで漫画のように背筋が凍ったのは、向けられた楓の瞳が恐ろしく鋭かったからだ。
「え?何が?」
恭平の声が裏返る。
「あなた、近いうちに死ぬわ」