ドレスコード!
「おはようクムラ、今日はお前有給だから」
出勤からいきなりのその一言に僕は面食らった。いや、それ以外になんと言えばいいのかという程である。
「おはよう、ございます……」
やっと頭が追いついてきた頃に事を理解する。
「勝手に有給使っちゃったんですか?」
「おう!」
驚きや憤りを通り越して「なんでだろう?」という疑問しか出てこない僕は未だに動けなかった。
「あのですね、今日はリーシェの誕生でして……」
そろそろ説明が欲しいな、と思ったところでアンナさんが話し始めてくれる。
「毎年パーティをやってるんですけど私たちもそれに出なさいとリーシェのご両親からお誘いいただきまして、そのパーティに出るために今日は休もうということです」
「ありがとうございます。事情はわかりました」
アンナさんの説明のおかげで今の状況を察することはできた。
「けど、なんでソレを僕に伝えてくれなかったんですか?」
僕は迷うことなくリカさんを見据えて問う。
「面白そうだったから」
「ですよね」
そういやこの人はそんな人だった。
「んじゃこれに着替えてなー」
そう言われ手渡されたのはビニールに覆われたスーツ。
「え、そんな立派なパーティなんですか?」
「アタシたちも着替えるから覗くなよ」
「そんな死に急ぐようなことしませんよ」
結局はっきりとした返事をもらえないまま部屋の外に出る。
そして手に持っているスーツのビニールを取り外せば、知識のない僕でもわかるような肌触りのよい高そうなスーツが出てきた。
「まじですか……」
誰にともなくため息を吐いた。
▽
一回自分が使わせてもらっている部屋まで戻ってスーツを着てみた。
部屋に備え付けてある鏡を見るとそこには完全に服負けしている僕が立っていた。
「うわぁ……、これは酷い」
それでも指定された物なのだから今さら覆すわけにもいかない。
仕様がないと隊の部屋の前に戻る。
すると部屋の前にはすでにリカさんとアンナさんが立っていた。
「お待たせしました」
そう言って近づくと、二人もこちらを認める。
そしてリカさんはすぐに口を開いた。
「遅いな、そして似合わないな」
「わかってても傷つきます……」
バッサリと斬られて少し凹む。
そしてチラと二人を見れば、軍の基地に似つかわしくないドレスが目に入る。
「クムラさんに「高いの着せて己の価値をわからせてやろう」と言ったのはリカじゃないですか」
アンナさん、その言葉も少しキます。
そんなアンナさんのドレスは青いワンピースみたいな感じだ。うん、種類とかはよくわからないけど似合うってことはわかる。
対してリカさんは赤くて、少しフワフワのついたドレス。なんていうか活発な感じが伝わってくる。
そして似合っているんだな、と見れば自分がいたたまれなくなる。
「ここまで来てなんですけど、恥ずかしくなってきました」
「残念、替えはないぞ」
「ですよねー」
僕は乾ききった笑いをだす。
そんな時アンナさんがこちらを不思議そうに見ていることに気づいた。
「どうしました?」
「いや……ネクタイを着けてないなと思いまして」
「ああ」
そして自分の首元を見る。
確かに指摘通りネクタイは着けていない。シャツの白さが露わになっている。
「実は結べないんですよ、ネクタイ」
そう、僕はネクタイを結べない。中学も高校も学ランだったが故に結んだことがないのだ。
「ダメだぞ、ネクタイしないと会場に入れない程だからな」
「うええ、やっぱ僕行かないほうが良いんじゃ……」
「リーシェの親になんて言うよー」
「うっ……」
そうだ、こんな若輩者が好意による誘いを断るなんて礼儀知らずにも程がある。まだ見ぬ主催者の話を切り出されてしまってはなにも言い返せない。
「でも結べないのはしょうがないじゃないですか」
「確かになー、アタシも出来ねーし。アンナは?」
リカさんの言葉に吊られてアンナさんの方を見る。アンナさんしっかりした人だからこういうの卒なくこなせそうだ、と少し期待して見る。
「出来ますよ。やりましょうか」
そう言って手を出すアンナさんがとても神々しく見えた。
差し出された手に持て余していたネクタイを渡す。
「じゃあやりま…………あっ……と、これ、は……できま、せん」
「ええっ!?」
ここに来て出来ないと言われるとは思ってなかった為に少し変な声が出てしまう。
「おいおいアンナちゃん、さすがにやってやらないと向こうの親御さん新人見たいって期待してんだよ?まさか男にネクタイするの初めてで恥ずかしいとか?」
「そ、それはわかってます、恥かしいとか、けど……」
珍しく正論でアンナさんに言いよるリカさん。対してアンナさんはなにか言い淀んだ様子だ。
「「けど?」」
と、重なった声がアンナさんにかかる。アンナさんは顔を赤くしながら口を開いた。
「その、私前からネクタイ結べなくて後ろからじゃないと、できません……」
だからなんだと言うのか、イマイチ僕にはわからない。リカさんもよくわかってないないようだ。
「だからそのっ、腕を回さないとできなくて私背が低くて、総じて腕が短くて、つまり……」
「「つまり?」」
まだわからない僕たちは聞き返す。
するとアンナさんは大きく息を吸い込んだ。
「つまり距離が近くなって、だからっ……!恥ずかしいんですよ……」
吸い込んだ息とは裏腹にその声は小さかった。
なんかごめんなさい。