5. 戦場
森を抜け、ミジャクジの御柱を左に見下ろして丘にあがると、眼下の盆地にヤマトと長脛の兵が展開しているのが見えた。
タカヤは見つからないように下生えの茂みから戦を見た。
手前に長脛の軍が寄り集まっていた。
村で見たときは見たこともない大軍に思えたが、盆地に布陣してみると意外に小さく見える。
盾兵を前面において、中間に青年組、大人組の兵、奥に本陣を置いて、長脛彦のおじさんと、父が見えた。
ヤマトの軍は、蛇行する川の下流に整然と陣を組んでいた。
兵がいくつもの四角にくみ上げられて、複雑な文様を描いているようにも見える。
ぴかりぴかりと兵が持つ鉄の矛が光を反射している。
長脛の軍に比べると、二倍以上の兵がいるように見える。
「勝てるかなあ」
「うーうー」
ウーが空を指さした。
大きな鳥が何匹も飛んでいる。
「八咫烏たちだな。ちえ、裏切りものめ」
ヤマトの軍を先導して、カワチの海から連れてきたのが彼らだ。
元は長脛と友好的な部族だったが、この夏、ヤマトに寝返ったモノたちだ。
八咫烏は熊隼人のように、鳥に変化する事ができる。
ほろほろほろと甲高い鳴き声を発して、戦場の上空をくるくると八咫烏たちは飛んでいた。
遠く、向かいの丘に二旗のきらびやかな将が居た、五瀬と父の大王のようだ。
くっと、五瀬は兜を被った頭を小さく上げ、こちらに向かって手を振ったようだ。
「うわ、目が良いなあいつ」
「うっうっ」
ヤマトの陣には女も居た、遠くて声が聞こえないが、歌いながら踊っているみたいだ。
「なんだ?」
「うっうーー、うううっ」
微かに聞こえる歌を聴いてウーが追唱した。
心の中に火がつくような、そんな、歌、だった。
「戦歌、かな?」
タカヤは聞いた事がある、歌い踊る事で男達の勇気と力を奮い立たせるウズメという巫女達がヤマトには居るらしい。
綺麗で、心に残る歌だった。
ウズメ達の歌が森に吸い込まれるようにして消え、太鼓がその一声を空に刻みこむ。
どろどろと威勢の良い拍子に誘われるように、ヤマトの先陣が動き始めた。
わああああっと、両軍のかけ声が盆地に響き渡った。
「始まる」
タカヤは息をのんで、両軍の動きを丘の上から見る。
両軍から矢が雨のように放たれて、敵陣へ飛ぶ。
先頭の盾兵が大盾をかざして矢を防ぐ。
そして、長脛の先陣とヤマトの先陣は真っ向から衝突した。
石槍と鉄矛がぶつかり合い、お互いの肉を斬り合い、盾が振るわれ、押し倒し、押し返され、乱戦となる。
長脛の石槍は、よくヤマト兵の皮鎧を貫いたし、ヤマト兵の鉄矛は長脛の盾を貫き二つに割った。
どろどろと沼地で食い合う二匹の蛇のように、長脛とヤマトは殺し合う。
あちらこちらで悲鳴が上がり、血が飛ぶ。
今のところ先陣は互角に戦っているようだ。
ヤマトの将が合図をすると、十騎ばかりの騎馬兵が左翼方向から長脛の先陣を割るように突撃をかける。
大きな馬が勢いをつけて駆け、長脛の兵を蹄に掛けて吹き飛ばし蹂躙する。
長脛の兵は、盾を使い、槍を投げて騎馬兵を落とそうとするが、熟練した馬上の兵はすいすいとそれをかわし、長脛の陣を割る。
「馬、すごいな」
長脛の先陣が、引き始める。
タカヤがもう、終わりなのかと思った瞬間、脇の藪から熊隼人の一軍がでて、騎馬をはね飛ばした。
「おおおおっ!」
「うーっ」
熊隼人たちはその鋭い爪で騎馬を打ちはらい、馬の首を噛みちぎって敵陣を割る。
ヤマト兵は何とか鉄矛で熊隼人たちを止めようとするのだが、その突進力に歯が立たない。
ヤマトの先陣が割れた。
と、思った瞬間に、後ろの方陣が生き物のように動いて、先陣を吸収して、熊隼人を迎え撃つ。
熊隼人は動きを逸らされ、方陣の角を噛み破り、河原に抜けて、長脛の陣へ帰る。
タカヤは戦況の一進一退から目がそらせない、胸がどきどきして熱い。
なぜ自分は子供なんだろう、なぜ、あそこに行って槍を振るえないのだろう。
そんな事ばかりをタカヤは考える。
戦は一進一退を繰り返し、時間だけが流れる。
何人もの長脛の兵が倒れ、何人ものヤマト兵が倒れる。
ウーは飽きてしまったのか、花を摘み始めた。
タカヤは飽きずに、ずっと戦場を見つめている。
個々の兵士は長脛の軍の方が強い。雄々しく勇ましく戦い、そして死んでいった。
ヤマト兵はあまり強いようには見えないが、しぶとい。
怪我をして体勢が崩れると、ヤマト兵は後方に退く、水を飲み、傷を縛り、そしてまた前線に進む。
戦線はもぞもぞと生き物のように流れ動いて行く。
タカヤは考え違いをしていた、帚星の丘なら戦場の後方だから兵は来ないだろうと。
戦線が前後に動く時は陣の後方に兵がくる事は無い、だが、戦線は時に軸を持って回転する事がある。
長脛の陣の左側が押され、右側が進んだ。
戦線が回転しはじめた。
「え?」
意外に近くにヤマト兵を見て、タカヤはどきりとして、茂みに隠れた。
その動きをヤマト右翼の端にいた兵が見つけた。
タカヤはまだ知らない、戦の良い面を表す人間、ヤマトの大王や長脛彦、五瀬などの良い戦の面しか彼は知らない。
戦には黒い面もある。
そこにいたヤマトの兵は正規の兵ではなかった。
道中、戦いもせずに服従を誓った海端の氏族の兵だった。
かれらは戦をなめている、なるべく楽に、なるべく弱くて簡単に倒せる敵を求めている。
できれば軍から離れて、戦士のいない村を襲い、女子供を殺して略奪したい。
そんな事を考えている。
子供の首を持ってきても叱責されるだけだし、無断で略奪すれば処刑される、そんな常識は彼らには無い。
楽に手柄が立てられる。楽に戦える、彼らが思うのはそれだけだ。
海端の族長は天に鉄矛をあげて、吠えた。
奇声を上げて、タカヤの方へ駆け出す。追いかけて氏族の戦士が二三人ついて走る。
殺意を受けて、タカヤは棒立ちになる。
あたりを見回すが、味方などいない。
「うーっ!!」
「逃げろっ! ウーっ!!」
タカヤはきびすを返して森に向かって走り出した。
森の中ならば鉄の矛は使いにくい。慣れた森だから逃げやすいし隠れる所も知ってる。
すっと首筋に冷たい感じがして、タカヤは身をひねった。
ぶんっと音を立てて、鉄矛が肩すれすれを通り過ぎる。
「逃げるな、わっぱーっ!!」
ふざ、ふざけるなとタカヤは息絶え絶えに思う。
がくがくと足を振るわせながらも、脱兎のようにタカヤは森へ飛び込む。
にやにや笑った兵がタカヤの前方に先回りし、立ちふさがり、矛を構えた。
タカヤは、藪の中に飛び込み、崖を滑り降りる。ちょっと遅れて、ウーも藪を抜けて降りてくる。
海端の兵が慌てて、藪を迂回して走り降りてくる。
ミジャクジの御柱の下あたりで、兵に追いつかれた。
ウーを逃がさなきゃならない、村を守らないといけない。
オンジが守る門にこいつらを連れてはいけない。
タカヤは振り返り、帯から小刀を抜いた。
「ウーは逃げろっ!!」
大声を出すと、腰が据わった。海端兵たちも鉄矛を構えて、タカヤを囲んだ。
「わっぱめ、おとなしく首を差し出せっ」
兵が振りかぶった鉄矛の下をくぐるようにしてタカヤは切りつけた。
わっと声を上げて兵が小刀をよけた。
「なにやってるっ! わっぱ一人さっさと殺せっ!!」
族長が大声を上げる。
「?!」
後ろを見ると、ウーがミジャクジの柱に登り始めていた。
な、何をしてるんだっ。と矛をかわしながら、タカヤはうめいた。
ウーがミジャクジの面に向けて手を伸ばした。
「ウーっ! 逃げろったらっ!!」
気を散らしたタカヤの足を矛の柄が払った。
ガチッと音がして、膝が切れ血が飛び、タカヤは転がった。
「死ねええっ!! わっぱーっ!!」
大声を上げて、兵が鉄矛をタカヤに向けて突き出した。
死ぬ。
とタカヤがぎゅっと目をつぶった瞬間。
ウーがミジャクジの面を取り、顔に当てた。