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ガチやん……

誕生日回に2ヶ月かける無能な作者

「これがネクタイ……」


 慣れない初めての感覚につい首元を緩めようと手をネクタイの結び目にかける。


「ダメですよ、ほどけたら誰も直せないんですから」


 それを正面に座るアンナさんにたしなめられる。

 確かに、と思い手を膝の上に置き直す。結局あの後エリクさんに泣きついてネクタイを締めてもらった。その時にエリクさんに「社会人なら覚えておきなさい」と言われてしまった。

 ……反省。いや軍人ですけどね。


 今は送迎の車に揺られ一路パーティ会場へと向かっている。

 基地の前には不釣り合いな長い黒塗りの車を見た時はこれに乗るものだとは思わなかった。

 車の中は一般車両では見たことも無い仕様で、シートが向かい合ってできている。軍事車両ならそんな珍しくにいんだけどなー、これ軍事車両じゃないんだよなー。

 なんというか高そうな感じがモロに伝わってきて落ち着かない。


「やっぱり僕帰っていいですかね?」

「ダメに決まってんだろ」


 一蹴。


「ここまで来て帰るなんてそもそも無理な話だ。腹くくれや」

「たまにリカさんが男前に見えます」

「褒めたって何もないぞ?」


 若干嫌味のつもりで言ったものはアッサリと流されてしまった。勝てない。






 ▽


「着いちゃいましたね」

「着きましたね」

「いい加減腹くくれって」


 及び腰の僕に現実と叱咤を喰らわせる二人。いえ、二人の言ってることは尤もです。

 ただ言わせて欲しい。


「これが家ですか?宮殿とかじゃないんですか?」


 そう思えるほどに広い。さすがに基地ほどではないだろうけど(そうあって欲しい)広い庭はサッカーどころか並列に野球をやってもお釣りがくるほどに広い。

 奥に見える一目で高級感が伝わってくる家?建築物は確かにパーティをしたっておかしくない大きさだ。場違いだと身体が訴えてくる。


「確かに家だ。3家族ぐらいが一緒に住んでるらしいから個人の負担は少ないらしいぞ」

「それでも億単位と思いますが?」

「大げさだな。土地が安いんだろ」


 そういう問題じゃない気がするけどそういうことにしておこう。

 車が止まった。窓の外を見れば立派に整えられた木々が青々とその立派さを覗かせてくる。

 嫌な汗が出てきた。


「到着しました」


 ここまで運転してくれていた運転手さんが確認にと声をかけてくれる。でも今は僕を現実に誘導する悪魔の囁きに聞こえてしまう。




 少しの間僕は動けなかった。このまま動かなかったら、今日のこの出来事は夢で終わってくれるのではないかと、そう思った。


「さっさと立て」


 この一言とともに頭をはたかれるまでは。







 ▽


「うはー、やっぱスゴイですねー」

「そうだな、回れ右して逃げるんじゃない」


 首根っこをガシッと掴まれてしまった。


「さすがにもう諦めたほうがいいと思いますよ」

「……ですね」


 結局逃げることもかなわないと悟って諦めることにした。諦めさせられたとも言う。


 最後尾について開け放しにされた会場に入るとまるで中世のパーティのような、そんな感想が出てくるような立食形式のパーティが既に始まっていた。

 というかもうね、ちらほらとテレビでしか見たことのあるような人が前を通っていくのはただただ怖いとしか言いようがなくて足がすくんでいる。


「あら、来てくれたんですね」


 これまたドレスコードに身を包んだリーシェさんが(挨拶のためだろうか)入り口付近に立っていた。

 誰かが「白は主役の色」って言ってたのを思い出すようなドレスを着こなしているリーシェさんを見て、改めて自分の格好を省みる。本気で頭が痛くなってくる。


「誘ったのリーシェじゃん」

「まったくです」

「ハハ……」


 堂々としたリカさんやアンナさんと違い僕はもう渇いた笑いしか出ない。


「あらクムラさん……」

「どうしました?」

「似合ってませんね(笑)」


 主賓としてどうかという言葉を容赦なく(しかも笑顔で)投げ捨てられ精神がガリガリと削られていく。


「どうかごゆっくり」


 そんなことを気にも止めずささっと取り繕い来場者への挨拶へ戻るリーシェさん。さっきの言葉は言う必要があったのだろうか。


 上の空の僕をリカさんとアンナさんが引っ張ってくれたお陰で迷惑にならなかったらしい。






 ・

 ・

 ・


 あれから一時間位経っただろうか。大分落ち着くことのできた僕は2人と一緒に壁の花になっていた。2人ともこの会場に知り合いらしい知り合いもいないらしく大人しくしていようってことで話がついたからだ。


 そしてまたしばらく経った時だった。


「アタシちょっと行ってくるわ」


 リカさんはそう言うと足早にどこかへ行ってしまった。


「あー……、私もちょっと」


 さらにアンナさんも同じく足早に行ってしまった。

 一体何事かと思ったが迂闊に動き回るのもはばかられるのでじっと壁に佇むことにする。


 すると前から見知らぬ男の人が、なぜかこちらに向かって歩いてくる。


「ちょっといいかな?」


 やはり声をかけられた。


「僕、ボーイさんではないんですけど」


 既に今日五回間違われているので今回もそうだと思ってそう口に出す。


「知ってるよ。確か……クムラくん、だったか?」

「あ、そうです」


 なぜか名前を知られている。そのことに少し驚いて反射のように背筋を正す。


「そんなかしこまらなくてもいいよ。わたしはカルロ・ミネール。リーシェの父親だ」


 穏やかな笑顔で自己紹介をしてくれたカルロさん。言われればどこかリーシェさんに似ているかもしれない。

 笑顔とか……。


「クムラユキオです。えと、リーシェさんにはお世話になってます」


 言いながら一礼する。


「丁寧にどうも。ところで、他にもリーシェの友人が来ていると聞いたのだが……」

「さっきどこかへ行っちゃいました」

「そうか……、まあ後で会えるだろう」


 カルロさんはさして残念という様子もなく辺りを見てからこちらに向き直る。

 なんというかこの人、笑顔の中に聡明な感じがありありと伝わってきてきっとすごい人なんだと感じさせてくる。

 まあ会場を見ればわかるんだけど……。


「クムラくん」

「は、はいっ」


 考え事をしている時に凄みを持つ人に声をかけられると少し焦る。なにも悪いことなどしていないのに。

 カルロさんは少しクスリとしてから改めて優しい目でこちらを見る。


「娘はなにかとイタズラ好きで迷惑をかけるかもしれないが、仲良くしてやってくれるかい?」

「勿論です。むしろこちらが仲良くしてもらう立場というか……」

「ハハッ、聞いた通り面白いな君は。ま、よろしく頼むよ」


 ポンと肩をに手を乗せてそう言うとカルロさんは人混みの中へ消えて……、いやカルロさんが通ろうとする先にいた人たちが道を開けている。モーゼってこんな感じだったのかな。


「ようようお疲れさん」

「一人にしてすみません」


 まるでタイミングを見計らったかのように2人が戻ってきた。


「あの、わざとですよね?」


 何を、とは言わない。


「ん〜?なんのことかな〜?」

「いえ!決して対応をクムラさんに任せようとか、カルロさんはちょっと苦手だなー、とかそう言うのじゃないですから!」


 誤魔化せていない人が酷く滑稽に見える。


「まあそう渋くなるなよ。食いもん持ってきてやったからさ」

「の、飲み物もありますよ」


 そうやって両手のお皿とコップを渡してくる2人。


「そりゃどうもです」


 受け取って一応とお礼を言う。本当に一応だ。

 リカさんが持ってきた料理は見たこともない位小さいサンドイッチだった。こういうパーティでは立ちながら、よりもすぐに食べられることを優先してのことなのか全体的にサイズがミニマムだ。それをパクと一口で頬張る。

 美味しい。レタスとハムとチーズというシンプル組み合わせなのにとても美味しい。素材がいいのだろうか、それともマスタードに秘密があるのだろうか。

 おおよそ素人には見当もつかないので考えることをやめて食べることに集中する。

 そして喉が渇いたのでアンナさんから受け取ったグラスを傾ける。それは飲んだことのないモノだった。


「あれ?アンナさん、これなんです?」


 すると視界がフラフラと揺れ始める。いや揺れてるのは僕だろうか、身体が内側から浮遊感を訴える。


「それお酒です。疲れてるのならと思ったのですが」


 なるほど、合点がいった。




 つまり僕は酔ってるんだ。

 そしてそれからのことは覚えていない。






 ▽


 目が覚めるとまた揺れを感じた。どうやら車の中のようで、つまりは帰りの途中だとわかった。

 半分寝ぼけている状態で体を起こし眼をこする。


「起きましたか、ごめんなさいお酒弱いと知らずとはいえ……」


 すると向かいの席に座っていたアンナさんが謝ってきた。眠気と痛みを感じる頭をフルに動かして言葉を出す。


「いえ、もう大丈夫で、ふぁ……」


 さっきのアンナさんの言葉で自分がお酒を飲んで酔っていたのだとやっとわかった。まだ頭が完全に起きていないからかだらしなく欠伸がでる。


「……まだ寝てても大丈夫ですよ」


 そんな僕にアンナさんは気を使ってくれる。


「じゃあもう少し寝ます」


 そう言って僕は目を閉じた。まだ酔っていたのか車の揺れは全然気にならなかった。

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