死にはしないけど、ねえ?
前回のあらすじ
そのもの白い衣を纏いて森に帰らん。
目を閉じて少し瞑想をしてみても現状は変わらないわけで。相変わらず僕はウサギの着ぐるみを着ていて、他3人はそれぞれ銃に弾を装填していて……、怖い。さっきまであんなにおちゃらけてたのに最早皆さん目が鋭くなって……。
「えーと、ごっこ遊びみたいなものですよね?」
と確認に聞くと、
「やる時は全力」
「銃を扱うのにごっこも遊びもありません」
「少しは嫌がらせになればいいかな、と」
正しく三者三様。逃げ切るどころかもう逃げたい。
というかアンナさん、さっき「どうかご無事で」って言ってたのに!どういうこと?
「アハハハハ……、はぁ……」
結局逃げ場ナシに森へ入ることになってしまった。
・
・
・
森に入ってから数分歩いた。もう周りは木と腿の高さくらいの茂みで囲まれている。僕はその場にへたり込んで時間が過ぎるのを待っていた。
そして思い出す、さっきの彼女たちの目を。
「ああ……、狩られるんだろうな」
そんな感想しかでないのはやはり自分に逃げ切れる自信がないからで、あの人達がどうしようもなくエリートであるからだろう。
また現実逃避と空を見るとやはり木が視界に映る。
「雨だったらなあ……」
雨天中止になってたかもしれない。それだったらどれだけ救われたことか。なんてことを考えながらボーッとしていると、
ダンッ
と聞き覚えのある火薬の爆ぜる音と次いで
ベチャ
と塗料が炸裂する音がすぐ目の前でした。
「なあにノンビリしてんだ。走れ逃げろ」
確実に当てる気のなかった一発はその言葉とともに「いつでも眉間に打ち込めるんだぞ」というメッセージを脳内に送ってくる。
そして僕は跳ねるように起き、地面を蹴った。
走るには地面が悪い。しばらくなにも手を加えられてないのか、木の根っことか少し長い草にいつ足元をすくわれるのかヒヤヒヤしながら、でも全力で駆ける。
音から察するにリカさんとの距離は付かず離れずだろう。そして、いくら優秀な人でもこれだけの速度で走りながらの射撃はさすがに無理がある。まだ打開策など思いつかないけれど現状を保てればまだ望みは……、
ダンッ
そんな思考もおかまいなしに、僕の右腕をかすめるように弾は撃たれた。おそらく弾に触れたであろう箇所を確認すると線を描くように塗料が着いている。
「どうしてこうなった……」
どうしてもこうしても無いけれど、呟かずにはいられなかった。
「口よりも足を動かしたほうがいいですよ」
「なっ!?」
走るすぐ横の茂みからリーシェさんが飛び出てきた。そしてその手には銃が構えられていて……。
「うわぁぁぁぁっ!!」
咄嗟のことに左に進路を変える。リーシェさんを背にする方向だ。
後ろからは発砲音が2発聞こえたけど背中に当たった感覚はない。木に守られたのか、わざと外されたのか。考えるまでもない。待ち伏せをしてあの距離だったんだ。
「いったいどうしろって言うんですか」
一瞬自分の白い手足に気を取られながら森の中をガサガサと走る。
・
・
・
二人が途中から追いかけてくるのをやめたので、今は一人茂みに隠れて息を整えている。
今までわざと外してくるように撃たれた弾。二人は何を意図しているのか。きっと楽しみたいから、なのだろう。もっと本気で逃げまどえ、と言っているのだろう。けど……、僕が本気で逃げたところで、果たして彼女たちにどれほど通じるものか。
「ふぅ……」
パンッ。着ぐるみの手の部分をとって思いっきり両方の頬を叩く。
「よしっ!」
理屈じゃないんだ。
そうだ。あの人たちを前に理屈なんてものは、道理なんてものはまかり通るわけではないんだ。だから僕が本気を出して逃げたってオカシイことじゃない、オカシくなんてないんだ。
気合は入った。僕は本気で逃げる。
・
・
・
「ん〜、確かにこっちに来たっつー跡があんだけどなあ、隠れたか」
「ならそう遠くはないでしょう」
リカさんとリーシェさんの声が聞こえて隠れるために縮めている身がこわばる。
「遠くないとしたらアイツ気配消すの上手いな。それとも元々空気属性か」
「後者に一票」
ちょっと、本人近くにいる前提で聞こえるように言わないでくださいよ。もちろん二人ともわざと僕に聞こえるように話しているんだろうけど。でも、僕だってそんな簡単なカマに引っかかるわけにはいかない。……本気で言ってないよね?
今回、逃げ切るのは無理にしても一泡ふかせるくらいはしたい。
「やっぱ気配はナシか」
「天然空気」
ぐさっと刺さる言葉を流し聞きながら、それでも内心自分を鼓舞してこれからに緊張を募らせる。
もしミスをしたら自分の位置を知らせることになるこの作戦。タイミングは二人が所定の位置についたら。チャンスは一度だけ。
「アイツメンタル強くなったな」
「少しも動揺しないとは……、さすがに可哀想になってしまいますね」
ええ、もう好きに言ってください。
そして二人が歩き出した。一歩、二歩三歩……。
ガサガサ
僕は思いっきり走り出した。この作戦、石を投げて音を立てるでもよかったけどその方法だとこの相手には通用しないかもしれない。
なら、身を削ってでも注意を引くことが必要なこの作戦にはこれが最善だろう。
あとは祈るだけ。
▽
「出てきた!」
いち早く物音に反応して横で銃を構えるリカ。しかしその射線はすぐに木によって阻まれてしまう。
「逃がさねえよ」
そして私たちはすぐに地面を蹴る。が、
「ぎゃっ!?」
数歩といかないところでリカが転んでしまった。
「リカ?大丈夫ですか……、きゃっ」
「はむっ!?」
そしてリカに駆け寄った私も、リカに覆い被さるように転んでしまったのだった。
「お前……、わざとだろ」
草の隙間からリカの非難の目が私に刺さる。
「さあてどうでしょう?」
あえてどうとは言わないでおく。しかしこれは予想外でしたね。
「なんだよ、してやれたのか。……にゃろう後悔させてやる」
リカは私を退けながら立ち上がろうとする。イージートラップなんてものじゃない、そんなものにかかるなんて苛立ちも大きいのだろう。
「ってか降りろよ!いつまで乗ってんだ」
▽
どうやら作戦はうまくいってくれたようだ。後ろから追いかけられているような音はない。発砲もなかった。
作戦は自分でもうまくいったのが不思議なくらい簡単なもの。
ただそこらの草を結んで、見えにくいように細工して、僕という囮で足下から注意を逸らす。それだけ。
ちょっと後が怖いけど、今は走って距離を稼ごう。今度は木に登るとかするかな……。
パンッ
それはまたすごい近くで鳴った音だった。塗料が破裂する音なんか聞こえずに右のこめかみに痛みが走った。次いで何か水が顔にかかったような感覚。
しかも頭に貰った衝撃が強くて左に体が傾く。
ちょっとこれは立ってられないな。そして茂みが僕の体を受け止めてくれた。
右のこめかみを手でなぞるとベットリと赤い塗料が着いている。
「やられちゃいましたね」
すぐそこの木に声をかける。
「運が悪かったんですよ。元々私はずっとここにいたので」
木の上には銃を抱えたアンナさんがいた。
「それにクムラさんが全くもって隙だらけだったので」
「……狙撃。アンナさんわりと怖いひとですね」
「なっ?あの二人よりはマシですよ……」
だからって脳天直撃を的確に、油断してる相手に撃てるなんてのは怖い。
「あと、ですね」
「はい?」
「降りるの手伝ってもらっていいですか?」
「登ったのに?」
「降りるの考えてませんでした」
この後木から降りたアンナさんと森から出たら、怖いオーラを放っているリカさんに捕まってしまった。
やっぱりアンナがの方が優しいのかもしれない。
クムラの作戦はポ○モンで言うところの「草結び」です