有翼人の夢
あるところに、元気で美しい有翼人の王子様がおりました。
その肌は明るい小麦色で、口元はにこやかで、つぶらな金色の瞳と、真っ赤な癖っ毛をお持ちでした。
小柄な体は弾むように若々しく、大天使のような翼で飛べるのです。
王子様は、はりきっておられました。末っ子だった自分が、有翼族の代表になったからです。
有翼族では、外交の仕事は男がなすものでした。
二度の災いからつづく内乱を収めた今、幾人も居た王子様達は亡くなられ、残されたのは末の王子様だけなのです。
王子様をみつめる女王様は、複雑なお気持ちでした。
楽天的で、ものおじしない、明るい王子様です。勇敢さも、正義感も持ち合わせていらっしゃいます。
けれども、国の大事を負わせるには幼く、頼りない年齢でもありました。
ほんの子供なのに、代表にせざるをえない情況を、女王様は歯がゆく思われました。
『強権は有翼族の女王様に移行いたしました』。
不死王の使いから告げられ、女王様は、多種族連合への参加と、王子様の派遣をご決断なさいました。
「手紙に書いてある事が、私の意志です。頼みましたよ」
連合に宛てた手紙を預け、有翼族の王子様を旅立たせたのです。
大地の下に広がる巨大な王国、ドワーフ国の王様は、多種族連合の森での会議に出席なさっておられました。
新たに連合に加わる有翼族は、まだしばらくは髭が生えそうもない少年を代表に送って来ました。
しかし、会議の途中でボロボロと大粒の涙をこぼしはじめた時には、さすがに、皆、驚きました。
『強権を行使する権利を、多種族連合にお譲りします』
「そんなバカな。母上が『王の中の王』なのに。これじゃ、不死王の大会に出場した兄上たちがむくわれない」
有翼人の王子様は、託された手紙の内容を知らされていなかったのです。
「不死王の戯言にのせられ、自ら、荒野に向かったのであろう?」
エルフの王様が、冷ややかにおっしゃいます。
「憐れむべきは、兵だ。率いた愚者など、同情に値せぬ」
有翼族の少年は、憎々しげにエルフをにらみました。
「死者を冒涜する、あなたの言葉なんか聞かない」
「強権を抱えておれば、人間族の怨みを買う」
海人の皇帝様が、厳かにおっしゃいます。
「内乱が起きるなど、有翼国には力が無いという事。不要なものは我々に託し、内政に励むべきである」
有翼族の少年は、怒りを込めて海人をにらみました。
「有翼人を侮辱する、あなたの言葉なんか聞かない」
「『王の中の王』の称号は、甘い罠なのです」
人馬の賢者様が、お優しい声でおっしゃいます。
「不和の芽たる権力への執着を捨てられたのです。有翼族の女王様は慧眼のあるお方、ご立派な母上です」
有翼族の少年は、真っ赤な顔で人馬をにらみました。
「ぼくを一人前に扱わない、あなたの言葉なんか聞かない」
王子様は悔しそうに、両の拳で机を叩かれました。
「全ての頂点に立つ権利を、なぜ捨てなければいけないんだ? せっかく一番なのに」
「わかる……、わかるぞ、有翼人の王子よ」
ぼそりと、しかし野太く通る声が、辺りに響き渡りました。
「一番は、いい。実にいい。俺も一番偉い王に憧れていた」
皆の注目が、ドワーフの王様に向けられました。
「母上が『王の中の王』として君臨する姿が見たいのだな?」
王子様は、コクリと頷かれました。
「母上は『王の中の王』にふさわしいんです。子供たちにやさしく、民を大切にしてくれます」
ドワーフの王様は、王子様の瞳をしっかと見つめ、笑顔で語りかけられました。
「一つだけ教えてくれ、有翼人の王子」
「はい、何なりと答えましょう」
「おまえの夢は何なのだ?」
王子様は、首をお傾げになりました。
「言い直そう。おまえなら強権をどう使う?」
何をくだらぬ事を問うとばかりに、王子様はおっしゃいます。
「ぼくには強権を使う権利がありません」
「たとえ話だ。おまえならどう使う? どう使えば満足なのだ?」
全ての国や種族に、意見を通せる強権。
それを使えば何でもできるような気がしました。
あれが欲しい、これがしたい……
けれども……
たった一つのことにしか、使えないのです。
母上や有翼族のみんなが心から喜ぶ事はないか、と頑張って考えました。
長いあいだ考えてから、王子様はおっしゃいました。
「世界から無用な争いをなくしたい……兄上や民たちが死んで、母上はとても悲しそうだったから……」
「いい願いだ」
ドワーフの王様は、大きく頷かれました。
「慈悲深い女王様も、喜ばれるであろう」
有翼族の王子様のお顔は、ぱあっと明るく輝かれました。
有翼族の女王様は、王子様が提案された『無用の争いはしない事』という強権を行使されました。
それは何の抑止力も持たない、空疎な内容でしたが、理想を掲げる美しさがありました。
有翼族の女王様と王子様は、多種族連合の各国民から多いに賞賛されたということです。
ほどなく、『王の中の王』の権威は、空虚なものとなりました。
エルフの王様が『王の中の王を巡る輪から抜ける権利を認める』強権を行使し、多種族連合の国々は全てその輪から抜けたからです。
人間族の国々は一度も最高位に就かずに終わる事を嫌がり、『王の中の王』の称号にこだわりました。
しかし、戦い、喰らい、眠る事しか興味のない人狼王が、王の中の王なのです。強権の行使に追い込むまでに、どれだけ多くの将兵が犠牲になるのか。それは誰にもわかりません。
幼子を相手に理を説くのは動物に語りかけるに等しく、幼子の心は幼子にしかわからぬものなのです。
人間族の妄執とは無縁に、ドワーフの王国は繁栄を続けました。先王の長髭よりもちょっとだけ短い髭の王様と、お留守番をしていた賢いお后様によって。