Vo.21
「本日はキスハグ発売記念パーティーにおこし頂き...」
あー早く話終わらないかなー?目の前でローストビーフが"早く僕を食べて"って言ってるんですけど~!
誰だか知らないけどお兄さん、話は手短によろしく!
「それでは...」
ビーフ!ビーフ!ビーフ!ビーフ!ビーフ!
「女性誌キスハグの編集長松田飛龍さんからお言葉を頂きます。」
なんで?!みんなには分からない?!ピンクの柔らかい宝石から黄金のしずくを滴らせてる国宝を!!編集長とやらの話はどうでもいいから早く食べてあげようよ!
「美咲ちゃん、跳ねないで!」
千夏先輩が呆れ顔でこっちに歩いて来る。
「ローストビーフが私を待ってるんです!」
私はパタパタと足踏みをした。
「はぁ?」
先輩は真っ赤で体に張り付いてるようなドレスを難なく着こなしている。
私が足踏みしてるのを先輩は制した。
跳ねるってこういうことか。自覚症状なかったわ~。
「気持ちはわからんでもないけど、落ち着きなさい。」
はい...
「それにしてもよくこのブルーローズホテルの宴会場なんかでやれたわね~。」
薄暗くなっている部屋でもキラキラと光るシャンデリア、広々としてゆったりと出来そうなソファ、そしてシャンデリアに劣らず輝いてる...料理の数々。
さすが一流よね、と言わんばかりに先輩は首を振った。
「まあ、美咲ちゃんも頑張ってね...聞いてる?」
私はローストビーフから滴らせてる宝石を目で追っていたところだった。
「...あっ!すいません。ローストビーフが...」
「あなたを待ってるのね。」
先輩はもはや半分笑ってる。
「なんですか?」
「頑張ってねってこと。あなた今知名度上がってるんだから、ありとあらゆる会社があなたをなにかしらのイメージに狙うはずよ。でも選ぶものは自分のイメージに合ったものにしなさい。じゃなきゃ自分がキツくなるから。」
はぁ...よく分からないなぁ。
「まあ、お互いに楽しみましょ!」
先輩はポンポンと肩を叩いて人ごみに消えた。
「それでは乾杯と行きましょう。みなさん、グラスをお持ちください。松田さん、掛け声お願いします。」
リンゴジュースの入った自分のグラスを持ち上げる。
ビーフ!ビーフ!ビーフ!ビーフ!ビーフ!
カモンベイビー!
「それでは...カンパーイ!」
びーーーーーーーーーーーふっ!!!
「コックさん、ビーフ2枚くださいっ!!」
「うんまっ!!」
宝石は想像以上に美味しかった。
「あらら?!美咲ちゃん、同じこと考えてたってか?」
山下さんがお皿にローストビーフをてんこ盛りにしてやって来た。
どうやら山下さんは他人のローストビーフまで奪ってきたらしい。
「いやいや、乾杯終わったら真っ先にローストビーフへ飛び込むつもりだったんだけど~」
山下さんはナイフとフォークを手に取り、侍のようにポーズをとった。
「それではっ!」
「山下さん?けどなんですか?」
「けどけど~美咲ちゃんをイメージモデルにしたいっていう会社が僕にわいわい押し寄せちゃって~」
口にローストビーフを入れてとろけそうな表情だ。
つい30秒前に私も恐らく同じような顔をしていたはず。
「でも...」
私と山下さんは顔を見合わせる。
こういう時の価値観は驚くほど2人は合う。だから私は山下さんをマネージャーに選んだようなものなのだから。
「仕事は...」
薄気味悪い笑いをお互いに浮かべる。
「食事を待つ時間だけっ!」
声がそろい、2人でドヤ顔をしたあとは黙々と自分たちが手に入れた"宝石"を口に運んだ。
「コーンポタージュか...」
新たな狙いを定めた。"黄金の泉"。贅沢にお皿に泉をよそう。
「おいしそ~!」
スプーンをとり、自分の席に戻ろうと方向転換したときだった。
「あっ!」
「うおっ!失礼っ!」
男の人にぶつかりそうになった。
「やだ...ごめんなさい。」
「いいんですよ。お気になさらずに。」
ふとその人の顔を見たときに、まるで頭の上にレンガが落ちてきたような衝撃が走った。
すっごくかっこいい...。
身長が高く、すっとした鼻筋、シャープな顎にスーツを大人らしく着こなしている。
日本人をかっこいいなんて思ったことは無かった。海外でもふとかっこいいと思ったのはデイヴィッド•ベッカムただ一人。それもファンになるとかでは無い。
「美咲さんですよね?」
「なっ...なんで私の名前を...?」
「この業界にいる者が人気急上昇中のモデルを知らないでどうするんです?」
私ってそこまで人気急上昇してるかぁ?
それにしても微笑を帯びたこの人の顔もかっこいい...
「あなたに興味があります。あとでお話を伺ってもよろしいですか?」
「わっ、私ですか?」
何を話すっていうの?ハリウッドセレブの話しか出来ませんよ私。
「ええ。それではまた。」
「はっはいっ!」
ニコリと彼は笑ったあとスタスタと歩いていった。
うわっ...ヤバイ。明日熱出るかも。
「えっ、それでイケメン見つけちゃったわけね~!誰?」
ついさっきの話を千夏先輩と山下さんに話した。
まだ頬には熱を帯びている。
「分からないんです...名前聞けば良かった。」
「いやいや、芸能界に入って1年ちょっと。美咲ちゃんにもついにロマンスか!」
山下さんは山のようなローストビーフを口に運びながら(二皿目)嬉々として言う。
「やめてください山下さん!」
思わずコーンポタージュを吹いてしまった。
まさにそのとき。
「こぉ~んばぁ~んは~!お隣いいですかぁ?」
頭の中のきらめきがきゃぴきゃ声に一気に破壊された。
よせっ!来る...
心の叫びを言う暇も無しにズカズカと声の主は私の隣に座ってきた。
「はじめましてぇ~!私ぃ~、美咲さんの大ファンなんですよぉ~!」
神山ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!なぜおまいがここにぃぃぃ~?!来るなくるなぁぁぁぁぁぁっ!!!
私の美しいきらめきを壊すなぁっ!今私は花畑でルンルンと初めて嗅ぐ花の香りを堪能してたんだぞぉっ~!!!!!
しかもはじめましてじゃねぇぞおぉっ!!!誰にでも言ってるだろおまいはっ?!ああっ~!?
「はじめまして。みちるさん。お会いできて嬉しいです。」
落ち着け、落ち着け、美咲。営業スマイル。落ち着け。こ、こ、は、パーティ会場だぞ?
プロレスリングじゃないぞ?ここで右ストレートお見舞いしたら、カンカンカンって試合と同時に私の芸能人生終わるよ?落ち着け!
...前にもこのやり取りした記憶があるぞ?
千夏先輩は私の事情を知っているのか苦笑いしていた。山下さんは相変わらずテンション高し。
「イエーイ!!みちるちゃんはじめまして~っ!!」
2人でハイタッチ。
「実はぁ~私ぃ~、キスハグの創刊号でぇ~表紙なんすよ~!」
あのぉ~、お願いがあるんですけどぉ~...
語尾を伸ばすなっ!!!ムキぃっー!!!
「今日は1人なのねみちるさん。」
先輩はスープを飲みながら一瞬曰くありげに私を見た。
何を意味しているかは分かっている。
「葵はぁ~、今日仕事なんですよぉ~。」
顔色ひとつ変えないで普通を装えるのはすごいわ。さすが女優...元グラドルだけど。
「私、また料理取りにいってきます。」
席を立ち上がった。一緒にいると嫌になる。
さいならっ!!!
ふうっ...
自分の席から少し離れたソファで休憩した。
あいつと一緒にいるとなんでこんなに疲れるの?やっぱり葵を浮気したから?でも...当たり前なのかな?浮気相手と同じ息を吸うだけでも嫌な気持ちになるのって。
私はちゃんと人と付き合ったのも葵が初めてだから恋愛とか分からないんだよね。
もしかして...まさか私は葵を...忘れてないとか?...
ないないないっ!!!あり得ないっ!!だって私が葵をフったんだよ?なんで忘れてないとか考えるの?バカッ!私のバカッ!私の...
「美咲さん?隣いいですか?」
あの甘い声が聞こえた。なんで同じ言葉でもこんなに違うんだろう?
「はっはいっ!」
私の声はわずかに震えてしまった。
彼は微笑んで隣に座る。ため息が出ちゃいそう。かっこよすぎて。
「あっ...私まだお名前聞いてませんでしたね。」
そしたら彼は声を上げて笑った。
私なにか...?
「さっき挨拶したんだけどな?キスハグの編集長の松田飛龍だよ。」
ヤバっ!!ローストビーフに気を取られすぎて話全然聞いてなかった!
「あっ..あの...」
「ん?」
こんなことマジで恥ずかしいぞ...
「私、ローストビーフを早く食べたくてあなたの話を...」
松田さんはお腹を抱えて笑った。相当おかしかったらしい。
周りの人は不思議そうに松田さんを見る。
「そっか!そっか!悪かったね!もっと話を手短にすれば...」
「そんな....!!」
「ふふっ冗談だよ。面白いね!」
松田さんはジャケットをゴソゴソし出した。
「メール送って。君と話してると楽しそうだ!」
名刺だった。私はキョトンとする。
めいし?メイシ...名刺?!うそうそうそっ!?いきなり連絡先ゲットしちゃったよぉぉぉぉ?!茉莉と百華はこういうときは駆け引きしろって言ってたよ?!ねぇねぇねぇねぇねぇ!!私どうすりゃいいのぉぉ?!
「あっあのぉ...」
私が特に意味も無く声をかけた。すると松田さんは私の目を覗き込んでくる。
「なっ...なにか...」
「かわいいね。さすがモデルさん。」
くっ...
キャァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!
「そっ...そんな&"&¥((;)¥&...」
自分でも何言ってるか分からなかった。
松田さんはまた笑った。今度は控え目だ。
「メールしてね。楽しみにしてる。」
それだけ言って松田さんは去って行った。
ヤバイ...今晩寝れるかな...?
美咲にニューロマンス?




