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1. ウーとタカヤ

 ウーがころころと草原を転がりながら白く丸い花をんでいるのを見て、タカヤは笑ってしまった。

 なんで転がるのだろう、なんであんなに嬉しそうなのだろう。

 タカナは不思議に思う。


 ウーとタカヤは兄妹ではない。

 父親が森の奥深くで、空腹で平たくなって倒れていたウーを拾って来た。

 ウーがしゃべる事が出来ないので、どこかの部族が捨てたのだろう、と父親は言っていた。

 体に障害のある子供は森に捨てられる。

 そんな子供達は大抵の場合、森の中で死んでしまうのだが、まれによその部族に拾われる時がある。

 拾われた子はマレ人として、幸福を呼ぶ依り代として大事に育てられる。

 ウーは言葉を発さないが、いつもニコニコして村の中を駆け回っている。

 元気だし、働きものなので、西の長脛の村のみんなはウーの事が大好きだった。


 タカヤはウーの近くによって後ろ頭についた枯れ草を取ってやった。


「うー、うーっ」


 両手一杯にに白く丸い花を抱え、ウーは笑う。

 強い風がとんとタカヤの背を押すように吹いてきた。


「さあ、そろそろ帰ろう、ウー」

「うっ、うっ」


 ウーはうなずいて踊るような足取りで歩き出す。

 タカヤはウーよりも五つぐらいお兄さんなので、手を取って引く。

 ウーは白く丸い花の束を片手でかかえ、弾むように歩く。


 帚星ほうきぼしの丘は長脛ながすねの村の境界に接している。

 花のある季節は、丘全体が真っ白になって、夢のように綺麗な場所になる。

 時に猪が居る事があるので、タカヤは見回りがてら丘に来た。

 残念ながら今日は猪の姿は見えなかったが、ウーが楽しそうだったので良いか、とタカヤは思う。


 ミジャクジの御柱おんはしらが丘の端に見えてきて、タカヤは、ほっと、息をつく。

 御柱の向こうは長脛の村の領域だ。

 村の外では、他の村の奴らに襲われる危険がある。

 冬に食べ物を探しに森に入った若衆組が土蜘蛛達に襲われた事をタカヤは思い出していた。

 若衆組は土蜘蛛たちを三人殺したが、自分たちも二人死んだ。

 報復に村の大人達が二つ向こうの山にある土蜘蛛の村へ向かったが、その時には奴らは森を渡っていた。


 白く高い枯れ木の柱の上に、泥で作った面を掲げたミジャクジの御柱の外は、異界だ。

 外の世界には、綺麗な物、美味しい食料、遠く草原を渡る涼しい風もあるが、人にまつろわぬ悪神や大陸から渡って来た凶暴な民もいる。


「うー、うーっ」


 ウーが御柱に手を伸ばす。


「だめだよ、神様に手をふれちゃ」

「うー、うー」


 ウーはミジャクジ様の面が欲しいようだ。

 ウーはいつも、御柱を通る時、てっぺん高く掛けた面の方に手を伸ばす。

 タカヤはウーの後ろから抱きつくようにして引っこ抜き、かかえたまま歩く。

 放っておくといつまでも御柱からウーは動かないからだ。

 ウーはタカヤの胸元でぱたぱた暴れていたが、しばらくするとあきらめて鼻歌を歌い始めた。


 タカヤはこの小さな妹が大好きだった。

 青年小屋を出たら、ウーと所帯を持たせてくれと族長の父に言うつもりだ。

 マレ人との婚姻に父は難を示すかもしれないけど、どこかの氏族の知らない娘と所帯を持つなら、ウーと一緒に季節を数えて行きたい、と タカヤはふんわりとそう思う。

 ウーは綺麗だから。ウーは可愛いから。ウーは良い匂いがするから。

 タカヤはウーを抱えたままくるくると回る。ウーはきゃっきゃっと笑い声を上げる。


 ダガガガッと大きな音と共に、見たことがない獣に乗ったヤマト族の男が二人、丘を越えて追いついてきた。


「おい、子供、長脛領へはこの道か?」


 黒い獣に乗った、きらびやかな金属の鎧を着た男がタカヤに問いかけた。


「は、はい、そうです」


 白い獣に乗った、タカヤと同年代の少年がニヤニヤしながら見下ろしていた。


「そうか、ありがとう。行くぞ、五瀬」

「はいっ、父上っ!」


 大きな獣の脇腹を蹴って、ヤマト族の二人は村へ向かう道を風のように走って行った。


「な、なんだあれ、急ぐぞ、ウーッ」

「うーっ」


 タカヤはウーを放りだしてかけだした。

 ウーは花を抱えてぱたぱたと後を追う。

 花は揺れて白い欠片が舞い散り、風が御柱の上へと運び散らせ空へと消えていく。


 タカヤは走る、足の踏み込みが速度となって風のように走る。

 汗が噴き出し、息が荒くなった頃、長脛村の壕が見えてきた。

 後ろを振り返る。ウーが真っ赤な顔をしてついてきていた。

 壕に渡された跳ね橋を渡る。


 村の入り口に二頭の大きな獣がいて、ぶひひんと鳴いていた。

 村人が何人か出て居て、ひそひそと噂話をしていた。


「戦になるのかい?」

「ヤマト族の大王が直接とは、なんと剛毅な」


 脇を引っ張られてタカヤが振り向くと、ウーが井戸の方を指さしていた。

 白い獣に乗っていた五瀬という少年が柄杓で井戸の水をがぶがぶ飲んでいた。


「ひゃー、まずい水だなあ」


 五瀬は柄杓を置くと、ニヤニヤ笑いながら村を見回している。


「お、おまえらさっきの」


 すたすたと恐れ気なく、五瀬はタカヤとウーの方へ歩いてきた。


「よお、お前、可愛いな」


 五瀬はウーの近くにしゃがむと、頭に手を置きくしゃくしゃとなで回した。


「やめろよ、ウーが嫌がってるだろっ」

「うーっ!」


 ウーが噛もうとしたので、五瀬は手を引っ込めた。


「凶暴だな、ウーっていうのか、へー」


 なおも五瀬がじろじろみるので、ウーはタカヤの後ろに隠れた。


「しゃべれないのか、マレ人だな?」

「ああそうだよ。この村の守りだ触るなっ」


 五瀬はタカヤの顔を見回す。


「へえ」

「なんだよっ」


 見つめられてタカヤは気持ちが悪い。

 五瀬はきゅっと笑う。

 狼が笑えるとしたら、こんな感じなんだろうなとタカヤは五瀬の笑顔を見て、そう思った。


「長脛彦の息子か?」

「いや、この村の長の息子だ」

「氏族村か、本村はまだ奥だな」

「ああ」

「あっはっは、お前、名前は。俺は五瀬だ」

「タカヤだ。なんだよ」


 笑いながら、五瀬はタカヤの肩をばんばんと叩いた。


「気に入った、タカヤ、お前、俺の部下にならねえか?」

「な、何言ってるんだよっ!」

「う、うーーーっ!」

「ウーは俺の側室な、そうしようそうしよう」

「何勝手に決めてるんだっ! ふざけるなよっ!」

「タカヤ、あのな、俺は次の大王になるんだよ。信頼出来る部下が必要なんだ、沢山な」

「ヤマト族の大王……」

「おうよ、だからさ、こんなちんけな村なんかおん出て、俺に付いてこいよ、なっ」

「い、嫌だよ、村を捨てるなんてっ」

「俺付きの兵士になれば楽しいぜ。鉄の剣だってやるよ。ほらこんなのだ」


 そう言って五瀬はすらりと腰の剣を抜いた。


「うーーーー」


 ウーが感嘆するように唸った。

 刃が白かった。峰は漆黒だ。村にある銅剣とは光り方が違った。

 ぎらりと日光を反射して、鉄剣は光り輝いた。


「さわんなっ! 手が切れるぞ」


 手を伸ばしたウーを五瀬は止めた。


「なまくらな銅剣とは訳が違うぜ、見てろ」


 五瀬は地面の木切れを器用に足で蹴り上げると、剣を振り、空中で切断した。

 タカヤが拾い上げて見ると、切り口はすべすべで黒石の破片のようだった。


「な、凄いだろ、あと、偉くなれば馬だって乗れる」

「馬?」

「あそこの四本足だよ」


 五瀬の差す方向には、彼らが乗ってきた大きな獣が居た。


「あれが、馬」

「うー」


 タカヤの胸はざわめいた。

 凄い剣。凄い馬。ヤマト族と一緒に戦をする。

 それは、なんとも甘美な想像で、心が震えた。


「俺たちはさ、土地が欲しいから戦してるんじゃないんだ、遠く東へ行きたいんだよ。遠く遠くこの地の果てが見たい。だから行くんだ、戦で沢山の氏族を倒して、仲間にしてさ、どこまでも行きたいんだ」


 五瀬はタカヤの肩に手を置いて笑う。

 タカヤもなんだか凄くワクワクしてきた。

 遠い東の果ての地が見たかった。五瀬の顔を見た。笑い顔につい引き込まれて頬が緩んだ。


「うーうー」


 ウーが顔の前で手を横に振った。

 ああ、そうだった、五瀬と一緒に行くって事はウーがこいつの嫁になるって事だった。

 と、タカヤは我に返った。


「いやだよっ、行かないっ!」


 体をよじってタカヤは五瀬の手から逃れた。


「なんだよー、いいじゃんか」

「だめだだめだっ、話しかけるなよっ」


 タカヤはそう言って、ウーを抱きかかえて歩き出した。


「ちぇー、まあ、いいや、どうせ、お前ら負けて、おれらヤマトの下に入るんだし」

「そんな事はないよっ! 長脛の民なめんなよっ!」

「ばっかお前、ヤマトの軍隊は平歩兵も鉄の矛で固めてるし、馬だって沢山居るんだぜ。舞踏巫女も山盛りだ。勝てっこないよ」

「こっちは熊隼人も居るしっ、それからっ」

「これ、こちらの手を明かす馬鹿がいるか」


 タカヤがこづかれて振り返ると、ニコニコ笑った長脛彦さまが居た。

 長脛彦はここらの地方の長脛族を束ねる領主であった。

 タカヤにとってはおじさんにあたる。

 長脛彦は五瀬の父親と握手をして笑い合った。


「それでは、戦場で、長脛彦どの」

「はい、ヤマトの大王よ、ご足労ありがとうございます。お互い雄々しく戦いましょう」


 大王は馬にまたがった。同じようにまたがった五瀬が何か父に言った。

 声を上げて大王は笑い、ウーの近くに馬を回し、しげしげと見た。


「そうか、五瀬、お前は趣味が良いな」


 そう言って、大王は馬を走らせる。


「タカヤーっ、戦で死ぬんじゃねえぞーっ! 一緒に東の果て見にいこうぜーっ!!」


 馬上の五瀬がタカヤの方へ振り返り、手を振った。


「ちえ、ふざけんなよ」


 口を尖らせて、タカヤはウーの体をぎゅうと抱いた。きゅーとウーは変な声を出す。


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