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ドワーフの童話  作者: 松宮星
ドワーフの童話
3/13

エルフの疑惑

 あるところに、気位が高く美しいエルフの王様がおりました。


 その肌は透き通るように白く、口元は冷ややかで、涼しげな若草色の瞳と、やわらかなハチミツ色の髪をお持ちでした。

 大柄な体は木の葉を揺らす風のようにしなやかで、木々の若枝のようにすらりとしているのです。

 外見こそお若いのですが、エルフの王様はたいへん高齢でありました。森に許され玉座にある者は、自ら王位を降りるか森が消えない限り永久に生き続けられるからです。


 このところ、毎日、エルフの王様は思索にふけっておられました。とても浮かないお顔で。

 森に住まうエルフの民は、王様のお姿に心を痛めていました。先日、お世継ぎ候補の第八王子様がお亡くなりになられたからです。王子様の死を悼み、王様はエルフの国の未来を憂いていらっしゃるのだろうと思って。


 しかし、エルフの王様は、第八王子の死など意にもかけておられませんでした。

 たかが人間のお姫様に失恋したあげく、勝手に軍隊を動かして戦争した時点で、縁を切ってお見捨てになられていたのです。

 そして、不死王からの誘いに勝手に応じ、腐敗した国を彷徨う不死エルフに堕ちた第八王子様を、愚か者と蔑んでおられました。


 エルフの王様が考えていたのは、ドワーフの王国についてでした。

 なぜ、ドワーフごときが二度にわたる災いに関わらず、無傷でいられたのでしょう?

 エルフの王様には、わからなかったのです。


 エルフの王様は、信頼する第七王子様にお心の内を明かされました。森を統率する自分の代わりに、真実を探らせるおつもりなのです。

「ドワーフ共が、この所の災いをやりすごせた理由を知りたい。人間に恋しなかったのは、地べたを這いずるのに忙しくて、地上を知らなかっただけかも知れんが」

「泥まみれのチビどもには、地上の花の美しさがわからなかったのかもしれませんよ」

「しかし、不死王からの誘いを無視した理由がわからないのだ。戦斧を振り回すのが生きがいのような野卑な酒樽どもが、武術大会に駆けつけなかったのは解せぬ」

「そうですね。知性のカケラすら持たないモグラ風情が、不死王の陰謀に気付いて避けたとも思えません。確かに不自然です」

「既に不死王と同盟を結んでおるのでは、と懸念しておる。地下のゴミクズどもが闇の下僕になり下がっているとしたら……奴らを掃除せねばなるまい」



『エルフの王子が偉大なるドワーフ王様に面会を求めておられます』。

 門番の知らせに、大地の下に広がる巨大な王国、ドワーフ国の王様は髭をさすりながら満面の笑みを浮かべられました。

 高慢ちきなエルフが、膝を折りにやって来るのです。その姿を想像するだけで痛快でありました。

「すぐさま謁見の間まで案内しろ」

 ドワーフの王様は、一刻も早くエルフがひざまづいている姿を見たいと思ってらっしゃいました。

「一つだけ教えてください、国王様」

 玉座の隣に座る、お后様からの問いでした。ふわふわの髪と髭がかわいらしい、王様の最愛のお方です。

「おぉ、何なりと答えよう」

「ドワーフの国とエルフの国、いったいどちらが広いのでしょう?」

 何をくだらぬ事を問うとばかりに、王様はおっしゃいます。

「我がドワーフの王国に決まっている。エルフの国は森の中だけだが、我らは大地の下を全て治めているのだから」

「ですが、国王様。エルフはたいへん誇り高い一族と伺っています。何事においてもエルフが一番だ、と考えているのではありませんか?」

 ドワーフの王様は低くうめかれました。

 エルフならばありえる、と思われたのです。

「あの澄まし屋どもが、我が王国をちっぽけと見下しているなどと、想像するだに腹立たしい」

「でしたら、ドワーフ国の広大さを王子様に御覧いただいてはいかがでしょう?」

 ドワーフのお后様は、にっこりと微笑まれました。

「謁見の間まで最も遠回りの道をご案内し、王国の隅々までご見学していただくのです。最も近い道だとお伝えして、地底湖や水晶の林、巨大生物の骨など、くまなく案内してみてはいかがでしょう?」

 ドワーフの王様は首をお傾げになりました。お后様のご提案をよく熟慮なさった上で、王様はこうおっしゃいました。

「採掘場と細工工房も、だ。金銀宝石の扱いに長けた我らの技を見せてこそ、我が王国の案内と言えよう」



 帰国された第七王子様の変わり果てたお姿に、エルフの王様はたいへん驚かれました。

 第七王子様は杖をつき、お爺さんのように腰を折り、ヨロヨロと父王の玉座まで進み出られたのです。

 そして、地下王国の入り口から謁見の間を目指して歩んだ道について語られました。

 十二の採掘場と七つの細工工房、鍾乳洞を越え、マグマ池のほとりの脇道で、第七王子様は動けなくなりました。

 ドワーフ用の狭い通路を、ずっとかがんで歩いていたので、腰の痛みが耐え難いほどになってしまったのです。

「私が倒れた辺りでは、謁見の間への道は、まだ半分も進んでいないという事でした」

 ドワーフ達はたいへん親切であったとも、第七王子様は語られました。

 ドワーフの王様が薬師を伴って見舞ってくださり、エルフの国まで丁重にお送りするように手配してくださったのです。

「父上、私は身をもってわかりました……なにゆえ、ドワーフ族が不死王の誘いに応えなかったのか」

 第七王子様は曲がった腰のまま、やわらかく微笑まれました。

「あの狭く入り組んだ長い通路を無事に進める者は、ドワーフだけです。不死王の使者も、おそらく途中で腰を痛めて引き返したのでしょう。手紙は届かず、心根の優しいドワーフ達は、大会の開催を知らなかったに違いありません」



 ほどなく、エルフ国との絆が深まりました。エルフの王子への親切に対し、エルフの王様からの感謝の手紙と贈り物が届けられたのです。


 ドワーフの王様は、しばらくご機嫌に過ごされました。いつも偉そうなエルフが地虫のように這いつくばる姿を見られたからです。

 ドワーフのお后様は、安堵なさいました。疲弊のない国は他国から妬まれやすいのです。



 親切は異なる思想の者すらも結びつける黄金の鎖に等しく、されど、本当の親切ほどまれなものはありません。



 地上の他種族と親交を結び、ドワーフの王国は繁栄を続けました。先王の長髭にはまだやはり及ばない短い髭の王様と、とても賢く策を練るお后様によって。

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