Vo.8
「はい、美咲さん入りまーす!」
「お願いしますー!」
スタッフさんが拍手してくれてるのとは裏腹に、私の頭の中はブラックホールみたいに思考や感情を吸い取り私を”無”とする。
今日から2日間PV撮影だよ~。衣装が超かわいい派手色タンクトップにダメージ加工されたミニボトムス、カラフルなプラスチックのネックレスをつけてても気分は上がらない。
この日のためにディップ・ダイもしてきたのに~。
あっディップ・ダイっていうのは毛先だけグラデーションみたいに染めることね。
私の髪は毛先にいくにつれて濃い青になっていく。夏だからね!
「あっ、差し入れにクッキー作ってきたんですけど。」
嫌な撮影を乗り越えるには差し入れしかない。
「美咲さんからクッキー頂きました!」
「あざーす!」
スタッフさんが一同に私を見る。少し落ち着いた。よしっ、乗り切るぞ!
撮影現場に周りの人がむらがり始めてる。
私はみんなから見えないところで観察。
「誰かいる?」「いない。おっさんだけ。」
おっさんって...みんな若い..
「はい、植草葵さん入りまーす!」
「きゃーーーーーー‼」
皆様、お黙りっ‼
ご存知?女性の悲鳴って耳に異常をきたすんだよ⁈
ジェットコースターの場合だけど。
「美咲さん、美味しいですぅ~!」
「ありがとうございます。」
衣装さんが食べてる。
「植草さんも食べます?美咲さんの手作りでめちゃめちゃうまいですよ!」
おいっ!私には近づくな?なっ?なっ?
「いただきます。美咲さん。」
「はい....」
私のクッキー何万回食べた?お前は?
「それにしても美咲さん、本当美人っすよね~!」
通りかかった男性のアシスタントさんだ。
「そっ..そうですか?ありがとうございます...!」
顔がたちまち熱くなる。
私自身、自分のことを美人だなんて思ったことない。モデル仲間にそれ言ったらバカにされたんだけど。そんなことないって言われたくて言ってるわけじゃないんだよ?
本当に思ったことない。
「こんな恥ずかしいそうにするモデルさん初めてみた~!」
「いえてる!モデルって美人って褒めても当然みたいな顔するんすよね~!」
スタッフさんが口々に言う。
なんか恥ずかしくなる...
そのやりとりを葵がギラリと見つめてるのは誰も知らない。
「はい、それでは撮影入りまーす!」
いや、こっちの方が恥ずかしいぞ。人として。
「美咲さんが葵さんを誘惑するシーンでーす!」
男性スタッフが口笛を吹いた。
やめいっ!こっちだって恥ずかしいんじゃっ!
「まず、リハからね~!美咲さんはまだ濡れなくていいよ~!」
私はバケツとスポンジを持たされた。
なにをするのかは分かってる。
「えっ?」「誰?」「女優?」
私が出て来るとどよめきが起こった。
モデルの美咲でーす。ユア・スタイル買ってね~!
「はい、リハ3.2.1っ!」
私は車に向かって歩き出す。
バケツを近くにほおりなげスポンジを持ち、車に座りこみ、洗い始める。
途中で体をくねくねさせたり、泡を自分につけたりしてみる...
「はい、オッケー!美咲さん最高ですっ、このまま本番行きまーす!」
うしっ!!私はガッツポーズをする。
TSUTAYAでバットティーチャー借りて良かった~!キャメロンディアスの洗車シーンを何回も見て、研究したもんっ!
遠くから見てる葵がふっと笑った。
無視して撮影に集中した。
「本番行きまーす!3.2...!」
また車に向かって歩き出す。今度はバケツに水が入ってる。
スポンジを取り出し、洗剤をつけて洗い出す。泡を本当に体につけて、くねくねする。シャワーを車と自分にかける。
「カァァァット!完璧ですっ!」
周りがどよめく。見てる人は私を指差す。
9月号のユア・スタイルに人気急上昇モデル特集で出ますよ~。買ってね~。
『美咲さん、可愛かったですっ!女でも惚れ惚れしちゃいました!』
『本当ですか?良かった~!』
メイクさんに化粧を直してもらう。
ここまではまだいい。
次からは戦いだ。
第二ラウンド行きますよぉっ!
カァァァンッ!
作中の通り、バットティーチャーっていうキャメロンディアス主演の映画にセクシーな洗車シーンが出てきますよ。
みたい方はどうぞTSUTAYAへ(笑)!
あとディップ・ダイも本当の話です。ハリウッドセレブがこぞってやり出してます。