第八話:病
今回,新しく"リズ"という単位が出てきますが,これはお金の単位で一リズ=一円です.本文で一円と書くわけにもいかないのでここで書かせていただきました.では,また後書きで.
「やれやれ、やっと着いた」
あれから車に乗って一時間ほど、街に着いた頃にはとっくに夜も更けていた。そんな時間に気絶したうら若き女性(しかも美人)を背負った俺は衛兵を呼ばれても問題ない位に怪しいだろう。という事で人に聞くことも出来ず、標識頼みで"ヴェッサー個人医院"そんな看板が掛かっている建物まで来ていた、幸い通報された様子も無い。
「すいません」
コンコンと木製の扉を軽くノックすると、扉から医者が少し顔を出した、年齢は恐らく三十歳代だろう、若干のつり目に潜む鋭い眼差し、不揃いなあごひげ、その雰囲気は医者と言うよりはどちらかと言うと真逆の兵士だ。
「なんだ? こんな時間に……」
「夜遅くににいません、実は見ての通り背中の子が気を失って居まして」
「何があった?」
「多分、魔力欠乏症だと思うんですけど…」
「魔力欠乏症だと……! おい、早くこっちに運べ!」
「りょ、了解!」
その剣幕にたじろぎつつも中に急いで運ぶ。しかし、魔力欠乏症はそんなに重い病気じゃなかったはずなのだが。
「そのベッドに寝かせろ!」
指示通りにイレーナを寝かせ、ただボーっと突っ立つ、何かできないかと考えはするが、こと医療において素人が手を出すのは危ない。目の前で薬を調合する医者の姿を黙ってみるしかない。
「よし、出来た……おい! そこの腕の血管を押さえつけろ! ほら、早く!」
「は、はい!」
腕の根本を強く握り血を止め、血管を浮き出させる、そこに医者は素早く注射の針を刺し、さっと薬を注入する。
「取り敢えず、これ良いだろう」
「迅速な処置ありがとうございます……でも、魔力欠乏症はそんなに危ない病気じゃないはずでは?」
「………世間ではそう言われてるな」
「その言い方からすると……実際には違うと?」
「ふん、信じるか信じないかは別だがな」
つまらなそうに鼻を慣らし、言葉を吐き捨てる。
「……一応、教えてください」
「一応、ね。まぁいい、こっちを信じる振りをするやぶ医者よりはましだな」
「やぶ医者? あなたも医者でしょ」
「ああ、元軍医だ」
軍医、それならあの鋭い眼差しも納得だ、"門"の向こうで戦う隊に同行する軍医はある程度の戦闘技術を学ぶ必要があるらしいからな。しかし、元と付くとそれも怪しくなるとなぜならば……
「軍医? だけど軍医って、法律で辞められないはずじゃあ?」
そう、軍医は六十歳での退役以外での辞職が許されていないの筈なのだ。
「辞められないねぇ……お前、なんで軍医の辞職は認められてないか知ってるか?」
「将軍など位の高いものや、異能者などのカルテの情報が洩れたら不味いから、また、実際に洩れたことがあるから……でしょ?」
「ふん、教科書そのまんまだな」
「では、そうじゃないと?」
「いや、勿論それも理由の一つだ。だが他にも理由がある」
「理由?」
「そうだ……魔力欠乏症には死亡例があるという理由がな」
「死亡例? ……可能性はどれ位なんですか?」
「数的言えば戦っている兵士の精々一%行くか行かないぐらいだろう。だが……」
「確実に死亡者は出ていると……兵士にはなんて?」
「過労死、医療ミス、事故……理由は何でもアリだ。医療ミスなんて書かれた時には、担当医にされている奴がリンチを受けて全治三か月の怪我を負ったこともある」
「確かに筋は通ってるんですよね、今現在に行われている兵士の訓練方法は……」
「自分の魔臓を酷使し、筋肉と同じように鍛える。要するに魔力欠乏症にすることがほぼ前提だ。それでも効率が良いとは言えない、それなのにこの事が明らかになった暁には……」
「効率が悪いどころの話ではない、と」
「そう言う事だ」
「それに、魔術兵の士気も落ちますしね。今まで全部使ってなんぼ、じゃないですけど全部使い果たしても気絶ぐらいだったのが急に低いとはいえ死ぬ可能性あると言われたら……無意識にでも意識的にでもストッパーが掛かって弱体化する可能性は大いにあります」
「その通り……で、信じる気にはなったか?」
「う~ん半分くらいですね、嘘を見破る魔術もあったと思いますが、あれは…ねぇ」
「嘘を本気で信じている場合には効果をなさない、まっ要するに狂信者や頭がどうかしている奴らには意味が無いっていう事だな」
「ま、あなたがそうだと言ってる訳じゃないんですが……その可能性がゼロではないですしね。所で、名前はなんて言うんですか? 僕はルフト、ルフト=ゼーレです。そちらは?」
「ヴァッサー、ヴァッサー=アーツトだ」
「今後ともよろしくお願いします。で、よろしくついでに一つ気になったことがあるんですけど聞いていいですか? ヴァッサーさん」
「なんだ?」
「……どうやって軍を抜けたんですか?」
「………俺にも色んななつてがあってな」
明らかに言い淀んでいた、間違いなく嘘だ。そう思ったが、まぁ別に無理に聞く事でも無いので、軽く同意する。
「そうですか。ところで、あの女性……イレーナに打った薬ってどんな薬なんですか?」
「魔臓活性薬。名前の通り、魔臓の活動を活発にして、魔力を何時もより多く、そして早く生み出す薬だ」
「成程……だけど、なんでその薬って持ち歩かないんですか?」
持ち歩けば何時でも何処でも魔力補給が出来ると思うのだが。
「そんな事も知らないのか? この薬はだな、作って三分以内に注入しなければその効力が無くなる」
ヴァッサーの手で注射器に残った僅かな液体が揺れる。色は毒々しい緑色、体には悪そうだ。
「また変な薬ですね……」
「う、うう……此処は……」
「あっ目を覚ました見たいですよ!」
「何っ!? 馬鹿な、早すぎる!」
木の床を軋ませながらヴァッサーが足早にイレーナに近付く。
「……この速度で目を覚ますのは普通四歳や五歳そこら……! もしや、お前さん!」
イレーナが視線から逃げる様に顔を背け、ゆっくりと息を吐き出すと何か決心したようにこちらに向き直る。
「そこの医者殿の考え通り、私は魔臓発育障害だ」
魔臓発育障害? 名前から大体想像できる……が、生憎魔術関連の知識は対抗策以外殆ど勉強してない。此処は恥を忍んでヴァッサーに聞くことにしよう。
「すいません、魔術関連には疎いもので、どんな病気か教えてくれませんか?」
「おい、ゼーレ!」
「大丈夫、気遣いは無用だ」
イレーナが自分に言い聞かせる様に頷き何度か深呼吸。
「魔臓発育障害は名前の通り、魔臓の発達に支障がでる先天的な病気だ。三歳から五歳の間に発症し、発症した年からは魔臓が殆ど発達しなくなる。分かると思うが魔術師としてこれはかなり致命的だ。魔臓発達しないという事はつまり、魔力の総量が増えないという事だからな。魔創士なんて資格を持っているのになぜ、ギルド員なんてやっているのか、理由が分かっただろう?」
矢継ぎ早に言われ、少しの間言葉が出ない。聞けば確かに辛かっただろうなと思うが、出身が出身だけに同情はあまりない。だからつい、本音が口から零れる。
「その……よくそんな魔力の量で魔創士の資格を取れましたね」
「まぁそこら辺は……おいおい説明するよ。今、目が覚めたばかりでここまで喋るのはそこそこきつくてな、少し眠らせてくれ」
そして瞼が閉じ、静かな寝息が聞え出す。
「さて、早速で悪いんだが……」
ヴァッサーが手を差し出す。手には何も握られていない、となると俺が何かを渡す訳だが、はてなんだろう? 恥を忍んで俺は本人に聞いてみる事にした。
「なんでしょう?」
「金」
俺はイレーナを人質に差し出し、換金の為にギルドに急いだ。
◇◆◇◆◇◆
「換金をしたいんですが!」
ほんの少し道に迷った俺は一番手前にあった報酬カウンターに手をつき職員に声を掛ける。
「ではライゼカードを」
「分かりました」
訳は分らないが指示通りにカードを差し出す、するとよく分らない道具を取出しカードに当てる。
ピピっと笛を短く鳴らした音が鳴り、こちらから僅かに覘けるカウンターにある道具の画面に幾つかの文字が浮かぶ。
「それでは、ゴブリン二十五匹と……えっ? オ、オー……!」
今にも叫びそうだった職員さんの口を慌てて押え、
「落ち着いてください。それは手負いで寝てたから倒せたんです、分かりましたか?」
睨みを効かせて黙る様に訴える。こくこくと頷くのを確認し、口を押える手を離す。
「そ、それではゴブリン二十五匹とオーガ一匹で討伐報酬が三万五千リズ、依頼料二万リズから二割を引いた一万六千リズを足しまして、報酬は五万一千リズです。お確かめください」
「……はい、確かにあります」
「ご依頼完遂、お疲れ様でした」
「そちらもお疲れ様です」
軽く頭を下げ、そとに続く扉に手を掛け開ける、冷たい風が体を撫でた。
かくして俺は初めての仕事を達成、初めての給金を得、初めて他人の為に金を使うために来た道を戻り始める。
7/26 改稿完了
補足
今回,報酬の内訳みたいなのがありましたが,
ゴブリンは一匹2000リズ,オーガは一匹五千リズで報酬はカウントされてます.