六
どことなく挙動に不自然な感じがある細身の男に駅員は照準を絞ったようだった。
「とりあえずお名前を伺っても?」
たったこれだけの問いかけに対して、細身の男は整った顔を無様に引きつらせた。のど仏が大きく上下したのは生唾を飲み込んだのだろう。不細工ではないのに、どうも動きがオタオタしていて醜く見える。
「キ、キタジョウです」
「キタジョウさん?」
頭の中で恐らく漢字に変換できなかったのだろう。少し怪訝な表情を浮かべた駅員に対して男は慌てた様子で「あの、その、戦国武将の北条氏と同じ漢字でキタジョウです」と答える。
すると機嫌悪そうに押し黙っていたオタクが顰めていた眉をさらに厳めしく寄せ、まるで親の仇を見るような険しい視線を北条に浴びせかける。声には出していないが口が「なんだとお」と動いた。
「ホウジョウシ?何ですか、それ」
ツクツクボウシの仲間ですか?軽い調子で訊ねる駅員。
「貴様は北条氏も知らんのか」
オタクはこの部屋の何もかもが気に入らないような口調で駅員に噛みついた。
「知らないものは、知らないんですよ」
意外に神経が図太いのか駅員はさらりと受け応えたが、北条の方が恐縮していてオタクと駅員に頭を下げた。
「すみません。つまり、方角の北に法律の条文の条。それで北条なんです」
ああ、こうですか、と得心顔になってメモ帳に書いて見せた字は「北状」だった。これでよく駅員が務まるものだ。
北条がうんざり気味に「北状」の横に丁寧な字で訂正して書きこむ。
「あー、これね。たまに見かけますよ」
駅員はあくまで軽い。「で、北条さん、ご職業は?」
訊ねられて北条は恥ずかしそうに俯いた。
「絵を描きます」
なるほど。言われてみれば北条は確かにその服の色遣いや、なよっとした物腰から芸術家っぽい独特な雰囲気を漂わせていた。
私はアーティストを見るのは初めてだった。絵画と小説とで分野は違うものの芸術を志す私の北条を見る目が少し変わった。知り合いになれれば創作活動について意見交換ができて良い刺激がもらえそうだ。
「お絵描きですか?」
駅員は明らかに怪訝な顔をしている。彼の頭の中には幼稚園児と画用紙でも浮かんでいるのだろうか。
しかし、北条は面倒なのか恥ずかしいのか訂正しようとはしない。
オタクは蔑むような視線を駅員に当てて鼻を鳴らすだけだった。
「画家さんってことじゃないかな」
仕方なく私が助け船を出す。
駅員は、そういうことか、と得心顔で大きく口を開けた。
「画家なら画家って言ってもらわないと分かりませんよ。それとも自分で画家って言うのが照れくさかったんですか」
職業を訊ねて絵を描くと聞けば普通は分かりそうなものだ。しかし、照れたというのは案外的を射ていたようで、北条はさらに身を縮めて頬を赤らめた。
画家だなんてかっこいいですね、と駅員は希少な人種である画家と言葉を交わすことができたという事実に満足したように、北条を見る目に優しさを湛えた。