Vo.9
「....で、すべったフリして落ちてください。マットがあるんで痛くないですよ。」
「分かりました。踊りってどういう踊りを...」
「リハでは、自分がかわいいと思う踊りをしてください。それが良かったらそのまま行きます。」
それでいいのか監督。そんなにテキトーで...
「それじゃあ、行きまーす‼」
はっはい。
車は石けんの泡が残ったままだ。乗っかると本当にすべりそうだ。
「うっ...すべる...」
「リハ行きまーす!3.2.1...!!」
私は踊り出した。とりあえず自分がかわいいと思う踊り。
視線の先にはあいつが見て、笑ってる。
もー、ヤケクソじゃっ‼
そろそろだ...
私は滑ったフリをして、背中から落ち、マットはバフっ!っと音を立てた。
「はい、オッケー‼それでいいですよ~!」
ああ...滑らないように神経つかうってこんなに疲れるんだね。
「美咲さん、お疲れ様。車の上で踊るのって大変だろうね。」
うーえーくーさー‼なに笑ってるんだ?
なに上から笑ってるんだ?なんだなんだ⁈
「あなたも仕事とはいえ、私が誘惑してるのを見るなんて気の毒ですね。」
皮肉じゃっ‼くわっ‼
「いいえ。僕は楽しいですよ。」
ムキーッ‼キーッ‼クワーッ‼にっくたらしいっ‼
「それは良かったですね。」
「はいっ!それでは本番入りまーす!」
私は一瞬あいつを睨んだあと、立ち上がった。スタッフさんが私に泡をつけ直す。
見てろよー‼
「行きまーす!3.2.....!」
音楽のサビが流れる。
"Hey私あなたに会っただけなのに
どうしてこんなにドキドキするの?
キスしたくなっちゃう
Kiss me baby..."
さっきと同じように踊る。目の前の男を誘惑するように、指を絡ませる。
そして滑って落ちる。
「カァァァット‼美咲さん、ちょっと力が入りすぎてました!もっとリラックスしていいよ~」
「はい、すいません...」
しまった。怒りでいろいろ忘れてた。
落ち着け美咲。落ち着け。これは仕事だ。
ディスイズザワーク!This is the work!
オッケー?OK?
「はいテイク2行きまーす!3.2.....!」
車の上で腰に手をおいて、滑るように踊る。指を絡ませ、誘惑するような目であのヤローを見て....
後ろに落ちる。
「カァァァァット‼オッケー‼10分休憩でーす!次は妄想でのキスシーンです!」
10分後に、私の本戦だ....
「かわいい~!」「誰あの人?」
周りからそんな声がした。
「皆さーん‼女性誌ユア・スタイル買って下さ〜い!」
笑われた。私は水を飲みながら退散。
「美咲さん、踊りの経験が?」
「いいえ。全く。」
「なにか見て勉強を?」
「あーバーレスクっていう映画を見て研究しました。ミュージカル映画なんですよ。」
「ああ、アギレラのやつですよね?」
スタッフさんが泡を拭き取ってくれた。
「そうです!私のiPhoneにバーレスクの曲全部入ってるんですよ。アギレラの曲も!」
「洋楽好きなんですか?」
「はい!」
私は自分のクッキーを食べる。
味薄っ‼
「これ、味薄くないですか?」
「いやいや、うまいっすよ!」
皆さん気を使ってない?
「それにしても本当に美人っすよね~。」
さっき褒めてくれた男性スタッフさんだ。
また植草がギロリとスタッフさんを見る。
「そんな...恥ずかしいですよ....」
また顔が赤くなる。
「斎藤さん、美咲さんを口説かないでください!仕事中よ!」
美術スタッフさんに突っ込まれて男性スタッフさんは気まずそうに舌を出した。
「今、美咲さん顔がいい感じに赤いんでチークいらないですね!」
「ちょっと、メイクさん!」
そんなやりとりをしつつ、休憩時間終了まであと2分、第三ラウンドが始まる。