プロローグかと思ったか、ふっその通りだ
決して手狭ではないが、広いとも言えない部屋。そこには3人の人がおり話をしていた。
「……というわけで、この正体の人員補給の話を始めます」
部屋に置かれたホワイトボードの前に立っている、眼鏡をかけた短い黒髪の女が言う。
「ま、とりあえず適当に決めといて〜」
ホワイトボードの前に置かれた机に両肘をつき興味がなさそうに言うのは赤毛を頭の後ろでまとめた女だ。
「リカ、真面目にやらないとダメですよ。また除隊者を出したらなに言われるかわかりませんからね」
リカ、赤毛の女にそう諭すのはリカの対角に座る長い白髪の女。
「あー、あのおじさんかー。アタシあいつ苦手だなー。いつもうるせーし」
「なら真面目にやりなさい」
「へいへい。リーシェは真面目ちゃんだねー」
赤毛の女は伸びをしながら姿勢を(ある程度)正し、ホワイトボードの方に顔を向ける。白髪の女、リーシェもホワイトボードを見る。
ホワイトボードには『辞めない人を探そう』と書かれている。
「しっかし、このタイトルはどうなのかねぇ?」
リカはホワイトボードの前に立つ女をバカにしたように、リーシェに問う。
「確かに。人員補給よりもアンナのユーモアのセンスが心配ですね」
リーシェは「はぁ」とため息を吐きながら心配そうな目で、ホワイトボードの前に立つ女に投げかける。
リーシェの(あくまで)心配そうな目はその女の精神にダメージを与えるためにつけられたオマケであり本当に心配しているわけではない。
そんなまるで残念な子を見るような目に不満を感じたアンナと呼ばれた女は文句を言おうとも思ったが、この会議においては邪魔な話題にしかならないと判断し受け流した。
「あれだな、アンナを一回お笑いの養成所に通わせたらいいんじゃないか」
「リカ、アンナはもう手遅れなのよ。その程度ではどうしようもないわ」
決して受け流すのが得意ではないアンナに追い討ちがかかる。精神的にそれほど強くない彼女にはこの言葉だけでも十分なダメージを与えられるのだ。
「どうせ私なんてつまらない女ですよ……」
と、ホワイトボードの脚に寄りかかるようにしゃがみ地面に『の』の字を書くアンナ。その声は若干鼻声であったと後にリカとリーシェは語る。
「そんな面白い反応だから玩具にされるんですよ」
「酷い……、私なんて……私なんて……」
「わかりやすくいじけんなよ。それより今はその人員補給の話だろ」
このリカの言葉にスクと立ち上がり2人には聞こえない声で「自分たちから弄ってきたクセに」と呟く。
目尻を拭いアンナは2人に向き直るとさっきまで泣いていたとは思えない凛々しい顔で口を開く。
「そうです。人員補給の会議です。この小隊が結成されてからの2ヶ月で既に7が辞めています。さすがにこれ以上除隊者を出してしまうと上に何を言われるかわかりません。なので今回は真面目に《・》話し合いあいましょうね」
と、「真面目に」を強調したその言葉にはアンナの日々の不平が込められていた。
「立ち直り早いねー、アンナちゃんは。これだから揶揄い甲斐があるってもんだよー」
「右に同じ」
「真面目に《・・・・》やりましょうね?」
これが特殊機動攻撃部隊第07小隊に与えられた部屋の中での日常。
しかし本人たちは気づいていない。その騒ぎっぷりのお陰で周りからは「姦し娘」と、一昔以上は前の呼ばれ方をしていることを。
「と、言いましても今までだって成績優秀者を招いたりしても付いてこれなかったりして、自信喪失されたりとかでしたし、かと言って能力の低い人が来ても足手まといですし、ハッキリ言って難しいですよ?」
このリーシェの指摘は自意識過剰に聞こえるかもしれないが尤もな話だ。
この3人、見た目は成人前の女性なのにそれぞれの能力が並をはるかに超えている。
故に、彼女たち以外の成績優秀者をこの小隊にに入れたとしても自信喪失、もしくは付いて行けなくなり除隊してしまう。
「だからそれをどうやって辞めさせないか、を話し合うんじゃないですか」
アンナの言葉に「真面目だねぇ」とリカは他人事のように呟く。
「真面目にやってください!」
と、アンナは机に向かって突っ伏そうとするリカに言う。それを受けてリカは「へーへー」とやる気のない返事をするだけなのだが。
そして何を思ったかリカは急にガバッと上半身を起こし「いいこと思いついた」と笑う。
「なにか思いつきましたか?」
アンナは初めての打開策になるかもしれないリカの言葉に期待を込める。
「アンナ頑張ります色仕掛けで男をオトしちゃえばい……」
「却下」
「はやいー、アンナちゃん流石にそのタイミングははやいよー」
リカの意見を、最後まで言うのを待たずにアンナはバッサリと跳ね除けた。
「ヤですよ、そんなの。私はそんなこと絶対にやりませんからね」
「ですよね。いくらアンナさんと言えど、そのまな板では男はオトせませんよね」
と言いながらリーシェは自分の腕に胸を乗せ強調しながら言う。その光景にアンナは思わず息を飲んでしまった。
リーシェがそうするほどにその大きさがわかりやすくなる。
アンナは「自分が望む以上のものを目に前にすると、もう羨ましいとも思えなくなってしまう」と悟った。
「いいこと思いついた」
「なんですか、フザケタのだったら撃ち殺しますよ」
「こわいなー、でもでもダイジョブ。今度は真面目だから」
またも同じことを言うリカに釘、というか銃弾で脅しをかけるアンナ。それに動じる様子もなく「今度は大丈夫」と言ってのけるのはリカだからできることだろう。
尤もアンナは「今までは真面目じゃないんじゃないですか」と不満を洩らす。
「要はさ、辞めなければいいわけだろ」
「ええ、そうですが」
「つまりさ、もう後がない奴捕まえればいいんだよ」
「はあ……?」
アンナはリカの言っていることがよくわからなかったがとりあえず頷いておいた。そのそんなアンナを尻目にリーシェは「なるほど」と頷いている。
まだリカの言っていることが理解できていないアンナにリーシェは説明を入れる。
「要するにリカは『今までみたいに成績優秀者は他の隊に拾ってもらえるけど、もうボロボロの奴だったらココを辞めて他に行くあてもない。そんなゴミクズを探せばいんじゃね』と言いたいのですね」
「そう!それそれ」
「後半の言い方!リカはそれでいいんですか⁉︎」
「んー、こだわりないし」
「そういう問題では……」とアンナはさらに言葉を紡ごうとしたが諦めた。リカは自分の評価を気にしないし、リーシェは清楚そうな見た目に反し黒い。そのことに思い至ってアンナは諦めた。
しかし、それでもアンナの疑問は消えないもので、
「そうなると、私たちに付いてこれないのでは?それは避けたいとリーシェも言ってたじゃないですか」
そう、アンナが最初から引っかかっていたのはコレである。この小隊は他の隊よりもレベルが高い。ほぼ異次元と言ってもいいほどに違う。そんな処に「もう後がない程の人」を入れるのは避けたい。
ここは軍部であり統率が取れなければそれが命取りになる、そんな厳しい処でもあるからだ。
しかしリカは、
「それも大丈夫。ソイツには基本パシリやってもらうから」
と言ってのけた。
「私は異論はありませんよ?アンナもありませんよね?」
リーシェの言葉の「反論するんじゃねぇぞ」という部分をひしひしと感じたアンナは
「なんか思い切り“メーデー”って叫びたい気分ですよ」
と言いながら、来るであろう新入りのために胸の前で十字架をきった。
「よし、んじゃあこの中のー……、コイツだ!けってーい」
リカは机に乗せられた大量の履歴書のような紙の中から成績最悪の者を見つけ出し、机にバンと叩きつけた。
その紙の名前欄にはこう書かれていた。
『クムラ・ユキオ』
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