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ドワーフの童話  作者: 松宮星
春のドワーフまつり
11/13

第八王子の手紙

「ドワーフの童話」スピンオフ作品第一弾です。

 敬愛する父上へ。


 この書があなたのお手元に届く時、私はもはやこの世におりません。


 愚かな息子よと、どうぞ嘲笑ってください。


 私の事は、何も弁明いたしません。

 とてもとても美しいお姫様に惑い、エルフにあるまじき愚挙を重ねた己をただ恥じいるのみにございます。


 しかし、不死王の国での真実が、このまま消えゆく事が恐ろしいのです。

 我々は、この死者の国で生き、運命に抗い、高潔であり続けました。

 決して、魂までは堕落しなかったのです。

 私と共に戦ってくれた勇敢な戦士達の武を、何としてもお伝えしたい。

 そして、不死王の悪逆非道なる正体を、父上の手で、白日の下に晒していただける事を切に願う次第にございます。



 不死王からの手紙に惑わされ、『王の中の王』となるべく不死王の国を訪れたのは、私達エルフ族、人馬族、有翼族、海人族、妖精族、竜王、人狼族、小鬼族に加え、人間族の二十余りの国々でありました。

 千人もの愚か者が、不死王の手に踊らされたのにございます。


 死者の国の首都は、欝蒼と茂った、しかし、爛れた森の中にありました。

 生きるもののいない無音の街。

 その中央の古城こそが不死王の城、生者には入城かなわぬ死者の城だったのです。


 その内に籠ったまま不死王は、我々に呪いをかけました。

 最後の一人とならねば不死国から出られぬという、呪いを。

 その上で、大会のルールを説明したのです。

 生き延びた者に順位づけをし、最後まで生き残りし種族に『王の中の王』の権威を与える、と宣言したのです。


 呪われたと知るや、怒り狂った竜王が、城に火焔を吹きかけました。けれども、城に弾かれ、燃えたのは周囲に居た人間族だけでありました。

 不死王の城は、生者が触れることすらできぬ、死者の為の城だったのです。

 卑怯なる不死王は城の内に籠り続け、今日まで、我々の前に姿を現しておりません。


 恐慌に陥ったのは、やはり、脆弱な人間族でありました。国同士でいがみ合い、或いは無分別に殺し合いを始めたのです。

 理性ある種族は人間より遠ざかり、魔族は傷つき弱った人間達に襲いかかり餌としました。

 最初にこの地より消えたのは、もっとも数の多かった人間族だったのです。


 そして、水まで腐っている土地では長らえられず海人族が滅び、知恵にも武力にも欠ける小鬼族がそれに続きました。


 私は誇り高きエルフの王子として、同朋を守り、他種族と戦ってまいりました。

 けれども、一人、又、一人と倒れてゆき、限りある水や携帯食は日増しに乏しくなったのです。

 いずれ遠くない未来に、争いか飢餓で滅びるのは明らかでした。

 暗澹たる未来を慮るうちに、私は気づきました。

 最も恐ろしい未来が、何であるか。

 エルフ族の全滅よりも、尚、恐ろしい未来がある事に気づいたのです。


 私は死の危険を顧みず、知性ある他種族のもとへ赴き、共闘を訴えました。

 大会の優勝者は、魔族であってはならないからです。

 非道なる不死王の行いを世に伝える者がおらねば、死んでいった者は全て無駄死にとなります。

 知性ある誰かが、生き残るべきなのです。

 誰か、が。

 しかし、その誰かに、私は、なりません。

 エルフの誇りにかけ、私は優勝しない事を誓いました。全ての魔族を葬った後に自決する、と約束したのです。

 私の命は、仲間に捧げる為にあるのだと。


 私の訴えに、人馬と有翼が応えてくれました。

 共闘は、叶ったのです。

  

 汚らわしき人狼達は、まったく飢えておりませんでした。倒した者をむさぼり喰らっていたからです。

 人狼族のような畜生を、許してはおけません。

 醜き狼どもを相手に、エルフ、有翼、人馬は果敢に戦いました。

 激しい戦いの中、人馬族が最後の一人まで倒れました。その身をもって、仲間を庇って戦ってくれたのです。

 勇夫の中には、賢者様もおられました。

 彼等の武勇を、私は決して忘れません。


 人狼族を討伐した後、孤高を保っていた妖精族を説得し、味方に加える事ができました。


 これから、エルフ、有翼、妖精は、力を合わせ、強大にして邪悪な竜王に挑むのです。



 目を閉じれば、懐かしい森が見えます。


 嗚呼、父上、許されることなら時を戻し、森に帰りたい。

 森の王たる父上の御力に満ちた緑の中で、森の子として生き、そして、森に還りたかった。


 しかし、目を開けば、そこにあるのは全てが腐敗しきった亡者の世界。


 二十名いたエルフも、もはや六名。彼等に死の運命を与えたのは、愚かな私にございます。その咎は死をもって償うしかありますまい。


 父上、私のことは、もうお見捨てください。

 けれども、私と共にあり、不死王のたくらみに抗い、他種族への敬意を忘れず戦い続けた者達の存在だけはどうぞご記憶ください。


 生き延びた時には、私の手紙を父上のもとへ届けてくれると、彼等はかたく誓ってくれました。

 絶望的な世界にあろうとも、情というものは通じ合えるものなのです。


 最後に、素晴らしき仲間達と共に戦えたことに感謝します。


 私が先に逝ったとしても、必ずや友が成し遂げてくれるでしょう。

 竜王を倒し、不死王の卑劣さを世に伝えることを。



* * * * * *



 穢れた大地に転がる者達。

 息をしている者は、ただ一人でありました。

 体中がキズだらけで、(はね)も痛めておりましたが、その者こそ、大会の優勝者でありました。


 清らかな月の光が、憐れな亡骸の群れを照らします。 

 小山を思わせる巨竜、翼ある者たち、翅ある者、そしてエルフ。

 己の誇りと生をかけて戦い、敗れ去った者たちでありました。


「おめでとう、君が勝者だ」

 死にかけた妖精に声をかける、黒い影。

 冷酷な美貌の、死者の国の王でありました。

 ろくに動けぬ体となった妖精は、憎悪をこめて、ただ、ただ、仇をにらみつけるだけでした。

「出て行きたまえ。お望みとあらば、我が王国の住人としてさしあげるがね」


 たった一人生き延びた妖精の前で、不死王は死者の王たる力をふるいました。


 死者たちが立ちあがり、よろよろと歩き始めます。


「勇者たちよ。我が城にお迎えしよう」


 死者となって初めて彼等は、不死王の城の門をくぐれる身となったのです。

 けれども、もはや、皆、不死なるもの。

 造物主には、逆らえぬ存在でありました。

 不死王の兵であり、下僕、無聊を癒す慰みもの。

 それだけのものと、なってしまったのでありました。


 激しい戦いによって傷つき倒れた者たちの多くは、肉体を損なっておりました。

 彼等が歩く度に、血が滴り、体の一部が落ちてゆきます。

 悪夢のような行進でした。


 左半身が潰れ、まともに歩けぬ者が居りました。

 数え切れぬほどよろけたその者は、胸元より何かを落としました。

 妖精は、小さく声を漏らしました。

 不死者に堕したその者が、生前、己の命よりも大切にしていた手紙です。

 生き延びた妖精が、届けると約束したものでした。

 

 汚泥の上に一際目立つ白い手紙でした。


 緩慢ながらも優雅な身のこなしで拾った不死王は、開封し、中を改め、微笑みました。 

 おぞましいほどに美しい笑顔で。


 青白い光が、死者の王の掌に生まれました。


 そのきらめきの中で、手紙はゆらゆらと舞い、やがて炎に包まれ、ただの灰となって消えてゆきました。









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