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ドワーフの童話  作者: 松宮星
ドワーフの童話
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人狼の牙

 あるところに、猛々しくも美しい人狼王がおりました。


 その肌は月の雫のごとき銀色で、大きな顎は威圧的で、爛々と輝く紅色の瞳と、天空の深みと並ぶ蒼い剛毛を持っていました。

 溢れる膂力と威容を誇る立ち姿は人のようですが、四肢で風のように駆けることもできるのです。

 王は、他種族の国と覇権を競いませんでした。獰猛で強大な群を率いていましたが、戦い、喰らい、寝る事にしか興味がなかったからです。


 夜陰で月光を浴びていた人狼王のもとに、山ほどの生肉を抱えた小鬼王が訪れました。

『イダイなるダイオウさま、タスけてください』と、貢物を差し出して平伏したのです。

 どの国で略奪しても、色んな亜人たちが手をくんで取り戻しにやってくる、たいへん迷惑だ、と。

 腹さえくちていれば、人狼王はさほど凶暴ではありません。

 群れなすものの王として、頼ってくる者の面倒をみてやる豪放磊落(ごうほうらいらく)さを持ち合わせています。

「うむ、わかったぞ。殺せばいいのだな」

 しゃぶり尽くした骨をバリボリと噛み砕いてから、人狼王は尋ねました。

「で、誰を?」

 小鬼王は、ニヤリとほくそ笑みました。



 人狼族の襲撃に、大地の下の巨大な地下王国、ドワーフ国は大混乱となりました。

 彼等は突然、ドワーフ王国の最奥に現れました。いやしい小鬼族が道案内をしたのです。

 男達は戦斧を手に立ち向かい、女子供と老人は城へと逃げました。

 ドワーフの王様は陣頭指揮を取って、果敢に戦われました。

 そんな中、ひときわ大きな狼が城へと駆けました。人狼王です。人狼王の鋭い爪は、大岩の城門さえも、やすやすと砕いてしまったのでした。


 身を寄せ合って睨み返す女子供達を、人狼王は舌なめずりしながら見おろしました。

「祈る時間ぐらいはやろう。間もなくきさまらは、人狼王の胃袋に収まるのだ」

 ざわめきの中、ふわふわの髪と髭の女ドワーフが、一歩進み出ました。

「その前に、一つだけ教えてください、人狼王様」

 群れなすものの王として、人狼王は女子供には寛大でした。又、強大な王にひるまぬ胆力も、好ましく思えました。

「うむ、何なりと答えよう」

「どうして、ドワーフの王国にいらっしゃったのですか?」

 何をくだらぬ事を問うとばかりに、人狼王は言いました。

「けしからんドワーフ達をみんな喰ってくれと、家来の小鬼王に頼まれただけだ。俺はこんなつまらん所に興味はない」

「まあ」

 女ドワーフは、手で口元を覆いました。

「人狼王様は、人間族の神様のようでいらっしゃいますね。なんと慈愛にあふれたお方なんでしょう」

「俺に慈愛など、ない」

「ですが、人狼王様はご自分で地下王国を制圧なさいますのに、戦いもしない小鬼王にお譲りになるのでしょう? 神様みたいにお恵み深いです」

「譲りなどしない」

 忌むべきものと等しく思われるなど心外だと言わんばかりに、人狼王は強く否定しました。

「この国も、俺の領土に加える」

 女ドワーフは、とても真面目な顔となりました。

「人狼王様がそのおつもりでいらしたのに……小鬼王はたいそうな策士ですね」

 人狼王は、大きな顎を揺らして豪快に笑いました。

「アレは俺の家来だ。企みなどあるはずがない」

「ですが、人狼王様」

 女ドワーフは、ふわふわの髭の下から取り出した、小さな小さなモグラを両手で掲げました。

「地下王国では、ドワーフ以外の生き物はこれぐらいしかおりません」

 それを百匹まとめて丸呑みしても、人狼王の腹を満たす事はできそうにありませんでした。

「人狼王様を満足させる確かな獲物は、我々ドワーフです。しかし、子を産み、育てなければ増えません。それを全滅させようなんて……広い地下王国で人狼王様を飢え死にさせる魂胆に違いありません」


 人狼王は首を傾げました。たしかに、まったく、その通りです。

 その時、

「后、無事か――ッ?」

 人狼王の背後から、地を轟かすような大声が近づいて来ました。

 戦斧を抱えて走って来られる方に向かい、人狼王は口元を歪めて笑ってみせました。

「ドワーフ王よ、もっと丸々と肥え太り、子供の数を増やしておけ」

 そのまま人狼王は遠吠えをすると、ドワーフ王様の脇をすりぬけ走り去って行きました。


 兵達に追撃の指示をなさってから、ドワーフ王様は愛するお后様のもとへ走り、その腕で抱きしめました。

「子供をたくさんつくりましょう、国王様」

 ふわふわの髪と髭のお后様も、愛する方の無事を心から喜びました。

「王国の備えを厚くし、戦士の数を増やしておくのです。次の襲撃では、王国の外縁で人狼を撃退してやりましょう」

 


 ほどなく、人狼王は地下王国の入口で、小鬼王に出逢いました。

 醜い小鬼は鼻の穴を広げ、期待のこもった目で人狼王を見上げます。

「ダイオウさま、ドワーフどもを、タイジなさったンですか? ドワーフはゼンメツですか?」

「全滅したと言ったら、どうする?」

 もみ手の小鬼王を、人狼王は冷たい眼差しで見下ろしました。牙のない生き物ほど、つまらぬものはないと思いながら。

「ドワーフがキえたのならば、チカオウコクはダイオウさまのリョウド。ダイオウさまにカわって、オレが、カンリします」

「きさまに、俺の餌場の管理などさせん」

 人狼王は大きな口を開き、目の前の小鬼を噛み砕いて呑み込んでしまいました。



 人を見下し利用しようとするのは薄氷の湖上を歩くに等しく、蔑視していた者が誇り高いものであるほど苛烈な報復を受ける事となります。



 地下王国で戦があったにもかかわらず、ドワーフの王国はすぐに繁栄を取り戻しました。先王の長髭には及ばない短い髭の新王様と、とても賢く勇気のあるお后様によって。

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