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4. 戦の朝

 遠い山の向こうから、むくむくと雲がわき出して大嵐になるように、戦が近づいてくる気配をタカヤは感じていた。

 前日の夜だ。

 青年組が赤土で隈取りをし、祖霊に納める歌と踊りを広場の大かがり火の前で披露している。

 大人も子供も肉を食べ酒を飲んで騒いで居る。

 タカヤは帯にさした小刀の柄をぎゅっと握る。

 ウーはパクパクと肉を食べ、団子をほおばる。

 祭りと戦は似ているなと、タカヤは思う。


 大柄な戦士たちが中央に出て、かけ声とともに踊り出す。

 大きい熊のような戦士達だ、と思って見ていると、太鼓の響きに合わせ、むくりむくりと体がふくれあがり黒くなり、毛が体に生えて本物の熊のように変化した。

 熊隼人だ、とタカヤは気がついた。

 山奥に住む、熊隼人は長脛族の氏族の一つで、獣に変化する事ができる。

 ウーが肉を持ったまま歓声をウーウーと上げる。

 熊隼人は獣化したまま、器用に踊る。その姿は怖いというよりも愛らしく、楽しい物だった。

 槍を持ち、盾を使い、クルクルと踊る。

 一見愛らしい彼らが戦場では恐ろしい突進力と破壊力で敵をなぎ払うと、タカヤは父に聞いていた。

 一番大柄な熊隼人が槍を夜空に向けて放った。


「なんだ?」

「敵か? 八咫烏の連中か?」


 大柄な熊隼人は、やれやれという感じに首を振った。

 八咫烏か何かか解らないが槍は外れたようだ。

 のっしのっしと大柄な熊隼人はタカヤの方へ近づいてきて、隣に座り込んだ。

 大きくて毛だらけで、高い熱量の塊が隣に来たような感じがした。


「肉球さわってもいいですか?」


 熊隼人が頷いたので、タカヤは右手を持って肉球を押してみた。

 意外に堅い。


「うーっ!」


 ウーが熊隼人の胸の中に飛び込んで抱きついた。

 毛皮に頬をすりつけている。


「おっと」


 いつの間にか熊隼人はヒゲモジャの人の良さそうなおじさんに変化していた。


「もどってしまったわい」

「どうして、人間に戻ってしまうのですか?」

「ん、それはな、なんだかこのめんこい娘に抱きつかれてな、猛々しい熊の気持ちから優しい気持ちになったからだな」


 おじさんは優しくウーの頭をなでた。


「やあ、あんたあ、めんこい子だねえ」


 胸の大きな大柄な姉さんが、酒壺を持ってやってきておじさんの隣に座った。


「ああ、あんたはタカヤだねえ、大きくなったねえ」

「あ、あの、こんにちわ」

「覚えてないかねえ、高熊の村に来たのはずいぶん小さい頃だったからねえ」


 タカヤは覚えて無かった。


「熊になるってどうするんですか、俺にもできますか?」

「うーん、こればっかはなあ、血だからなあ」


 そう言うと、おじさんはタカヤの顔をしげしげと見た。


「タカヤには、ちと無理かなあ。この子なら……」

「……。え、あんたこの子何?」


 ウーはおじさんの胸のなかできょとんとしていた。


「ウーはマレなんですけど」

「血、濃いなあ、なんだこれ、ありえねえぐらい濃いぞ?」

「ほんとうだねえ、大婆さまを思い出したよ。大呪術も使えそうだねえ」

「おお、拾い子ながら、凄いなあ。これは婆さま呼んでこい」


 はいようと返事をしながら、姉さんはよろよろと奥に行った。

 おじさんはウーをあやすように抱えて揺すった。

 ウーはきゃっきゃと喜んでいた。


「血が凄く濃いと、どうなるんですか?」

「ん、こんだけの血だあ、巫女になるべいよ」


 巫女! ウーが巫女になんかなったら、嫁にできないじゃないか、タカヤは慌てた。


「でも、ウーはしゃべれないですよ」

「唖かあ、難儀だなあ。だが、まあ、耳は聞こえるし、話は通じる、ならば大巫女とはなれなくても、脇巫女にでもなあ」

「でも、ウーは、俺の、その……」

「マレは嫁にはできんぞ」

「でも、俺は」


 おじさんは優しい目をして、タカヤの頭をなでた。


「戦が終わったら、皆で良いように話し合うべい。それで良いな?」

「はい」


 下を向いてしおれたタカヤの首にウーが抱きついてほおずりをしてきた。

 愛しさが胸いっぱいになったが、戦が終わったら、ウーとの関係も変わってしまいそうで、タカヤの胸はざわめいた。

 そのあと、タカヤは高熊の村のおっぱいの大きいお姉さんにお酒を勧められて飲み、前後不覚になり、気がついたら家で寝ていた。

 ウーが大婆さまと話していたような気がしたが、あれは夢だったのか。

 藁の寝床を探ると、ウーが大の字になっって寝ていて、タカヤはほっとした。


 戦の朝であった。

 家の外に出ると、空はからっと晴れ上がり、その下で深酒のため目を赤くした戦士たちが、ごそごそと武装を始めていた。

 父も家の前で皮のはばきを付けながら長脛彦と喋っていた。


「とうさん」

「お、タカヤ起きたか、おまえはウーを連れて、子供小屋にいなさい」

「戦は勝てる?」

「さあなあ。父さんにも正直解らない。でも、雄々しく、力一杯戦うだけだ」


 長脛彦はタカヤを見て笑った。


「なに、恐れるなタカヤ。一度や二度で滅ぼされる部族は居ない、楽にしていろ」

「彦よ、あなたは気楽だなあ」


 父があきれたように長脛彦に言った。


「ヤマトの大王は良い男だった、長脛も戦で男を見せんとなっ。行くぞ、皆の衆っ! 声を上げろっ!! おおおおおおおっ!!」


 長脛彦は銅剣を抜き、天に差し出し、雄々しく吠えた。

 広場いっぱいの戦士達が声を合わせた。

 轟々と男の吠え声が地をふるわせるようだ。タカヤも吠える。

 ウーも天に向けて笑いながら吠えていた。


 気合いを入れた後、タカヤは、ウーの手を引いて、とぼとぼと子供小屋に向かった。

 薄暗い小屋に入って見渡すと、カカセが居なかったのでタカヤはほっとした。

 女小屋の方へ行ってるのだろうとタカヤは思った。

 ウーは小屋に入ると小さい子の面倒を見始めた。

 タカヤは小屋の隅の方へ行って座った。

 しばらく座っていたのだが、タカヤは退屈しはじめた。

 あと三年歳を重ねていたら、青年小屋で戦に参加できたのに、と、生まれた時期を恨み始める。


 戦を見に行こう。

 そう、タカヤは思った。

 立ち上がり、子供小屋を出る。

 壕橋に通じる大門にオンジが立って番をしていた。

 オンジはもういい年だから戦には出ない、というか、オンジみたいな技術がある人間を死なせるのは村として勿体ないという事もあるんだろう、とタカヤは思う。

 村から出るには壕橋を渡るのが普通だが、子供しかしらない抜け道がある。

 西の柵に少し壊れた所があって、そこから子供なら抜け出る事ができる。

 壕は空堀だから歩いて渡れる。

 タカヤは柵を抜け、壕の底に降りた。少し水が溜まっていて、足がぬれる。

 手がかりをつかんで壕から体を持ち上げる。あとは、森の中を伝って行って、帚星の丘まで行けば戦を見ることができる。


「うー」

「あれ?」


 知らない間にウーが付いてきて、タカヤの服の裾を引っ張っていた。

 小屋に帰ろうという感じに手振りをした。


「ウーは帰れ、俺は戦を見に行くんだ」

「うーうーっ」


 とんでもないという感じにウーは顔の前で手を振った。


「大丈夫、帚星の丘の上から見るだけだから。あそこまでは兵隊は来ないよ」


 ウーはしかめ面をして首を横に振った。

 タカヤは無視して森の間道に分け入る。小枝が足の下でパキパキと音を立てる。

 ウーはやれやれという感じにため息をついてタカヤの服の裾を持ったまま付いてきた。


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