WAVE:00 オラクル・ギア
デュアルスティックを前に倒し、ブーストトリガーを押し込む。
背部スラスターがオレンジ色の光を吐き、プロフェシーを前方へ加速させる。
プロフェシーの加速に応じてブーストゲージが減っていくけど、これぐらいなら気にする必要はない。
敵機との距離を一気に詰める。
格闘攻撃が可能であることは、ダブルロックオンの表示を確認するまでもなく分かっている。
もう、何百回、何千回とやり込んだゲームだ。どのタイミングでどの攻撃が出せるか。出すべきなのか。そんなことは、体の方が覚えている。
加速はそのままで、左右のアームトリガーを同時にクリック。主力装備の大型実体鎌ハーヴェスターを相手の右肩から斜め下に勢いよく斬り降ろす。
オレの愛機プロフェシーは小型軽量タイプに分類されるギアだ。機体サイズを考えるとオーバーサイズ気味のハーヴェスターを、我ながら手慣れた具合に操っていると思う。わははは、自画自賛。
『命を刈り取る禍々しいなんちゃら』をモチーフにしたハーヴェスターの一撃をモロに受けた敵機は、残りの耐久値を根こそぎ持っていかれて、派手に爆発。電脳空間の藻屑となった。ううむ、哀れなり。
<おーい、伊吹、そっちは大丈夫かー?>
他のエリアで戦っていた友人から通信が入ってきた。今のところ無事みたいだ。
<ああ、こっちは問題ねぇー。アイツの方はどうなってる?>
ゲームの開始時に別エリアに転送されたもう一人の友人が少し気がかりなので訊いてみた。まぁ、簡単にやられるようなヤツじゃないけど、使ってる機体が機体なだけに、ヤバイ状況がないワケでもないんだよな。
そんときはヘルプに行ってやらないと。
<心配ありがとさん。ちょっと手こずったけど、こっちも大丈夫だよー。今、そっちに向かうから>
噂をすればなんとやら、もう一人の友人からも通信が入ってきた。
耐久値を多少持ってかれたみたいだけど、アレぐらいなら問題はないだろう。
「OK、じゃあ合流したらもうひと暴れな」
<<了解>>
メインモニターの右上に全体マップを呼び出す。
友軍登録している二人のギアを示すブルーのマーカーが表示されている。
オレの現在地からそれほど離れていないので、すぐに合流出来るだろう。
途中で敵機にケンカ売られたら多少は時間がかかるかもしれないけど、幸い周囲の敵機は互いに戦闘中。無視して通り抜ければ問題なし。
まぁ、消耗したヤツを横から倒してポイント貰ってもいいんだけど、それはちょっとアレだよなぁ……。
バトルロイヤルだし、それが悪いとは言わないけど。
ただ、あまり塩っぽいプレイを見せるライナーはギャラリー受けが悪い。
いや、別に他人のためにゲームしてるワケじゃないからそんなことはどうでもいいけど、それはそれとして、寒いマネはしたくない。
オトコゴコロは複雑で、時々、矛盾するのだ。お察し下さい。
<どうする、エリア移る? この辺りはほとんど敵機が残ってないみたいだし>
合流した友人から通信が入る。
「そうだな。河岸を変えるかー」
<どうでもいいけど、『河岸』って言葉、ちょっとおっさん臭いよな。若さが足りないんじゃね?>
続いて合流したもう一人の友人から若干失礼な通信が入る。
「うるせー、誰がおっさんだ。オレはいつも心も体もリアルな十六歳だっての」
<何だよそれ、新しい宗教? 十六歳教?>
「違うわ、ボケ。オレが未だに中学生に間違えられるの、お前だって知ってんだろ」
オレは同年代の男子に比べるとほんの少しだけ(あくまでほんの少しだからな!)、身長が足りないのと、かーちゃん譲りの女顔のせいか、実際の歳よりも若く見られることが多いんだよなぁ。
<お、今度は若さアピール? 伊吹も大変だなぁ>
「うるせー、黙れ、シバくぞ」
<うわーん、暴力反対ー。助けてー>
<二人ともー、漫才はいいから移動するよ?>
「漫才じゃねーし!」
<漫才じゃないから!>
<はいはい、分かりました分かりましたー>
あれー、何か軽くあしらわれちゃいましたけどー?
うーんこの。
※
『【奏甲託閃のオラクル・ギア】バトル・ロイヤルモード、STAGE:0 0 8 1【果つる記憶のジグラット】終了180秒前です』
ゲーム終了間近を告げるアナウンスが、コックピット型の閉鎖筐体――ライナーピットに響く。
割と、有名な女性声優が担当してるんだよな、アレ。Verアップのたびに、起用される声優が増えるので、誰が出演してるのかもう把握しきれん。オレはまわりの友達ほどアニメ観る方じゃないし、声優詳しくないんだよ。気になる人は生半可なハッキングで調べてくれ。声優は誰かのモノじゃない。(遠い目)
つーか、今はそんなこと言ってる場合じゃねー!!
アルジェント社から発売された汎用ギア・サスペリアをカスタムした敵機が、フォトンガンを連射しながら接近中だ。こっちもターボダッシュでかわしたり、ステップで相手のロックオンを切りながら、右腕装備のフォトン・マシンガンとハーヴェスターの遠距離用攻撃・衝撃斬波を撃って応戦してるけど、決定打を与えることができない。プロフェシーは格闘戦メインのカスタムなので、撃ち合いは分が悪いんだよなぁ。
しかも、このステージ、障害物が多いので、弾を当てるのが結構面倒だ。その分、こっちも相手の攻撃を食らい難いけど。
光学属性兵器からのダメージを軽減するA F Cの耐久値が残ってればゴリ押し戦法もアリだけど、今はゲームの最終盤。残念ながら、そんな余裕はない。
それどころか、本体の耐久値もギリギリだ。
一瞬の判断ミスが命取りになる。
今、求められているのは、バイオゴリラみたいなシンプルな暴力ではなく、もっと精細なスティック操作と、それを可能にするための集中力だ。
まずは深呼吸をひとつ。
画面全体を俯瞰することに意識を向けて。
目の前の敵機を殲滅することだけを考えろ!
フォトンガンは牽制に使う低火力の右腕装備だけど、耐久値がギリギリの状態では極力食らいたくないし、火線を収束させられたら一気に残り耐久値を持っていかれる可能性もある。
主力装備(多分、右肩のメガ・フォトン砲だろう)も気になるし、戦闘補助や間接攻撃、特殊効果が売りの左腕装備にも注意が必要だ。
あまりノンビリやってる暇はないけど、とりあえず手近な障害物に隠れて様子を見てみる。障害物マシマシのステージ構成なので、隠れる場所には困らない。
すると。
あー、クラッカー投げようとしてる。
オラクル・ギアのステージ上に設置された障害物にはざっくり分けて二種類ある。
ひとつは、破壊可能なもの。これは障害物に固有の耐久値が設定されており、それをゼロにすることでステージから除去することが出来る。
もうひとつは、破壊不能なもの。これはどれだけ攻撃を加えても壊されることがないので、撃ち合いでの遮蔽物や、態勢を立て直すための緊急回避先として、破壊可能な障害物よりも頼りになる。
サスペリアのデフォルト左腕装備サスペリア・クラッカー。こいつの爆風には、破壊不能な障害物を貫通する特殊効果が付与されている。ちなみに、破壊可能な障害物には普通にダメージを与えるので大変使い勝手が良い。
こりゃ隠れても無駄だ。予備動作の段階でさっさと離脱。
カスタムサスペリアの投げたクラッカーは何もない空間で緑色の爆風を広げた。
「さて、ここをどう乗り切るか……」
オレがつぶやいたその時だ。
カスタムサスペリアの右肩。メガ・フォトン砲が折り畳まれた砲身を展開している。
あれは、主力装備の発射モーション!
しかも、標準装備のメガ・フォトン砲と違って、クラッカーと同じ特殊効果が付与されたことを意味する、緑のビームを溜め始めた。これで、周りの障害物が完全に無意味になったぞ。
メガキャノン系の持続照射が可能な遠距離武装は、弾さえ出しとけばエネルギー切れになるまで極太ビームを振りながら相手を追い回すことができる。
さっきも言ったけど、このステージは障害物がドカ盛り。一度ビームを出されると回避は結構面倒なんだよなぁ。障害物に隠れてやり過ごそうにも、相手はそれを無視して一方的に攻撃できるという”闇”の深さだし。
ステージ特性を利用した、悪くない戦法と言えるだろう。
ところで、オラクル・ギアはプレイヤーの改造自由度の高いゲームだ。だから、ギア本体や武装に戦闘を有利にするための様々なカスタムを施すことができる。例えば、プロフェシーのAFCやカスタムサスペリアのメガ・フォトン砲に付与された障害物貫効果なんかがそれだ。
わざわざ言うまでもないけど、どのカスタムも便利。大変便利。
便利、なんだけどさっ……!!
オレはデュアルスティックを前に倒しブーストトリガーをクリック。プロフェシーをカスタムサスペリアに向かって加速させる。
オレの操るプロフェシーは、ダッシュ、急停止、ステップ、ターンを駆使して、まるで踊るように障害物を巧みに回避。最速最短で敵機との距離を詰めていく。
プロフェシーの機動性を甘く見るなよっ!
ギリギリまでブーストゲージを消費しながら加速したプロフェシーが、カスタムサスペリアをダブルロックオン圏内に捉えた。
しかし、カスタムサスペリアのライナーは焦ることなく、限界まで圧縮された粒子をプロフェシーに向かって至近距離で解き放つ。圧倒的な破壊力を持つ緑色の光線が敵機に突き刺さるのを確認し、ライナーは自分の勝利を確信した――。
……んだろうなぁ。
でも、それは標準装備のメガ・フォトン砲でならの話。
残念ながらあのメガ・フォトン砲はカスタム済み。障害物貫通みたいな強力な効果を付与するなら、その分溜め時間が増えるのは当然なんだよなぁ。
よって、まだビームは発射されず。
オレは、ダブルロックオンを無視して、デュアルスティックを操作。ターンを決めながらサスペリアカスタムの背面へと回り込む!
それとほぼ同時にチャージの完了したメガ・フォトン砲のビームが一瞬前までプロフェシーの存在した空間を、轟音を上げながら突き抜けていった。
おー、ギリギリセーフ。正面から格闘仕掛けてたらアウトだったな。
メガ・フォトン砲の持続照射は強力だけど、その代償として急旋回に制限が発生する。この状態で後ろに素早く回り込んだ相手に対応するのはなんぼなんでも無理。
溜め時間の増加も、急旋回の制限も、ゲームバランスを取るために必要な要素。
リターンのあるカスタムや行動には、必ず何かしらのリスクがセットになってるワケ。
このゲーム、そのへん、よく考えられてるんだよなぁ。
「これでダウンだっ!!!」
今やビームを吐き続ける的になったカスタムサスペリアに、ハーヴェスターの近接フルコンを叩き込み、残りの耐久値を根こそぎ刈り取ってやった。
「おっしゃ、ポイントゲットだぜ!」
オレが思わずガッツポーズを取ったそのときだ。
突然のロックオンアラートがヘッドセットから鳴り響いたのは。
そして次の瞬間――、
ロング・フォトン・ライフルによる遠距離精密射撃が、プロフェシーの雀の涙ほどの残り耐久値を持っていった。
眼前のメインモニターに先ほど仕留めたサスペリアカスタムとプロフェシーが爆発四散、炎上するグラフィックスが描出される。そして、そこにデカデカと「YOU LOSE」の文字が。
ゲェェッ、南無三っ!
※
『【奏甲託閃のオラクル・ギア】バトル・ロイヤルモード、STAGE:0 0 8 1【果つる記憶のジグラット】終了です。ギアライナーの皆様はお疲れ様でした』
ゲームの終了を告げる無慈悲なアナウンスがヘッドセットから流れる。
あー、しくった。目の前のカスタムサスペリアに集中するあまり、他の敵機のこと忘れてた。一応、周りに敵機がないことは確認してたけど、完全に油断してたわ。
念のためプロフェシーを撃墜したライナーの情報を確認すると……。
■NAME:cyan
■GEAR:camera obscura
□ENTRY:〈empty〉
なるほど、やっぱりお前か……。
【To Be Continued……】