3. 帚星の丘
タカヤとカカセは連れ立って村を歩く、大人達は二人をみてニコニコと笑った。
恥ずかしくてタカヤは自然と無口になり、カカセはそれにかまわず本村の事や親戚の噂話を歌うように喋る。
空は高く晴れ上がり、遠くのミワの山に白い雲がたなびいていた。
村の門を開けて貰い、堀橋を渡る。
あまり遅くなるなよ、と青年組の門番が笑いながら言った。
村ではもう、タカヤがカカセをめとると決めてかかっているようで、タカヤは気持ちが重い。
森を抜ける小道は木々の良い匂いがして、ふかふかとした道の踏み応えも心地がいい。
カカセは伸び上がるようにして息を吸った。
「はあ、生き返るみたいね。良い天気だし、悪くないわ」
タカヤは答えないで、ただ歩く。
「嫁入りは姉様がいるから、まだまだ後ね、あんたが青年小屋を出る頃だと思うわ。盛大にやりましょうね」
「なんで俺なんだ? 西の瀬の村のヤマジとか居るだろ?」
「え? あ、うん」
いきなりまっすぐに理由を聞かれて、カカセは口ごもった、耳たぶが赤くなった。
「ヤマジもさ、うん、私の事好きだって言うけど、その、私はね、タカヤが良いんだ」
「なんで?」
「なんでって、いわれても、そのー」
カカセの頬はへびいちごの実のように赤い。
赤くなった彼女の顔をタカヤは不思議な物を見たような気持ちで見た。
なんだか知らない子みたいである。
「ヤマジはかっこいいけど、あいつが姉さん殴ってる所見たんだ、女大事にしないヤツは嫌いだし、だけどタカヤは唖の子にまで優しくしてあげてるでしょ」
なんだかぐにゃぐにゃと体を揺らしながらカカセは喋った。
いやべつに女の子に優しいからウーに優しくしてるわけじゃあ無いのだがとタカヤは思ったが黙っていた。
「あ、あんたはどうなのよ、私の事好き?」
「えー」
「い、言いなさいよっ」
「別に嫌いじゃないよ、綺麗だし、話すと楽しいし」
ぱっと花が咲いたようにカカセの顔がほころんだ。
「でも、好きなのはウーだ」
「え?」
まるで近くに雷が落ちたような顔になって、カカセは驚愕した。
くるくる表情が変わるなあとタカヤはあきれながら眺めていた。
「だ、だって、あの子唖よ、血族でもないわよっ!」
「ああ、でも好きなんだ」
「マレと結婚なんかできる訳ないでしょっ!」
「一生懸命、父さんに頼むよ」
「あんたは長脛彦の血筋なのよっ! 頼んでどうなる物じゃないのよっ!!」
ものすごい剣幕でカカセは怒鳴った。
タカヤは吃驚してしまい、後ろによろけて尻餅をついた。
「どこの誰かも解らない唖の子の血を一族に入れる訳無いわよっ!! アホじゃないのあんたっ!」
悪霊のような怒り顔でカカセはタカヤを見下ろしていた。
カカセと俺も血が近いので、結構問題になりそうだなあ、とタカヤは思った。
父と長脛彦は兄弟なので、カカセとは従兄妹になる、これくらいの血の距離だと問題になることがあったな。とは思ったのだが、それを言うと、カカセが、また怒りそうなのでタカヤは何も言わない。
「わかったわ」
カカセの目がすわった。タカヤは嫌な予感がする。
ヤマイヌの上着をカカセは落とし、帯を緩めて、タカヤの上に乗りかかって来た。
ちゃりちゃりと手首の勾玉が鳴る。
「なな、何するんだっ?」
「まぐわうの、タカヤが馬鹿な事言うのは大事な事を知らないからよ、私が教えてあげる」
頬を赤く染めて、カカセは上着から腕を抜き、裳裾を開いた。
男女が何をするかはタカヤは知っている、祭りの時に色々見た。
でも自分自身にそれが降りかかるのは、まだまだ先の事だと思っていた。
心の準備ができていなかった。
「やめろい」
タカヤはのしかかってくるカカセの裸の肩を足で蹴り、後ろに転がり振り返り、丘に向けて一目散に走った。
それはそれは慌てて走った。
「まてーっ! 女の子に恥をかかせるのっ!!」
黙ってタカヤは全速力だ。
走る走る。
カカセは服をはだけたあられもない格好で追う。
ミジャクジの柱の下を二人は走る。
ふいに、おなかの底の方から、ぽかりと楽しい感じが沸いてくる。
どちらともなく微かに笑う。
なんか間が抜けていて、滑稽で、それでいて、楽しい。
いつのまにやら、二人は声を出して笑っていた。
光の加減かミジャクジの面が二人を楽しそうに見ている。
「わあああっ」
カカセが一面の花を見て声を上げた。
「凄い、花。花っ!」
裳裾が乱れた格好でカカセは色々放りだしながら花原を転げ回り、花をすくい上げてタカヤにぶつける。
笑いながらタカヤもカカセに花をぶつける。
うひゃうひゃ笑いながらカカセは花畑に大の字に寝転がった。
「空が青い。吸い込まれそう」
タカヤも笑い疲れて寝転がり空を見上げた。
耳元を虫が飛び、土と草の良い匂いがした。
「なにやってんだ? タカヤ」
ぽこりぽこりと軽い音を立てる馬にのった五瀬が二人を見ていた。
ぎゃあ、と悲鳴を上げてカカセが服を整える。
「あ、いや、これは」
「まぐわいか、しかもウーじゃない、やっぱタカヤももてるんだな」
「これは違う」
「だ、誰?」
「ヤマト族の五瀬、大王の息子だ」
「えーっ?」
「へへ、なかなか良い女だなあ」
「カカセだ、長脛彦の娘」
なんで、自分は二人に紹介してるのかとタカヤはいぶかしむ。
カカセと五瀬は見つめ合っていた。
アゴを引いて、五瀬は狼みたいに、ぎゅっと笑った。
「やっぱ、ウーの方がかわいいな」
「な、なによっ! あんたたちは二人してっ!!」
怒ったカカセはタカヤの肩をつかんで揺すぶった。
なんで俺に来る? とタカヤは思う。
「五瀬は、何しにきたんだ?」
「ん、戦場の下見。あの変な面が掛けてある柱までは公地だろ、問題は無いはずだ」
それにしても、敵地近くまで護衛も無しで来るのは剛毅だなとタカヤは思う。
と、思ったのだが、丘の向こうからヤマトの兵が二三人出てきた。
「若様っ! そのものはっ」
「長脛の者だが、まあ心配ない、俺の友達だ」
「さ、さようですか」
年かさの兵が、それでも警戒するように五瀬の前に出てきた。
「じゃ、俺たちは行くから、続きを楽しめ、タカヤ」
五瀬は馬首を西に向けた。平野の向こうに小高い丘があり、そこを抜けると海がある。
ヤマト族は西の内海から船にのって来たと、タカヤの父は言っていた。
「そうだ、タカヤは戦に出るのか?」
「でないよ、戦士になれるのは、青年小屋に入ってからだよ」
「遅れてるなあ、ヤマトでは子供だって戦うんだぜ」
「なによ、子供が戦いで死んじゃったら、部族はどうするのよ、野蛮ね」
そうでは無いんだな、とタカヤは思った。
ヤマトでは子供を兵隊にするぐらい、子供が生まれるのだと思った。
長脛とヤマトでは人の養える数が違うのだろうと思う。
米と鉄がヤマトの豊かさを支えているんだ。
子供を兵隊にして、大人になるまでに戦いを覚えさせる。長脛の民は勇敢だが、戦いを覚えるのは青年小屋に入ってからだ、兵隊の絶対数が違うのか。
タカヤは丘の向こうのヤマトの軍を思って気が重くなる。
「死ぬなよ、タカヤ、一緒に東の海を見にいこうぜっ」
「な、何よっ、あんたなんか敵のくせにっ!」
「へへ、馬鹿だな、戦うのはおまえ達を奴隷にするためじゃないだぜ」
「え? じゃ、じゃあ何のために戦うのよ、この土地を奪って支配するためじゃないのっ!」
「和する、ってえ、考え方があってよ、奴隷なんかにしてもつまらねえじゃんよ。俺たちは戦をしてから仲間になるんだ」
「仲間? だ、だったら戦う必要無いじゃない」
「ちげーんだよ、戦うから、死ぬ気で戦い合うから、仲良くなれるんだ。戦わないで降参するような部族はヤマトでは馬鹿にされる。雄々しく戦って、それでも負けた民たちが良いんだよ。男気のある部族が俺たちは好きなんだ、仲間になったときに本当に頼れるからなあ」
なんとなく、五瀬の言葉がタカヤの胸にしみてくるような気がした。
「こいつらも、海隼人って、もの凄い血みどろで酷い戦いをした奴らなんだけど、その戦いで俺たちはこいつらを認めて、こいつらは俺らを認めて、今では大王の近衛だよ、なあ」
「へへへ、ありがてえこってす」
兵士達が笑った。五瀬も笑った。
ああ、なんだか凄く良いなとタカヤは思う。
五瀬は馬上で手を上げて、ぽっこりぽっこり去って行った。
「なによ、変な奴っ!」
カカセは五瀬たちに向かって、いーと歯をむき出した。