Vo.22
"あーあ、仕事で失敗しちゃった...ちょこはぴ食べよ。"
パクッ。女の人は目を見開く。
3.2.1...GO!!
モノクロの映像がカラフルになり、ポップな音楽が鳴り出した。女の人がド派手な服を着て周りに小さい女の子を何人も引き連れて踊り出す。みんなノリノリだ。
"Do you like chocolate?ちょこはぴっ!"
新発売!
「ありさかわいい~!」
千里が私のヒザの上でテレビを見つめていた。大きな目がキラキラと輝いてる。
「ホント?ありがとう~!」
私は千里をむぎゅってした。千里がかわいいって言ってくれるなら誰がなんと言おうとどうでもいい。
「有理沙さんももう有名人ですね~。」
鈴恵さんが隣に座る。
葵の隠し子疑惑が出てからは千里の安全を確保するため、嬉しいことに私の家にいる期間が長くなったのだ。私の家はマンションで、パパラッチが来ても私の家にいるなんて思わないだろうからというのが主な理由。
「やめてくださいよ鈴恵さん~!そこまで有名人じゃないですから~!」
とは言うものの千里に褒められて私はまだデレデレしてる。
「明日は午後からお仕事ですよね?」
「そうです~、帰りが遅くなるかも...」
♪~♪~♪
「お電話ですか?」
「いいえ、メールです。誰だろう...?」
"♡松田さん♡"
きたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!
前回から13時間46分ぶりのメール!!!
"今CMみました。すごくかわいいね!録画しとけば良かった(^_^;)"
松田さん、まさかの顔文字?あんなルックスの人でも顔文字って使うのね~!お茶目っ!!
それにすごくかわいいねだって!!!聞いた?かわいいねだって!!!フォーーーーー!!
今沸騰した鍋の中に放り込まれても気がつかないくらい幸せだわ~!!!
「ありさどうしたの?」
「あのね~恋しちゃったの!!ふふふ...!」
相手は年上でイケメンのジェントルマンっ!!フーフー!
「ありさはお兄ちゃん好きなんじゃないの?」
うっ...!!千里は大きな目を不思議そうに見開く。千里は事情を知らないんだった...有理沙、不覚っ!
「えーと...それは...」
「千里さんがアンパンマンを好きな感じですよ。千里さんがアンパンマンを好きでも有理沙さんや葵さんも違う意味で好きでしょう?」
鈴恵さんはさりげなく私にウインクした。
鈴恵さん、ナイスナイスっ!!さすがベビーシッター歴...何年だ?まあいいや。
千里はよくわからないって感じの顔してたけど、自分なりに解釈したみたいだった。
それにしても私、このメールで10年は生きて行ける!
うわっ、何この張り詰めた空気感。
撮影所にはいるとピーンと刺繍の布のような空気だ。みんな真顔で黙々と仕事をしてる。
「なにかあったんですか?」
私は山下さんにささやく。
「多分今日は編集長がいるからだ。こえ~!」
山下さんはブルっと体を震わす。
少し離れた場所に異様なオーラを漂わせる女性がいた。恐らくこの空気の元凶。
スタイリッシュにブラックのコートを着こなし、室内なのにサングラスをかけている。
あれが編集長か...確かに近寄りがたい空気...プラダを着た悪魔のミランダまさにそのものだわ。
「あらあら、"人気急上昇中モデル"のご登場よ。」
後ろからいじわる先輩がコツコツとハイヒールを鳴らしてやってきた。
ヒー!!怖いようっ!!松田さん、松田さん....
「なにこれ?」
いじわる先輩は乱暴に私の毛先をつかんだ。
「...毛先?」
「違うわよっ!何この色?」
張り詰めた空気がますます張り詰める。編集長さえもこっちを見つめている。
「ディップ・ダイです。最近ハリウッドで流行ってて...」
「こんなの日本で流行ると思ってるの?バカじゃない?ねぇ?」
いじわる先輩に同意に求められたスタッフたちは複雑に笑う。
「私はやりたいことをやってるだけです。流行なんてどっかの委員会が決めた"流れ"に過ぎませんから。では。」
必殺、皮肉笑いしながらrun away。
その様子をスタッフ、モデル、そして編集長が見つめてた。
ヒィィィィィィィィィィィィ...怖いようっ...
「すごいね美咲ちゃん...」
山下さんが小声でつぶやいた。
「ははは...」
弱々しく笑う。
「そっそれでは撮影行きまーす!!」
気を取り直して"秋冬先取り特集"っ!
カシャッカシャッ
「ミステリアスに笑ってください~!」
それって薄気味悪い笑いってこと?どういう...?まあいいや!
ニヤッ...
「いいね美咲ちゃん~!!」
いいのか?いいのか?これで?
編集長が私をガン見してるんですけどぉ?めちゃくちゃ怖いんですけどぉ?
しかも今いじわる先輩が舌打ちしたんですけどぉ?
「はい一回休憩でーす!...?えっはい?はい...」
めちゃ怖編集長がスタッフに耳打ちをしている。
モデルの顔に不安の色がでる。
「皆さん一回集合してください!」
みんなが恐る恐る集まる。
めちゃ怖編集長が口を開いた。
「来月...ユア・スタイルのモデルチームとしてテレビに出演することになったわ。」
どこかトゲのある声で言われた言葉にモデルたちはどよめいた。
まあ、私には関係ない話だわ。
私おしゃべり苦手だし、そもそも人前でなにかするのも苦手。えっ?それなのになんでモデルになれたかって...知らん。
PVに出てからいくつかテレビ出演のオファーあったけど全部断ったんだ。てか、山下さんが断ってくれた。
山下さんは私のことよく分かってくれるんだ。
「3人。出演するわ。」
一気に静かになる。咳も聞こえない。
「千夏は決定よ。テレビ慣れしてるから。あとの3人を今からの撮影の状況で決めるわ。」
みんなが真顔で顔を見合わせた後、慌てて衣装を着替えに衣装室に我先にと走っていった。
「美咲ちゃんは当然興味ないよね~。」
「ないですよ。私この差し入れ頂きまーす。山下さんも食べます?」
「僕はさっき食べたからいいや~。」
「そうですか~。」
ミルフィーユみたいなクッキーをサクッと食べた。
「おいしー!!どなたが持ってきたんですか?」
「あっ...私です...」
メガネをかけた女の人がオドオドと出てきた。
「これ美味しいですね!ほっぺた落ちそう~もしも落としてしまったら誰か拾っていただけます?」
ちょっとしたユーモアだ。ありがたいことにみんな笑ってくれた。少しは和やかになったかな...?
めちゃ怖編集長、笑ってください。怖いです。てかどこ見てるんですか?サングラスつけてて視線みえないんですけど...?
「美咲ちゃん、最近イケメンの話はどうなったの?ん?」
山下さんが私を小突く。
「今はまだメールの段階です。彼ってホントイケメン...」
私は自分の世界に浸った。あのキレイな顔に甘い声に...
「そういえば千夏さん、1ヶ月前に恋人と破局しましたよね?新聞に出てた...」
スタッフさんの1人がなんか言ってたけど私の世界には踏み込めない。
ああ...また会いたいな...松田さん...
「複雑ですよね~、自分の専属の雑誌の姉妹誌の編集長が元恋人だなんて。」
松田...へ?
「千夏先輩の元恋人って...?」
「美咲ちゃん知らないの?」
みんなが私を不思議そうに見る。まるでアメリカ人がミッキーマウスを知らないと言ったみたいに。
「ほら、松田飛龍だよ。キスハグの編集長!」
山下さんの言葉が私のDream worldを崩れさせた。
ウソぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!




