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ドワーフの童話  作者: 松宮星
ドワーフの童話
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大妖精の一度

 あるところに、夢のように美しい大妖精様がおりました。


 その肌は淡い藤色で、唇は可憐な乙女のごとく、虹色の瞳と、腰まで覆う長い若草色の髪をお持ちでした。

 小柄で華奢な体は人間族の子供ほどで、薄い四枚の(はね)でふわりと飛翔するのです。

 感情と感性で満たされた大妖精様は、お声を発する事もありませんでした。人よりも自然に近い存在だったからです。


 大妖精様は気まぐれで奔放で、美しいもの全てを愛されました。風景も、生物も、芸術も、舞楽も。

 とてもとても美しいお姫様に求愛なさったのも、自然な成り行きだったと言えるでしょう。


 けれども、その恋は成就しませんでした。

 大妖精様は落胆し、憤りました。感情のままに姫をさらうべく、戦にも加わられました。

 そして、とてもとても美しいお姫様はお亡くなりになられ……

 大妖精様は、何ごとにもお心を動かされぬようになってしまわれました。

 妖精界の奥にこもられ、萎れた花のようにひっそりと沈んでいらっしゃるだけなのです。


 大妖精様を少しでもお慰めすべく、熱烈な信奉者たちが不死王の催した大会に参加しました。

『王の中の王』の称号をお贈りする事はできましたが、大妖精様のご様子にお変わりはありません。

 意見を一度だけ下達できる強権に、何の魅力も感じておられぬようでした。



 大地の下の巨大な地下王国、ドワーフ国の若き王様はたいへんお怒りでした。

 人馬の賢者様と共に妖精界までお出かけになったのに、大妖精様にお会いするどころか、妖精界にすら入れなかったのです。

「妖精達が入国させぬのだ。大妖精様のお心を乱したくない、とな」

 とてもとても美しいお姫様をめぐる争いや、不死王の大会のせいで、人間族の国や心は荒んでいました。いざこざも、内乱も止みません。

 強権を行使せずに王の中の王で居続ける大妖精への不満は、今にも爆発しそうでした。

 人間族と妖精界との戦争を回避する為にも、多種族連合は、強権の行使を働きかけたいのですが……

「大妖精様は未だに失恋の嘆きの中、だそうだ」

 ドワーフ王様は、苛々とお部屋の中を歩き回られています。

「みっともない。王たる者が国の危機に何もせず、耳目をふさぎ、己が悲しみに沈むなどありえん事だ。妖精どもも、情けない王など退位させてしまえばよいものを」

 お后様は、おやさしい声でおっしゃいます。

「妖精達は、古えから生きていらっしゃる大妖精様を敬い、愛しているのでしょう」

「何もせん王など敬う必要はない。国を治めてこそ、王は王となりえるのだ」

「妖精達は、大妖精様のお心の傷が癒える日を待っているのでしょう」

「もう充分、待った。これ以上、待っても国が滅びるだけだ。さっさと強権を使用させねば」


「一つだけ教えてください、国王様」

「おぉ、何なりと答えよう」

「私が死んだら、国王様はどうなさいますか?」

 思いがけない問いに、国王様は驚かれ、ふわふわの髪とお髭の愛しいお方をジッと見つめました。

「おまえが死ぬなど、ありえん」

 何をくだらぬ事を問うとばかりに、王様はおっしゃいます。

「おまえは俺が守る」

「ですが、国王様。あらゆる者はいずれ亡くなるのです。国王様も、私も」

 ドワーフの王様の胸は痛みました。先だっても、人狼王の鋭い爪にお后様が狙われていたのです。

 仇があるのならば、仇を討ちます。しかし、その後は? もしも、事故や病でお亡くなりになられたのだとしたら?

「……おまえが死んだら、泣く」

「その後は?」

「……泣く」

「国王たる者が、泣いてばかりで良いのですか? それでは国は治まりません」

「だが、悲しいものは悲しいのだ」

 ドワーフの王様は、お后様を抱きしめられました。

「国王様はお強い方です。いっぱい泣かれた後には、いつもの国王様にお戻りになられるでしょう。ドワーフの民が共にあります」

 そうだろうか? と、ドワーフの王様は首をお傾げになりました。

 お后様はにっこりと微笑まれました。

「けれども、お気持ちが切り替わるまでは、とことん泣かれた方がよいと思います。戦うべき時に涙に潰されないように。涙は、横から泣きやめとせかしても、止まるものではありません」

 ドワーフ王様は、まったくもってその通りだと思いました。

「時間がないのはわかっております。でも、今は、大妖精様の涙をそっと拭ってさしあげられるものを、お探しになるべきかと思います」



 薄明に包まれた森の中、樹木の間に、妖精界への入口があります。

 その境に、お年を召されたように見える方が佇まれました。人馬の賢者様の求めに応じ、同行なさった方です。

 やがて光の門が開き、その奥から大妖精様が進んでこられました。無表情ですが、その虹色の視線は、老体が両腕で抱えている物に真っ直ぐに注がれていました。


「あなたは、仇の一人だ」

 大妖精様に対し、老人はきつい言葉をぶつけます。

「妖精族を、怨んでおった」

 しかし、その声に憎悪はなく、顔は悟ったように穏やかでした。

「けれども、今、私と同じ哀しみの中にあるのは、あなただけだ」

 老人は差し出し、大妖精様はお受け取りになられました。

 大妖精様は、それをゆっくりとご覧になり、愛おしげに腕に抱きました。

「運命に翻弄された、憐れな娘だ。決して、世界を乱した魔女でも、稀代の悪女でもない。あなたならば、我が娘の真の姿をご存じであろう」


 とてもとても美しいお姫様の絵姿を、大妖精様は、とてもとても長い間、抱きしめていらっしゃったという事です。



 ほどなく、大妖精様は強権を行使なさいました。

 お心を慰めてくださったお方の嘆きを取り除かれたのです。

 それによって、人間族の間で、聞くに堪えない侮辱を囁かれていた、とてもとても美しいお姫様の名誉が回復されたそうです。



 深い悲しみに一人で沈むのは無限の闇を彷徨うに等しく、悲しみを分かつ者が共にあれば生きる力がはぐくまれます。



 地上の混乱とは無縁に、ドワーフの王国は繁栄を続けました。先王の長髭に比べるとちょっともの足りないお髭の王様と、とても賢く思いやり深いお后様によって。

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