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人魔のはみ出し者  作者: 生意気ナポレオン
第五章:吹く風血まとう教練編
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第九十二話:レクリエーション=オープニング

『ふぅー……』 


 脱力しつつ俺は白煙の息を吐いた。

 手に持つパイプの火皿に葉はもうなく、灰と燻った火だけが残っている。

 少しずれた世界の中でも、時計の針は淀みなく時を刻み、その音が辺りの静けさも相まってヤケによく聞こえる。合ってるかどうかは定かではないけれど。


 風の息吹も森のざわめきもどこか虚しく思う。陽の光からは温もりこそ感じるものの、何かが欠落しているという印象を拭い切れない。

 こういう風なことを思うのは俺だけじゃないらしい、同じようなことを誰かと話し合っていたような記憶がある。――誰の記憶かは、定かじゃないが。

 重層結界(ここ)の中では命は育たない――その事を生き物は知らず知らずの内に感じているのかもしれない。そんなことを思う。


 ともあれ、そろそろ時間だ。俺は火皿に残った灰を携帯している灰皿に捨てる。燻っていた火はそれで消えた。

 机に広げていた書類を手早く畳んで懐にしまう。中身は、生徒一人ひとりについての報告書だ。

 ちゃんと覚えれている自信は微塵もない、人の名前を覚えるのは苦手だ。


 持ち主不在の机に足を掛け、行儀悪く椅子を揺らす。時間が経つにつれ、後悔がどんどん膨らんでいく。

 一対四十……相手が十のガキでも危ういのに、相手は軍人志望の十八歳。どーして、こんなことになったのか。分かってるくせして、ついつい、天井を仰いでしまう。

 どう考えても無理無謀であるが、その無理が通れば()()()()()()


 突然だが、客観的に俺とバルチェ翁、二人の教育者について見てみよう。

 翁は多くの人物から畏敬を抱かれる"英雄"である。本人の人柄もあり、人に好かれやすい。だからこそ、キツくとも付いてくる者は多かろう。

 一方の俺はといえば、見たことも聞いたこともない平軍曹。その癖、無闇矢鱈に偉そうに指図や罵倒をしてくる。嫌われて当然、()()に叶っている。


 嫌われるのはいい、闇討ちも歓迎はしないが許そう。だが、授業放棄(ボイコット)――これは不味い。

 このままでは少なくとも数人、プライドが高い者や逆に精神的に弱いものはまず間違いなく居なくなる。

 その為の()()。好きになれないが従わざるを得ない、そういう状況に持っていく必要がある。

 だからこその、この一対四十(無理無謀)。分かっちゃいるし、やらねばならんと思いはするが、後悔はそれとはまた別の感情だ。


『なんて、考えてる間にあと十秒、か』


 舌で唇を湿らせ、拳を鳴らす。陽に雲が掛かり、教室の中が薄暗い影で満ちる。

 カチコチカチコチ止まらぬ針の音を、(くさり)から解き放たれた刃金の息吹にかき消した。

 十四(ひとよん)三◯(さんまる)時刻丁度、その男は一切の声を放つこと無姿勢を低く保ち、滑りこむようにして教室へと侵入して来た。


 俺が男を視界に捉えるのとほぼ同時、男は短剣(ダガー)を持った腕をわずかに引く――投擲の構えだ。

 投擲用の短剣(もの)には見えない、当たるとは思えないが……大人しく受け取る義理もない。

 引っ掛けた足を素早く外し、背の方へと椅子ごと体を倒す。後ろの机に肘を乗せて膝を曲げる。そして、


『ヒュッ』


 短く息を吐き、机を思いっきり蹴り飛ばす。

 教室に机が一つきりなわけもなく、いたるところで玉突き事故。金属同士が打ち合う騒音が耳に痛い。

 迫り寄せる机の波に戸惑う男、その隙をついて一気に間を詰めるため動く。


 動きの止まった机に足を掛けて跳躍。天井から垂れ下がる灯りに手をかけ、勢いそのままにさらに前へ。

 野猿じみた俺の動きに、男はわずかに昼見ながらも、こちらを迎撃する形で今度こそ短剣(ダガー)を投げ放つ。

 意外に真っ直ぐこちらへと迫るそれを身をひねることで回避。すれ違う一瞬、薄ら寒い刃の吐息が体を撫ぜる。


『フゥ――ッ!』


 背筋の怖気を払うように、捻った勢いを利用した空中後ろ回し蹴り(ローリング・ソバット)

 俺の足裏が男の肩にめり込み、教卓を巻き込んで窓側の壁へと男が叩きつけられる。

 

 チッ、感触が軽い、ギリギリで自分から跳びやがったか……。

 そう思う中。ふと、視界の端にゆらりと陽炎めいた何かが映る。

 色は赤紫(マゼンダ)、形状は細く長い、その果ては――男の手の平――ッ!

 カキキィ……。耳障りなその音に俺は刃金の喜笑を幻視する。


『ッ――!』


 声にならない悲鳴をあげ、半ば勘で背後に裏拳を見舞う。結果、それが功を奏す。

 拳に鋭い痛みと硬い感触を感じたかと思うと、カキィィと、歯ぎしりにも似た音をたて、何かが黒板に突き立つ。

 冷や汗を流しながら目をやれば、突き立った黒塗りの短剣(ダガー)が威嚇するように煌めいた。


 いや、ちょっと待て、あれは見たことがあるぞ。あれはさっきの……!

 脳裏に浮かぶイメージに合わせ、その時を再現するように鳥肌が立つ。薄皮一枚で躱した、あの短剣(ダガー)は確か黒塗りだったような気が――。

 

 ゾクリ――と、記憶などでは到底再現できぬ、現実の恐怖に俺の体が反応する。

 痺れる手足、大きく一つ鳴る鼓動、全身は冷水を浴びせられたように総毛立つ。

 身に染み付いたそれらの感覚に、体が勝手に反応する。


 振るった拳に付いて行くかのように、左足を軸に右足を反時計にスライド。男に対して左半身を見せる形。

 直後、背筋を吹き抜ける斬風。全身の毛穴が総毛立つ、気分は時を十月飛ばして冬だ。

 カチャリと刃を返す音がたった拳一つ分ほど後ろで響く。そのあまりの恐怖に顔が引きつる。


 一人目からイキナリこれかよ、将来有望そうで何より、楽しみすぎて涙が出そうだ……!

 怒気を込め、右足をさらにスライド。真正面に男を捕らえる。

 ボサボサの茶髪に生意気そうな目つき、着崩した戦闘服――出席番号二番、アレクシス=……アレクシスだな。

 書類によれば、戦法は片手剣(バックソード)短剣(ダガー)の変則二刀流、なのだが……


『変則って、そういう意味かよ……!』


 俺の声に応えるように、黒板に突き立っていた短剣(ダガー)が身震いし始める。

 その柄尻には赤紫(マゼンダ)(ワイヤー)――鉄血魔術。

 先手を打たねばならない。あの短剣(ダガー)よりも早く。だが、目の前に居た筈のアレクシスは()()()

 うたかたの夢のごとくアレクシスの姿は消え去り、片手剣(バックソード)だけが赤紫の糸(マゼンダ・ワイヤー)に支えられて、そこにある。


教官(レーラー)、四十人いるんだぜ? 一人で掛かって来るわけがねぇだろう』


 嘲笑。アレクシスは両手から赤紫の糸(マゼンダ・ワイヤー)を垂らし、壁に背を預けている。

 そのすぐ近く、アレクシスに付き従うように小柄な女学生が居た。俺の視線に気づいたのか、女学生はおずおずとこちらに目だけで礼をする。

 光か闇か、どっちかだろうな。やれやれ、次ぐ次ぐ俺はこの手の魔術に弱い。受けてれば、手応えで分かったかも分からないが……今更だな。


 黒い(キバ)を煌めかせ、襲い来る短剣(ダガー)。そいつをしゃがんでやり過ごす。

 次は俺だと、片手剣(バックソード)が揺らめき、正面から斬りかかってくる。避けようにも体勢が悪い、この一撃を避けれた所で次のが間違いなく当たる。

 短剣(ダガー)と同じく、こちらも刃は健在。やる気は充分らしい。


『シュゥ……』


 小さく息を吸い込み両の爪先を変化()ぎ、人獣(リカント)基盤(ベース)にしたやや肉厚の爪とする。

 拍手でもするように、両爪で片手剣(バックソード)の腹を挟撃。

 硬質な手応えは一瞬だけで、呆気無く片手剣(バックソード)の刀身は半ばほどで分断される。


 支えを失った刀身を払いのける。床を滑り金属が擦れる音音は、まるで断末魔のよう。

 鬼人族(ドラキュラ)は元々、魔術に傾倒した種族。鋳造技術は、武闘派種族よりも脆く、繊細。

 んな、装飾剣(おかざり)に斬られてたまるかよ。


『シィィィ……ッ!』


 重心を過剰に右へ、倒れこむほどに右へ。過剰な負担に膝が痛み訴えるが、そんなの知ったこっちゃない。

 堪えて、堪えて、堪えて――放つ。ほとんど地面と平行に、俺の体がアレクシスの方へと吹き飛ぶ。


『オゴアガァ……!』


 誰が何を思う間もなく、破城の槌が如く俺の体がアクレシスにめり込む。骨の砕ける音が肉を伝って俺の内に鳴り響く。連続的なその音は、まるで爆竹のよう。

 反動は万変流にて受け流し、負荷で傷ついた膝を変化(なお)す。

 

『クァアアァァ……』


 猛る呼気を漏らし、放つはアッパー。膝を勢い良く伸ばし、肩の入った空を烈する一撃。

 重心を中央に戻しながらのそれは、必然、右から左へとわずかにフック気味となり、顎を掠める。

 顎先が、砕け散る。


 視界にちりばむ、骨肉血。ぼやけた奥では、女学生が目を見開き、いまにも涙を流そうとしている。

 腕を引き、溜めを作る。勢いで上がった足を前へと叩きつけ蹴りつけ、前へ、敵の元へ。

 何も出来ないまま怯える女学生の首を掴み、一気に頸動脈を締め上げる。


『へ、か、あッ……』


 瞳がグルリと周り、腕を掻きむしっていた手から力が抜ける。かと思えば、下から湯気が立ち上り、刺激臭が鼻を突いた。


『……………………ごめんな』


 うら若き女学生の失禁に対し、無力な俺にはそれしか言えなかった。

 反省する間もなく、殺気に反応してその場でしゃがむ。ほぼ同時に窓がけたたましい音をたてて割れ、(ボルト)が頭を掠め、反対側の壁に突き刺さった。


『そりゃそうだよな、残り三十八いるもの』


 思わず愚痴っぽくなる俺の上には、見慣れた赤紫の糸(マゼンダ・ワイヤー)。どうやら、(ボルト)に付けられているらしい。

 なんか、何か生えてきそうに震えているのは……俺の見間違いじゃあなさそうだッ!

 見てないことをいいことに、爪先を少しだけ伸ばし赤紫の糸(マゼンダ・ワイヤー)をチョキンとあっさり斬り落とす。

 途端、夢から冷めたように赤紫の糸(マゼンダ・ワイヤー)が崩れ落ち、血が境界線のように床を汚す。


 ハネた血を厭う暇はない。兎も角も、ひとまずはここに居る二人を()()させてやる必要がある。

 多少の罪悪感を覚えながら女学生の、一切の躊躇なくアレクシスの体をあさり、目的のものを手に入れる。

 調整鍵(チューニンガー)だ。名が示す通り、こいつは重層結界(ここ)に入るための鍵。

 持っていなけりゃ、重層結界《この世界》から追い出される。


 教室の入口、立ち止まって振り返れば、もうそこに二人の姿はない。……水たまりからは意志的に目をそらした。

 ま、もっともこれは人界製(コピー)だけのお話。魔界製(オリジナル)にそのような欠陥はない。仕様として結界の形は限られてしまうが。

 肩をすくめ、教室から一歩――踏み込んで、すぐ逃げる!


『ッ――!?』


 案の定、廊下を風で出来た猪が通り過ぎる。しかも、()()()から。馬鹿か、こいつら。

 まだ声が聞こえるから同士討ちになる前に魔術は解除したんだろうが……教官(レーラー)らしく説教してやるか。

 ため息を吐いて、廊下へと歩み出る。間抜けな襲撃者を確認するため、右に左に首をふる。襲撃者は右は廊下の端、左は教室一個分ほどの距離に居た。


 右に黒髪おかっぱの男。何かコンプレックスでもあるのか、その髪は目を覆い隠すほど長い。戦闘服の胸には魔術戦闘の実技優秀者に与えられる、赤紫の牙ブルート・シュトースツァーン勲章(戦闘服用の簡素なものだ)が飾られている。

 左に同じく黒髪ストレートの女。男と似た直毛を肩程度で切り揃えている。少しふっくらとした顔立ちは母性的な印象。ただし、キツイ目つきがそんな印象を塗りつぶしてなお有り余る。

 こいつらは覚えてる、確か双子のアッカーマン兄妹だ。それぞれの名前は覚えていない。


『おいおい、出待ちか? 銀幕スターになった記憶はないんだがなぁ』

『フザけたことを……!』

『フザケてるのはお前らだ。魔術師がノコノコ屋内に入ってきてんじゃねぇ。重層結界内であろうと、ここは軍人学校。魔術対策ぐらいはしてんだろうが、万が一崩壊したらお前ら死んでるぞ』


 言われて気づいた、と言うより知識として持っていたし、理解もしていたのだろうが、頭に血が上っていたせいで忘れていたらしい。

 初めての実戦(では無いが、兄妹はそう感じているだろう)に緊張してたこともあるのかもしれない。だとしても、だ。


『加えて、室内だと射線が限られる。この廊下なんて、ほぼ直線一本だけ同士討ちしろってるようなもんだ。いや、そんな理屈云々の前に、互いに味方を見たら躊躇の一つや二つは……』

『『茨姫願望ウェア・ニヒトベリューレン』』

『カッ、聞く耳持たずかよッ!』


 重ねられた声に応じ、アッカーマン兄妹から次々と茨が生えだす。妹は主に腕から、兄は主に胴体から、その様は確かに童話に出てくる眠れる姫の城。

 ただし、こちらの(ひめ)はどーにも腕白らしい、眠ってる暇などあるかと、茨を生やした腕で斬りかかってくる。

 反対に王子(あに)は城の如くその場に鎮座、茨を生やした姿のまま、呪言を紡ぐため口を開く。

 何だから知らんが、妹が居るからといって躊躇うような輩じゃないらしい。妹の方も殺意は……無くはないようだし――容赦はしなくていいな。


 まずは兄の方からだ。そう決断し、アッカーマン妹に背を向け、圧縮解放(ロケットスタート)

 初速からこの肉体(からだ)における最高速度を叩き出す。

 アッカーマン兄は竦む気配を見せつつも、先のまま、むしろより応じて素早く魔術を構成していく。

 

纏い(トヴァーレ)……』

 

 魔術師でない俺ですら、その手管が見事なのは理解できた。もっとも、軍人学校(こんなところ)に居るのだからそれぐらいは出来て貰わなければ困る。

 そして、そういうのしか居ないのが戦場で、魔を手繰る術を持たないなりにどうにかしてきたのが俺だ。


 服に覆われ見えぬ体に無数の呼吸穴、肺を六つに増やし、喉を強靭な人狼のものに近づける――"崩哮(ディズ・ア・ルギオ)"の前準備だ。

 無論、魔術を使わないというルールは破らない。そも、いまのままでは反動で俺の体が弾け飛ぶ。

 だから、俺に出来るのはただただ、全力で吠えるだけ、


『DAARUUUAAAA――――!』


 そして、それで充分だった。校舎全体を軋ませるような大爆音が、俺の口蓋から轟く。轟いているのだろう、恐らくは。

 人狼は崩哮(ディズ・ア・ルギオ)を放つ時、自然と己が鼓膜を体内に引っ込める。でなければ、己の声で鼓膜が破れる。この(おと)に最も近いのは、何を隠そう己なのだから。そして、それは俺とて一緒だ。


 自然、神経は視覚に集中する。もっとも、そんなことをせずとも、俺に魔術が放たれないのは明らかだった。

 アッカーマン兄己の耳を塞ぎ、それでいて尚、苦悶の表情を浮かべて体を縮こまらせていた。

 轟きが過ぎ去ったことが分かり目を開くアッカーマン兄。奴は見たはずだ、目前に迫る俺の姿を。

 

 その証拠に、ヤツの顔に浮かぶヒッと息を呑む音が聞こえてくるような表情。髪の隙間から見えた瞳は、恐怖に染まり潤んでいた。

 さりとて、相手は腐っても軍人になることを志す者。恐怖をぐっと飲み込み、或いは従うように己の纏う茨を蠕動(ぜんどう)させ始める。

 が、時すでに遅し。俺の右の貫手は今にも閉じようとしていた茨のわずかな隙間を抜け、喉頭へ痛打を加えていた。


『カッハッ……!』


 口から血を零しながらも、アッカーマン兄が何とか踏みとどまる。痛苦に歪んだ顔からは怯えが鳴りを潜め、代わりに燃えるような怒りをかいま見せる。

 身を包んでいた茨の鎧はすでに枯れ落ち、血痕に姿を変え床に血の花を咲かせている。俺の攻撃で集中が解けたせいであろう。

 必然、敵は接近戦(インファイト)の構えを取る。手を腰に構え、平を上に向けた構え。おぼろげな記憶を頼りとするなら、確か……


『"天秤"の構え、だったか……?』


 古代人の遺跡にあった書物を元にした武術書にこんな構えがあった気がする。例によって、誰の記憶かは分からない。

 天秤の名に違わず安定に重きをおいた守りの構え、そう書かれていたような――そんな中途半端な知識が悪果を招いた。


『っと!』


 気がつけば突き出し腕を引こうとした間際に掴まれ、脇下に潜り込まれる。

 アッカーマン兄が俺の右腕を自分の左肩に乗せて固める。俺の腕は伸ばしきったままの形となり、振りほどくことすらままならない。

 その動きがあまりにも自然で、無駄がなく、何の抵抗を試みることができない。


 こいつ、なんで最初から接近戦してこなかったんだ……? 明らかに接近戦(こっち)の方が向いてるぞ!

 自失から立ち直ってみれば、アッカーマン兄が俺の右足を取る寸前。

 思い出した、この動き"肩投げ"か――ッ! 先とは逆、今度は知識が武器となり、敵に牙を剥く。


 右腕を兄の首に回して体を回転、右腕を腰に回し、横からアッカーマン兄を抱え込む。

 ちとずるいが、魔術じゃないんだ約束の範囲外だろ――"重量変化"。


『――重さよ戻れ(Return)


 自分にすら聞こえるか否かと言う呟きでも、俺の"言霊(ちから)"は働いた。

 本来あるべき重量の一部が俺の体に戻り、重さ任せにアッカーマン兄を床に押し倒す。


『ッ――!』


 顔から地面に叩きつけられたお陰で、痛みに叫ぶことすらできず、アッカーマン兄が気絶する。

 ギリギリで片手を差し込んだようだが、体の下からはじわじわと血が滲み出ている。察するに、鼻が折れたのだろう。

 

重さよ帰れ(Send)


 一人ごちりながら、アッカーマン兄の襟首を掴んで持ち上げる。顔は見ない、砕けた顔など痛そうで見るに耐えない。 

 片足を軸に反転すると、怒りの形相でアッカーマン妹が突っ込んできているところであった。

 両腕には先の倍は長く、多い茨。だがそれも、()()()を使えば凌ぐのは容易い。


『そんな必死にならなくても、これなら返してやるよ、眠り姫』


 アッカーマン兄の体を無造作に投げつける。兄と違い、妹はもろとも俺を刺し貫く様子はなく、赤紫の茨が()()()()()

 でなければ、抱きとめるときに穴だらけにしちまうもんなぁ。兄想いなようで結構、結構。でもなぁ。


『これぐらいの高さ落ちた所で死なねぇよッ! 寝ぼけてんなよ、三年寝太郎ォ!』


 体を投げつけたのと同時、俺はすでに動いている。体を追って上に向く視線から逃れるように、身をかがめ低姿勢での疾走だ。

 端とアッカーマン妹が冷静なるのにそう時間はかからない、だがたとえ一瞬でもその隙が軍人としては致命的。

 返り血浴びて、怨言悲鳴に浮かぶは狂笑、己に生を敵に死を、軍人たるものかくあるべしッ!

 抱きとめる腕の下を掻い潜り、腕の隙間を抜けて鳩尾に左の掌を当てる。


『"掌底破城撃"』

 

 兄を取り落とし、微震するか細く、しかして、鍛えられた戦士の体。ゆえに油断はない。

 血を吐くアッカーマン妹の左手首を、空いた右手で上から掴む。鳩尾に当てた手は下にずらし、アッカーマン妹の左内腿(うちもも)を掴む。

 これで、左半身を掌握。こうなればもうこっちのものだ、曲げた膝を伸ばして肩に体を担ぎ上げ、


『顔は勘弁してやるよ』


 そのまま右手を引いて床に投げつける。が、生憎、床にはすでに兄が伏せており、衝撃が分散し、致命打とはならない。

 それでも、口元を血で濡らし、咳き込むアッカーマン妹。体が動かないらしく、憎々しげな視線だけをこちらに向けてくる。

 良い、実に良い視線だ、()()()()()。だが、気に食わない、視線がじゃない行動が、だ。


『そんな怖い顔しないでくれよ。言っただろうがよ、殺す気で来るなら覚悟しろって、なぁ?』


 足を振り上げ、


『視線で殺せるんならァ、苦労はしねぇんだよ、ド阿呆ッ!』

 

 首を撥ね落とす勢いで振り落とす。バキッ、と鈍い音が俺にだけ伝わる。女戦士の肩は存外脆かった。

 甲高い悲鳴。聞き届けている暇はない、次は左の肩を貰う。バキッ、もはや声もあがらない。

 動く気配が無いのを確認してから、俺は二人の体に近づき、それぞれの体から調整鍵(チューニンガー)を抜き取る。


『はー……しんどい』


 ここで、ようやく一息つく。正直に言って、想像の倍以上は疲れた。どーにも優秀で困る、一人叩きのめすも楽じゃない。

 それでもまぁ、やっぱり()()()()()。バッハシュタインの嬢様ならもしや、と思ったがさすがにそこまではしないか。

 残念なような、ホッとしたような妙な心地を抱いていると早くも階段を駆け上がる音が聞こえる。


 わざとらしいことだ、どうせ最初の奴らは囮で、後ろからか、窓からか、あるいは後続が本命といった所だろう。

 工夫を凝らすのは褒めてしかるべきだが、これではあまりにお粗末過ぎる。


『よっこらっしょと』


 背中を預けていた壁から返してもらい、ひとまずは音の鳴る方を向く。

 残るは三十六人か……気が遠くなって来るねぇ。そんなぼやきとは裏腹に体は構えを取る。

 ま、これもまたリハビリだな。体も温まってきた所だ、精々勘を取り戻させてもらうとしよう。

遅くなった上に普段より文量が少なくて申し訳ありません。


と言うのも、諸事情(後半が書けてない)で一話を分割しています。


ですので、次話はもう少し早く書けるはずなのでどうにかお目こぼしを……!



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